小学校に再入学2

登場人物
西本 優歩   (にしもと ゆうほ)  男  16歳
西本 加奈   (にしもと かな)   女  39歳 優歩の母親

羽瀬川 結花 (はせがわ ゆいか) 女  16歳 優歩の中学時代の恋人
羽瀬川 彩花 (はせがわ あやか) 女  38歳 結花の母
羽瀬川 拓海 (はせがわ たくみ)  男   6歳 結花の弟

杉下 今日子 (すぎした きょうこ) 女  38歳 西本家の隣家の母親
杉下 愛梨   (すぎした あいり)  女  10歳 西本家の長女。小学四年生

真鍋 陽介   (まなべ ようすけ)  男  16歳 優歩の中学時代の友人
徳山 香世子  (とくやま かよこ)  女  26歳 優歩の保護司


第二章 小学生の普段の生活は

「杉下さん、お言葉に甘えてお伺いさせて頂きましたわ。」
入学式終了後、ようやく自宅に帰った優歩は普段着に着替えさせられ、隣の杉下家に連れて来られてしまった。無論必死に抵抗してお留守番をねだった祐真だったが、加奈はそんな事お構いなしに引きずる様に彼を連れてきてしまった。
「まあまあ、いらっしゃい。丁度愛梨も帰ってきたところなの。」
杉下家の主婦、今日子がいつもの様に騒がしく出迎える。丁度も何もないだろうと優歩は心の中で舌打ちする。自分の今の姿を今日子にならともかく、その娘である愛梨に見られるのは酷い苦痛だった。
「いらっしゃい西本のおばさん、それから・・・」
しかしリビングに通された優歩達は、すぐに愛梨の目に止まることとなってしまった。今年小学四年生になる彼女は、物珍しそうに優歩の前に立った。
「それから、優歩ちゃん。いらっしゃい。」
何が優歩『ちゃん』だ。優歩は腹が立って仕方なかったが加奈と今日子の手前、仕方無く会釈だけを彼女に返した。
「とってもその服似合ってるわよ。」
愛梨は優歩が恥ずかしがっている事を察知すると、クスクスと笑いながら話す。
「お花柄のシャツも黄色いジャンパースカートもちょっと幼稚だけど、とっても可愛らしくて優歩ちゃんにぴったりね。ねっ、そのお洋服どこで買ってもらったの?」
愛梨はにやにやとしながら優歩の顔を覗き込む。数年前までは一緒に遊んだりして可愛がってやった事もある少女の態度に優歩は憤慨した。
「ど、どこでもいいだろ・・・。」
優歩はそれでも怒りを抑えたつもりだったが、出来たばかりの『娘』に対する加奈の躾は厳しかった。
「これっ!優歩!年上のお姉ちゃんに失礼でしょ!」
「だ、だって・・・」
優歩は不満げに加奈の顔を見上げる。それは『僕の立場も理解してよ』という懇願にも似た動作だったが、加奈の表情は強ばったままだった。
「ご、ごめんなさい・・・愛梨・・・お姉ちゃん・・・。」
言うだけでもう優歩の顔は恥辱の為に真っ赤に染まっていた。
「うん、優歩ちゃんはまだ一年生なのに、きちんと謝る事ができて偉いね。」
愛梨は頷きながら優歩の頭を撫でる。同じ動作を三年前に優歩がしたことを彼は覚えていない。
「そのお洋服はね、先週駅前のヨーカドーで買ったのよ。なにせこの子ったら女の子の癖に今までは男の子みたいなお洋服ばっかり着ていたから、小学校に着ていくのに慌てて買いに行ったの。」
優歩の代わりに加奈が答える。それはある程度事実だった。
「そうだね、優歩ちゃんいつも男の子みたいだったもんね。でも、小学校に行きだしたら女の子らしくしていないと男の子達に苛められちゃうよ。小学校は幼稚園とは違うんだからね、みんなと仲良くしないとね。」
愛梨はそう言って優歩の目をじっと見る。そんな風にされては優歩は素直に頷くしかない。
「うん・・・優歩・・・お友達と仲良くする・・・。」
「えらいえらい。たくさんお友達出来るといいね。」
