小学校に再入学1

登場人物
西本 優歩   (にしもと ゆうほ)  男  16歳
西本 加奈   (にしもと かな)   女  39歳 優歩の母親

羽瀬川 結花 (はせがわ ゆいか) 女  16歳 優歩の中学時代の恋人
羽瀬川 彩花 (はせがわ あやか) 女  38歳 結花の母
羽瀬川 拓海 (はせがわ たくみ)  男   6歳 結花の弟

杉下 今日子 (すぎした きょうこ) 女  38歳 西本家の隣家の母親
杉下 愛梨   (すぎした あいり)  女  10歳 西本家の長女。小学四年生

真鍋 陽介   (まなべ ようすけ)  男  16歳 優歩の中学時代の友人
徳山 香世子  (とくやま かよこ)  女  26歳 優歩の保護司


第一章 入学式

「か、かーさん・・・俺やっぱやだよぉ・・・・。」
用意された衣装を見て、西本優歩は情けない声を出した。それはここ数年母親の加奈も聞いた事の無いようなかぼそい声だった。彼女は鏡に向かって化粧をしながら大きな声で言い返す。
「なに言ってるの。もう今更やめるなんて出来ないのよ。それに、『かあさん』じゃなくって『ママ』でしょ。ほら、言い直しなさい。」
「マ・・・ママ・・・。」
「うん、いい子ね。分かったら早く着替えなさい。入学式に遅刻するわよ。」
「で、でも・・・・それにしても・・・もうちょっと・・・その・・・男っぽいのは・・・なかったの・・・。」
「あんた、まだ分かってないのね・・・」
加奈はこの日の為に新調したネックレスを首に巻きながら優歩に言い聞かす。
「服装はもちろん、態度や話し方もなりきらないと矯正期間が長くなるって昨日保護司の徳山さんに説明受けたばかりでしょ。それともあんたいつまでも女の子でいたいの?」
優歩はブルブルと首を振る。
「じゃ、大人しく女の子の服に着替えなさい。あっ、パンツとスリーマも用意してあるから、ちゃんと下着も女の子するのよ。」
見ると、入学式用のピンク色の女児スーツの隣には、幼い女の子に人気のアニメキャラの描かれたショーツとスリーマがきちんと置かれていた。
優歩は手を震わせながらそれを身に付ける。16歳ながら小柄な彼にはその可愛らしい衣装はなんとか無理なく着れる事が出来そうだ。
そしてフリルのついた真っ白な靴下を履き、ワンピース型のスーツを身に付ける。花びらの形のモチーフのついた可愛らしいボレロを羽織ると、優歩はもう16歳の男の子には見えない。
「んふふ、やっぱり似合うじゃない。」
いつのまにか彼の着替えを覗いていた加奈がニヤニヤと何故か嬉しそうに笑いながら、嫌がる彼の背中に赤いランドセルを背負わせる。
「さっ、入学式に行くわよ。」
母親の声を聞きながら、姿見の前で優歩は恥ずかしさに震え上がった。
「や、やっぱり・・・現実なんだ・・・」
そう、本来高校の入学式に挑む筈の16歳の彼は、今から女子児童として小学校の入学式に出席しないといけないのだ。
それが嘗て不良少年だった彼に科せられた、逃げる事の出来ない矯正指導だった。

