小学校に再入学3

登場人物
西本 優歩   (にしもと ゆうほ)  男  16歳
西本 加奈   (にしもと かな)   女  39歳 優歩の母親

羽瀬川 結花 (はせがわ ゆいか) 女  16歳 優歩の中学時代の恋人
羽瀬川 彩花 (はせがわ あやか) 女  38歳 結花の母
羽瀬川 拓海 (はせがわ たくみ)  男   6歳 結花の弟

杉下 今日子 (すぎした きょうこ) 女  38歳 西本家の隣家の母親
杉下 愛梨   (すぎした あいり)  女  10歳 西本家の長女。小学四年生

真鍋 陽介   (まなべ ようすけ)  男  16歳 優歩の中学時代の友人
徳山 香世子  (とくやま かよこ)  女  26歳 優歩の保護司
瀬戸口 晶子 (せとぐち あきこ)   女  24歳 優歩の小学校の担任
望月 沙織   (もちづき さおり)  女  12歳 優歩の小学校の児童会会長


第三章 

「おはようございまーす。」
「おはようございまーす。」
校門の前には大勢の『上級生』達が並んでいた。
「朝の挨拶運動って言うのよ。」
愛梨がそっと優歩に耳打ちする。
「おはようございます、六年生のお姉さん。」
愛梨は丁寧に当番らしい子供に挨拶をすると、優歩に向き直る。
「さぁ、優歩ちゃんはきちんとごあいさつできるかな?」
それは16歳になる優歩にとって馬鹿にした問いかけだったが、別の意味で正しい質問だった。
「お、おはよう・・・・」
愛梨の予想通り優歩は口ごもる。
「どうしたの?もう小学生なんだから、ご挨拶ぐらいきちんとできるでしょ?」
愛梨が優歩の背中を叩いた。
「う・・・うん・・・。」
無論、優歩にとって『おはようございます』という事ぐらいはたやすかったが、目の前に立っているのは自分よりも遙かに年下の女の子だ。その子供達の前でまるで本当の下級生の様に頭を下げるのは優歩にとって屈辱の行為だったのだ。
「あなた新一年生でしょ?」
優歩がぐずぐずしている家に歩み寄ってきたのは、気の強そうな女の子だった。胸の名札を見ると六年生の様だ。
「随分背が高いわね。」
そう言いながらも彼女は16歳男子の優歩よりも更に背が高かった。
「でもね、体が大きいだけじゃ駄目なのよ。ここは幼稚園とは違うから規則を守ってみんなで仲良くお勉強しないといけないの。」
四つも年下の女の子に説教される恥ずかしさにも、優歩は俯いて耐えるしかなかった。
「ねっ、ご挨拶出来るかな?『おはようございます』って。」
優歩は俯いたまま小さな声で言った。
「お、おはよー・・・・ございます・・・・。」
「うん、偉いわね。」
女の子は優歩の頭を撫でると、優歩の姿をジロジロと見渡した。
「んふふ、可愛いお洋服着せて貰えて小さい子っていいわね。とっても似合ってるわよ
。」
改めて自分が幼い女の子の服を着ている事を再認識させられ、優歩は顔を赤く染めた。
「お姉さんの名前はね望月沙織って言うの。一応、児童会の会長をしているから、困った事があれば何でも言ってね、一年生の優歩ちゃん。」
沙織は、優歩の名札を見てクスリと笑いながら言った。
優歩は俯いたまま黙って頷くしかなかった。

愛梨と別れて優歩は一階にある一年生の教室に向かう。歩く度にランドセルの外側に掛けられている給食袋が揺れ、優歩の羞恥心を刺激する。すれ違うのはほとんど『上級生』だが、皆が一年生ながら大きな体をした優歩を見てぎょっとしている様だ。
「おい、何おどおどしてんだよ。」
「きゃっ!」
突然、優歩のお尻を叩いたのは結花の弟であり『同級生の』羽瀬川拓海だった。
「な、何するんだよっ!」
優歩は振り返って小さな声で抗議する。こんな歳の子供に『女の子のお尻を叩くなんて』といっても無駄だし、大体自分は女の子でさえないのだ。
「ふーん。今日も可愛い服着てるじゃん。やっぱお前幼稚園からやり直した方がいんじゃねぇの?」
「お、俺・・・私より・・・小さい癖に・・・。」
目立たない様に、優歩は精一杯の悪態をついた。
「な、なにぃ!」
真剣に腹を立てた拓海を見て、優歩は6歳児と真剣にケンカしている自分がなんだか情けなくなってしまった。
「子分の癖に生意気だぞっ!」
拓海はそう言うと優歩の黄色い通学帽を取り上げる。
「あっ!」
「ほーら、こっち来いよー!」
「ま、待って!」
そのまま走り去る拓海を優歩は慌てて追いかけた。実に子供っぽい行動だが、昨日から拓海に腹を据えかねている優歩にその様な理性はなかった。
「ま、待って・・・はぁっ・・はっ・・・」
高校生だった頃の自分の脚力を考えれば小一のガキなんてすぐに追いつく筈だった。しかし優歩の体は幼稚園児の女の子並に堕とされている事を彼は忘れていた。
「はぁっ!はぁっ!・・・・きゃあっ!!」
背中のランドセルは重くのしかかり、慣れないスカートに足が絡まる。次の瞬間、優歩は足をもつれさせてその場に倒れた。
「く・・・くそおっ・・・・くそぉっ・・・」
自分のあまりの不甲斐なさに、優歩は俯けに倒れたまま手のひらで地面を叩く。
「う・・・うっ・・・・ひっ・・・ひぐぅっ・・・」
優歩の瞳に涙が浮かぶ。それは決して、転んだショックや膝の痛みによる涙では無かったが、周りの子供達には『一年生の女の子が男の子に苛められて泣かされた』という風にしか写らなかった。
「うぅっ・・・・」
気が付けば、スカートが捲れてショーツがあらわになっている様だ。優歩は慌ててスカートを下ろすとその場に座り込んで涙を拭う。
「ほ、ほら・・・返してやるよ・・・。」
気が付けば目の前には拓海の下半身があった。彼はバツの悪そうな顔で、優歩に通学帽を差し出す。
「うん・・・・」
優歩は黙ってそれを受け取ると、赤くなった眼を隠す様に目深に被った。
「ほんっとにお前って幼稚園児だな。転んだぐらいで泣くんじゃねぇよ。」
拓海はそういいながら優歩の脇を過ぎる。
「・・・・ごめんな。」
すれ違いざまにそう言った彼の言葉が、優歩の胸に突き刺さる。ああ自分はもう完全に女の子扱い・・・6歳の男の子からもかよわい女子扱いされてるんだという恥ずかしくて奇妙な感覚が彼を包み込んだ。


つづく