すっかりお姉ちゃん扱いされる事に気をよくした愛梨は、もう一度優歩の頭を撫でると、はしゃぐ様にしてリビングの隅に置かれたダンボール箱を二人の前に運んできた。
「じゃあ、お利口な優歩ちゃんに、愛梨お姉ちゃんからのプレゼントね。」
ダンボールの中には色とりどりの女児服が詰まっていた。
「ほんとに幼稚な服ばっかりで申し訳ないんだけど・・・」
今日子は全然申し訳なさそうでない様に言う。
「愛梨にはちょっと幼すぎるお洋服ばっかりですけど、優歩ちゃんにはぴったりだと思うんです。何しろ、まだ小学校一年生ですものね。」
今日子は本当に楽しそうだ。子供の頃ボール遊びをしていて、何回か杉下家の窓ガラスを割ってしまった事を優歩は思い出す。ひょっとしてまだその事を根に持っているのだろうか。優歩はそんな事まで考えてしまった。
「ほら、これなんてサイズもぴったりよ。」
今日子はダンボール箱から取りだした真っ赤なスカートを優歩の腰にあてる。それはチューリップの形をしたポケットのついた幼児用としか思えないスカートだ。
「ちょっと短いかもしれないけど、ウェストはゴム製だから十分穿けると思うの。でも、風で捲れない様に十分注意してね。優歩ちゃんは女の子なんだからおしとやかにしないとダメよ。ボール遊びなんてもってのほかだからね。」
やっぱりこの人は自分に恨みを持っている。優歩はそう確信してしまった。
「まあ、このブラウスも可愛いわね。」
今度は加奈が優歩の胸に真っ白いブラウスをあてがう。それも大きな丸襟にイチゴの刺繍のされた幼児用のブラウスだ。
「そうでしょ。愛梨ったら体は大きい癖に可愛いお洋服ばっかりねだったから、高学年のお姉ちゃんになった今ではもう着れない様なものばかりなの。でも優歩ちゃんに着てもらえるなら嬉しいわ。あっ、これもよかったら。」
今日子が別の箱から取りだしたのはなんと女児用のショーツだった。
「ちょ、ちょっ!」
優歩が悲鳴混じりの声を出そうとした瞬間、さすがに愛梨が先に先にそれをひったくった。
「ちょっと、ママ!何考えてるのよ!」
「いいじゃない、ほとんど穿いてないショーツだし。」
「そりゃそうだけど・・・いくらなんでも・・・」
「まあ、可愛いショーツね。」
押し問答する親子に割って入ったのは加奈だった。
「これ、なんていうキャラクターだったっけ?そうそう、キュアなんとかっていう女の子向けのアニメのやつよね。」
「まあ、よくご存じで。」
「えぇ、この間遊びに来た親戚の子と一緒に見たんですよ。その子は4歳の女の子なんですけど、本当にそのアニメが大好きみたいで、お洋服もパジャマもそのキャラクターのばかりなんですって。」
「あっ。少し前のだけどこの中にも入ってるよ。」
愛梨がダンボール箱をまさぐる。
「ほらっ、これ。」
取り出されたのは、可愛いコスチュームを着た女の子キャラが大きくプリントされたワンピースだった。
「素敵!とっても可愛いわー。良かったわね優歩。」
自分がいずれこれを着さされるのかと愕然とする優歩をほったらかしにして、加奈は話を続ける。
「実は私、女の子がずっとほしくて・・・愛梨ちゃんが羨ましかったんです。優歩も女の子だったら、こんな可愛い服を一杯着させてあげたのにって・・・諦めてた夢が今頃ねぇ。」
「まあそうでしたの。じゃあ、なおさらこのショーツはもらって頂かないと。」
今日子は愛梨からショーツを奪うと加奈に差し出す。
「ほら優歩、あなたからもきちんと愛梨お姉ちゃんにお願いしなさい。」
まだ不満そうにしている愛梨の表情を見て、加奈は優歩の背中を叩いた。
「優歩も可愛いショーツほしいでしょ?しかも憧れのお隣のお姉ちゃんの穿いていたショーツだもんね。ほら、自分からおねだりしなさい。さもないと・・・」
さもないと香世子に報告するとでもいうのだろうか。いや、そもそも今日子達が『矯正指導監視員』かもしれないのだ。優歩は香世子の話を思い出していた。

*************************************
「という訳で優歩君には『矯正性交換』及び『義務教育再受講』の強制指導が科せられました。
香世子は薄っぺらい一枚の紙を差し出した。こんな紙一枚で青春のある期間が台無しにされるのである。優歩は戦慄した。
「なお、これは強制管理局の最終決定ですのでこれ以上の申し立ては不可能と思って下さい。」
文句の一つでも言おうとした優歩の先回りをして香世子がそう言った。さすがに慣れている様だ。
「でも、どうしてこんなに重い罪に・・・」
加奈が不安気に香世子に尋ねる。
「さぁ・・・私達は強制指導内容の決定については一切知らされておりませんので・・・私の仕事は罪を犯した子供達を指導する事だけなのです。」
「『罪』・・・女の子とキスするのが何故罪なのだろう・・・。」
優歩の頭の中で疑問符が渦巻いた・・・。
非行少年矯正管理局が出来たのは十数年前。当時のそれは本当の意味で不良少年を強制指導する機関だった。そしてその役目が徐々に変化し始めたのは10年ほど前、文部科学大臣だった女性がこの国の首相になってからだった。大臣だった頃の仕事の不手際をあげつらわれた彼女は子供達の学力の向上に必死となり、その為には男女交際を国が管理する事だとの結論に及んだ。婚姻・出産は、よりよい遺伝子を残す為に出来るだけ適当な男女間で行われるべきであり、その相手を探すのは国が全面的にサポートする。その代わり未成年の勝手な異性交遊は忌むべき物であり、若さに任せて結婚した夫婦は結果的に学力の低い子供を大量に作ってしまう。そんな彼女の妄想により生み出されたのが現在の矯正管理局だった。
「優歩君には、女の子の気持ちを理解してもらうと同時に、いかにまだ自分が恋愛などという行為にはほど遠い子供である事を理解してもらう為に、もう一度義務教育を最初から経験してもらいます。なお、その期限は規定されておりませんが、優歩君の行動いかんによって矯正期間は大きく変わってくる事をお伝えしておきます。」
「そ、それってどういう・・・」
無期限と知らされた優歩は慌てて尋ねる。
「その通りの意味よ。あなたが十分に反省して、幼い少女になりきる事もいとわないと判断されればそこで矯正は完了になるの。逆にいつまでも男の子気分や、中学性気分が抜け無ければそれは国の政策に対する反抗とみなされて、いつまでも幼い女の子のままという訳。」
香世子は出された茶を一口啜って続けた。
「なお、今日からあなたの行動は常に監視されていると思っていてね。当局に協力して頂いている民間監視員の質と量を侮らない様にね。」
常に監視されている・・・。その香世子の言葉は今も優歩の行動を著しく束縛していた。
*************************************

「お、おねぇちゃん・・・ゆ、優歩に・・・その可愛いパンツを・・・」
優歩は香世子の言葉を思い出しながらそう口にするしかなかった。
「そんなにこのパンツが欲しいの?優歩ちゃん?」
さっきまであんなに渋っていた愛梨だったが、優歩がそう恥ずかしげに呟く仕草を見て、態度を豹変させる。
「う・・うん・・優歩も・・その・・・アニメ・・好きだから・・・。」
「へぇ、そうなんだ。そうよね、優歩ちゃんくらいの歳の小っちゃい女の子はみんな大好きだもんね。」
愛梨は優歩の言葉が演技であることを分かっていながらも更に辱めるつもりだった。
「じゃあ、お姉ちゃんに教えて。優歩ちゃんはアニメのどのキャラクターが好きなの?」
「そ・・そんな・・・」
優歩は困り果てた。そんな幼い女の子向けのアニメなど実際は見たこともなかったのだ。
「ほら、どうしたの?大好きなんでしょ。それともお姉ちゃんに嘘ついたの?」
「う、嘘じゃない・・・。」
そんな難癖を付けられたら何をされるか分からない。優歩は考えたあげく足下の箱から、三人のキャラクターの描かれたワンピースを手に取った。
「・・・これ・・・この子が・・・好き・・・なの・・・。」
優歩は三人のうち、黄色いコスチュームを着けた女の子のイラストを指さした。
「へぇっ。優歩ちゃんはキュアレモンが好きなんだぁ。うん、一番可愛くて幼い感じだから優歩ちゃんにぴったりかもね。」
愛梨は口に人差し指をあて、少し考えてからニヤリと笑った。
「じゃあ、キュアレモンのまねっこしてみてよ。そしたらこのパンツ優歩ちゃんにあげてもいいよ。」
真似?キャラクターの名前さえ知らなかったのにいったいどうすれば・・・今更知らないとも言えない優歩は窮地に立たされてしまった。
「どうしたの?みんなの前じゃ恥ずかしい?」
加奈と今日子にも見つめられて困り果てた優歩の顔を愛梨が覗き込む。
「ほら、低学年の女の子が恥ずかしがる様な事じゃないでしょ。」
加奈は優歩の気持ちも考えずにそう言って耳打ちし、今日子はわくわくしている様な表情で楽しげにその様子を眺めていた。
「あ・・あの・・私・・・。」
「んふふ、優歩ちゃんはとっても恥ずかしがり屋さんなんだね。じゃあ・・・」
とても出来ないと言いかけた優歩に愛梨が小さな声で呟く。
「えっ?」
「本当はね、キュアレモンに変身の時は『ちょっとすっぱいお味だけれど、心はスイートみんなを潤す。小っちゃいけども頑張っちゃうもん。みんなの妹キュアレモン!』って言うのよ。」
『は、恥ずかしい・・・』そんなセリフを言わせれたら恥ずかしさで死んでしまう。優歩は想像するだけで頬を染めてしまった。
「だ・か・ら、さっき教えてあげたレモンちゃんが普通の女の子の時の口癖でいいわよ。出来るわね?」
先程の馬鹿げたセリフよりはマシだ。優歩は黙って頷く。
「じゃあ、言ってみて。こうやって両手を握って顔の横にして、しなを作って甘える様にね。」
このガキめ、どこまで自分を辱める気だ・・・そう毒づきながらも優歩は言われた通り、レモンちゃんとやらの物まねをするしかなかった。
「れ・・レモン・・・」
しかしそのセリフも高校生の男の子が口にするにはあまりにも恥ずかしいものだった。しかしこれくらいの事ができなければこれからの小学校生活を耐えられる筈も無い。優歩は恥を押し殺し、どうにでもなれとばかりに大きな声で言った。
「レモン、た・・・た、たくちゃんの、お・お・・・お、お嫁さんになるのぉ!」
「あらあら!んふふふふふっ!」
「まぁっ!おませさんねぇ。おほほほほほっ!」
加奈と今日子は顔を見合わせて大笑いする。
「うん、もうちょっと大きくなったらね。素敵なお嫁さんになれるといいね。はい、これ。」
愛梨までもが瞳に涙を浮かべ、優歩の頭をなでなでした。三人の女性に囲まれた優歩は顔を真っ赤にして愛梨からキュアレモンのショーツを受け取った。

「もうっ!母さんまで一緒になってすることないだろう!」
ようやく家に戻った優歩は加奈に食って掛かった。
「何言ってるの。もしお隣が監視員だったらどうするの?母さんは優歩の為を思って愛梨ちゃんに合わせたんじゃない。」
それを言われては返す言葉が無い。優歩は押し黙ってしまった。
「それより愛梨お姉ちゃんとは仲良くしないとダメよ。明日からは一緒に登校するんですからね。」
「いっ、一緒に!?」
優歩は泡を喰った。今日の様にねちねちと年下扱いされて苛められてはかなわない。
「ど、どうしてあんなや・・・あ、愛梨・・お姉ちゃんと一緒に通わないといけないのさっ!」
「あんた忘れたの?」
加奈は呆れた様に言った。
「小学校には集団登校っていうのがあるでしょ。」
「あっ!」
優歩は口を開けたまま固まってしまう。
「この町内では愛梨ちゃんが最年長だからあの子が班長してるそうよ。他にも子供達は一杯いるけど、まぁ諦めて可愛がってもらいなさい。」
「ほ、他にも・・・」
これから毎日遙かに年下の小学生達に混じり、しかもその子達に一年生扱いされながら登校しなければならないのか・・・優歩は暗鬱な気分に陥ってしまった。
「それより、今日から晩ご飯作るの手伝ってね。」
「ええっ!?俺・・・いや・・・私が・・・?」
「そうよ。当分の間は女の子なんだからね。お手伝いの一つもできないとお友達に笑われるわよ。」
「でも・・・」
「でもじゃないの。学校で先生に『どんなお手伝いしていますか?』って聞かれて、『何もしていません』なんて言われたら恥ずかしいのはママなのよ。」
「う、うん・・・」
加奈の言うとおり、今日からは優歩は小学生なのだ。優歩は小学生の頃の担任に『お家ではお手伝いをしましょう』と何度も言われた事を思い出した。
「じゃあこのエプロン着けてね。」
加奈はいつの間に用意したのか、可愛らしいハート柄の子供用エプロンを優歩に渡す。
「う、うぅっ・・・ここまで・・・するの・・・」
「何度も言わせないで。」
優歩は仕方無く不器用にエプロンを身に付ける。
「じゃあまずは、じゃがいもの皮剥きね。うまくできるかな?」
「ば、馬鹿にしないで・・・よ・・・」
「うふふ・・・ママねこういうの夢だったのよ。娘といっしょにお料理作るのがね。」
加奈は楽しげに包丁を刻む。優歩は慣れない手つきで皮剥き器を動かしながら恥ずかしげに答えた。
「もおっ・・・あんまり・・言わないで・・・よ・・・。」
「恥ずかしがらなくてもいいのよ。とっても似合っているから・・・そうだ!今晩は一緒にお風呂に入ろうか?」
「だっ!・・・だめっ!そんなの絶対だめっ!」
「んふふふ・・・冗談に決まってるじゃない。優歩ちゃんったらおませさんなんだから・・・ほら、次はニンジン剥いてくれる?」
「んもうっ!・・・母さん・・・ママなんて・・・知らないっ!」
そう言って頬を膨らませた優歩の姿はまるで本当に小学一年生の児童の様だった。

「ママ−!本当にこれ着なくちゃいけないの?」
翌日の朝、前日と同じ様な優歩の声が西本家に情けなく響いた。加奈はほとほと呆れたといった風に一喝する
「いい加減にしなさい!せっかく愛梨お姉ちゃんにたくさんお洋服もらったんだから着ていかないと失礼になるでしょ!」
「で・・・でもぉ・・・」
一度は覚悟を決めた優歩だったが、目の前のハンガーに掛けられたフリルのブラウスとピンク色のジャンパースカートを見ては躊躇せずにいられなかった。
「昨日もスカートで学校いったじゃない。もう慣れたでしょ?」
加奈は簡単に言うが、そんな筈があるわけなかった。15年間男の子として暮らしてきた優歩にとってスカートというのは見る物であって、着る物ではない。そして昨日のフォーマルな女子スーツも恥ずかしかったが、それはある意味イベント時に着るコスチュームという考え方も出来た。しかし今目の前にあるのは、正真正銘普通の小さな女の子が普段着にするような服。いや、隣の小さな女の子がこの間まで着ていた服なのだ。それを着て小学校に通う事を考えただけで優歩が震え上がるのも無理は無かった。
「ほら、早くしないと遅刻するわよ。」
加奈に促された優歩が渋々と着替え始めた時、玄関のチャイムが鳴った。
「おはようございまーす。」
ドアの前に立っていたのは愛梨だった。
「おはようございます優歩ちゃんのお母さん。」
愛梨は出迎えた加奈に丁寧に頭を下げた。
「あはよう。昨日はありがとうね。」
「いいえ、私も可愛い妹ができたみたいで嬉しかったから・・・今日は優歩ちゃん初めての登校だから迎えにきたんです。」
「そうなの?わざわざありがとうね。ちょっと待っててくれる?あの子ったら恥ずかしがっちゃって・・・」
「ええ、私もそうかなと思って。」
二人は実に楽しげに会話を交わす。
「優歩、もう着替えられたでしょ?愛梨お姉ちゃんが迎えに着て下さったわよ!」
加奈は優歩を呼びつけるが、部屋の奥からは何の返事もない。
「まったくあの娘ったら・・・ごめんね愛梨ちゃん。」
「いえ、いいんです。小さい子が駄々を捏ねるのは普通ですから。」
ニコリと笑う愛梨に一言言うと、加奈はリビングに戻る。
「やだっ!やだったら!」
奥から優歩のそんな声が聞こえ、愛梨は一人ほくそ笑んだ。
「お待たせ、愛梨ちゃん。」
「まぁっ・・・」
愛梨は思わず口に手を当てて感嘆の声を漏らした。加奈に無理矢理部屋から連れ出された優歩の格好は加奈のお古の白いブラウスに、スカートの脇にリボンのついたジャンパースカート。そして小学校指定の黄色い通学帽を被らされた姿は本当に幼い女子児童にしか見えなかったからだ。
「に、似合ってるわよ。嬉しいわ早速私のお古のお洋服着てくれたのね。」
目の前に立っているのが自分より遙かに年長の男の子だということを思い出した愛梨は、笑いを押し殺しながら言った。
「に、似合ってなんか・・・ないよ。」
しかし優歩は愛梨と目を合わせる事も出来ずにそう言って俯くだけだった。
「ほら、ランドセル背負って。忘れ物ないわよね?ハンカチとティッシュも持った?」
加奈が優歩の背中に真っ赤なランドセルを背負わせながら言う。
「無いよ、忘れ物なんか・・・」
愛梨が優歩の格好と口調のギャップにクスクスと笑う。精一杯男の子としての体面を保とうとする優歩だったが、その姿では何をしても無駄だった。
「じゃあ、優歩の事お願いするわね愛梨ちゃん。」
「はい、まかせておいて下さい。ほら、優歩ちゃん。お姉ちゃんの手をしっかりと握って離れない様にね。」
「や、やめろよ!」
差し出された手を振りほどいた優歩だったが、背中から加奈が呟く。
「あらあら、この子はまた折檻されたいのかしら?」
優歩は恐怖におののいた。
「ご、ごめん・・・お姉ちゃん・・・。」
仕方無く愛梨の手を握り替えした優歩だったが、その手はことのほか暖かかった。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってくるよ・・・ママ。」
消え入りそうな声で優歩は呟いた。
一歩外へ出ると朝の日差しが眩しい。春先のまだ冷たい風が優歩のスカートを撫で付ける。
集団登校の集合場所は優歩の家からすぐの場所にある。そこには既に何人かの子供が集まり思い思いに遊びながら愛梨が現れるのを待っていた。
「お待たせ、みんな。」
愛梨の声に子供達が一斉にこちらを向く。その純粋であるが故に好奇の混じった視線に耐えきれず、優歩はランドセルの肩紐をギュッと握った。

「ねぇ愛梨お姉ちゃん、その子だあれ?」
一人の小さな女の子が不思議そうに優歩をジロジロと見る。体格からして低学年の様だ。
「うん、紹介するわね。みんな集まって。」
まだ四年生の愛梨だが、最年長だけあってなかなか人望はある様だ。子供達は大人しく彼女の前に立った。
「この子はね、新一年生で今日からみんなと一緒に登校する優歩ちゃんよ。」
「ええーっ!?」
愛梨の説明に数人の子供が疑問の声を上げる。優歩の身長と学年がどうしても釣り合わない為だ。
「こんなに大きいのに一年坊主なの?」
三年生の名札を付けた男の子が声を上げる。
「あっ!でも、名札が一年生のだ!こんなに大きいのに変なの・・・」
男の子は優歩の胸の薄い桃色の名札を指さして首を捻る。
『お願いだから僕に興味を持たないで・・・』
そう祈るしかない優歩だったが、愛梨がこんなに楽しい状況を放っておく筈が無かった。
「実はね・・・優歩ちゃんって本当は高校生の・・・・」
「い、言っちゃだめっ!」
優歩が愛梨を制すのは少しだけ遅かった。まだあどけない愛梨のピンク色の唇から、優歩を恥辱の底に突き落とす言葉が零れた。
「本当は高校生の『お兄ちゃん』なのよ。」
「ええーっ!?」
子供達は一人の例外無く驚きの声を漏らす。
「嘘つきっ!」
次の瞬間優歩のスカートの裾が宙を舞った。
「えっ?」
それがスカートめくりと呼ばれる行為であり、それをされたのが自分だと気が付くのに優歩は数秒かかった。しかし驚いたのは優歩だけでは無かった。
「うわっ!ホントだ!女のパンツだけど中になんか着けてるぞこいつ!」
スカートを捲った男の子の声に子供達は騒然となった。
「やだっ!男の子なのにスカート穿いてるの!?」
「どうして高校生の男の子なのに赤いランドセル背負ってるの!?」
女の子の囃し立てる声に優歩は足を震わせるしかなかった。