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「優歩君はいらっしゃるでしょうか?」
突然一人の女性が西本家を尋ねてきたのはほんの一ヶ月まえだった。
「いえ、今は友達の家に出掛けておりますが、どなた様でしょうか?」
警戒する加奈に女性は名刺を取りだした。
そこには、こう描かれていた。
『非行少年矯正管理局 矯正保護官 徳山香世子』
「あぁっ!」
加奈は口に手を当てたままその場に膝をついた。
「う、うちの優歩が何か・・・」
青ざめた顔で加奈が尋ねる。
「はい、重大な非行行為が当局によって確認されました。」
「い、いったい何を・・・」
「ご覧下さい。」
香世子は一枚の写真を取りだした。
「えっ!?」
そこには公園のベンチで女の子とキスをする優歩の姿が写っていた。
「ご覧の通り、優歩君には『未成年不純異性交友』罪が適用されます。矯正指導の内容は追って通告されると思いますが、恐らく『矯正性交換』か『義務教育再指導』、最悪の場合は両方が科せられると思っておいて下さい。それではお帰りになるまで待たせてもらいます。』
香世子はそのまま座敷に上がり込んだ。
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「ほら、ママの手につかまりなさい。」
玄関からなかなか出ようとしない優歩の手を加奈は強引につかみ上げた。
「や、やだっ!ママッ、痛いったらっ!」
しかし加奈は嫌がる優歩の手を無理矢理引っ張る。この間までの優歩の力ならこんな事は不可能だが、薬物によって一時的に幼稚園児並に落とされた彼の力では母親に敵うわけがない。
「んふふ、優歩が幼稚園の時を思い出すわ。あの頃もよくぐずったわよね。」
加奈が少し嬉しそうに言った。当初、息子の強制措置に戸惑っていた彼女だったが、今では積極的に、むしろ楽しんで、そのプログラムに参加しようとしている様だった。
「あら、西本さん。おはようございます。」
間の悪いことに玄関に出た瞬間鉢合わせたのは杉下今日子という隣家の住人だった。
「まぁ、おはようございます。お恥ずかしいところを見られてしまいましたわね。」
加奈はさほど恥ずかしいといった感じもなくそう答えた。加奈とほぼ同い年の今日子は目を見開きながら言う。
「ああらっ!お坊ちゃん可愛くなられて!まるで本当にこれから入学式を迎える小学生の女の子みたいですわ!ランドセルも良く似合ってらっしゃるし、そのピンク色のスーツも可愛いですわね。それなら小学一年生の女の子として立派に通用・・・」
今日子はそこでようやく優歩が自分を睨んでいる事に気が付いて言葉を濁した。
「えっ・・ええっと・・・しばらくの間ですから、優歩君も楽しまれるといいですわね・・・。
「そうなんですけど、この子昨日からずっと嫌だって言ってましてね。『高校生の男の子のなのに小学校に女の子として通うなんて恥ずかしい』ってね。」
加奈は俯いたままの優歩をちらりと見ながら話す。
「悪いのは自分の癖に、この子ったらまだ自覚がないんです。これっ!優歩!杉下さんに謝りなさい。女の子の癖して睨んだりしてっ!」
「だ、だって・・・。」
優歩は不服げに足をモジモジさせる。彼は以前からこの饒舌な隣人が好きでなかった。それは今日子の方も同様で、恐らく先の言葉も自分を辱める為だと言う事を彼は承知していた。
「だって、じゃないの。それともオシオキの方がいいのかしら?」
「ご、ごめんなさい、ママ!」
優歩は慌てて頭を下げる。昨日初めて女の子の服を着せられて受けた「オシオキ」は彼のお尻をいまだにヒリヒリとさせていたのだ。
「お、女の子の癖に・・・生意気な事してごめんなさい。ゆ、優歩の・・・お洋服を・・褒めて下さって・・・ありがとうございます。」
「うん、よく出来ました。」
加奈が優歩の頭を撫でる。その様子を見て今日子はほっとした様に言った。
「そう、おばさん優歩ちゃんのご機嫌を損ねちゃったかと思って驚いたわ。そう、優歩ちゃんはその可愛らしい小学校入学式様のスーツを着る事が出来て本当に嬉しいのね。」
優歩は自分を弄ぶ今日子に心底腹が立ったが、加奈の手前頷くしかなかった。
「じゃあ入学式終わったら遊びにいらっしゃい。うちの愛梨に遊んでもらうといいわ。そうそう、幼稚すぎて愛梨がもう着れなくなったお洋服があるからそれももらって下さるかしら、優歩ちゃん可愛いからぴったりだと思うの。
愛梨というのは今年小学校四年生になる彼女の娘だ。どこまで自分をコケにしたら済むのだろうかと優歩は腹が立って仕方無かった。しかし今日子と仲の良い加奈は嬉しそうに笑う。
「まあっ、ありがとうございます!女の子になったばかりで着る物に困っていたんです。是非、あとでお邪魔させてもらいますわ。」
二人の会話を聞きながら、優歩は自分の未来に暗雲たる思いを感じずにはいられなかった。

小学校までは歩いて5分の距離だ。嘗て集団登校通った懐かしい道を優歩は加奈に手を引かれながら俯き加減で歩き続ける。
『これ以上知り合いに会いません様に・・・』
優歩はそれだけを願いながら、慣れないスカートを足にからませる。
「学校についたらくれぐれも大人しくね。お姉さんお兄さんに逆らっちゃだめよ。」
加奈が言うのはもちろん小学生二年生以上の『上級生』の事だ。この間まで隣の『愛梨
ちゃん』でさえ幼い子供としか思えなかった優歩だが、今日からはその愛梨ちゃんは3学年も上のお姉ちゃんとなるのである。それよりも幼い子供達にさえ一年生扱いされる事を想像するだけで優歩は死にたい程の恥ずかしさに見舞われた。
「おい、あれ!」
その時、優歩の耳に聞き慣れた声が響いた。『ハッ』としてそちらを振り向いた彼は即座に後悔した。
「おわっ!!マジ!?」
そう叫んでのけぞる振りをしたのは、この間まで中学校でのクラスメイトだった真鍋陽介という優歩の悪友だった。彼は真新しい高校の制服を着ていた。
「何?知り合い?」
同じ制服を着た陽介の連れらしい少年が彼に尋ねる。
「ああ、ちょっとな・・・。」
陽介はそう言ってその友人に耳打ちする。
「えぇっ!?マジでそんな奴いるんだ!?でも小学生にしか見えないぜ。お前、俺を担いでるんじゃないだろうな?」
「嘘なんか言ってどうすんだよ、前から女っぽいって思ってたけど、まさかここまで女の子になるとは思わなかったぜ。」
「ふーん。俺の妹よりよっぽど可愛いけどなぁ。あいつが俺達と同い年の男子だなんてなぁ。」
優歩の耳に次々と聞くに堪えない言葉が飛び込んでくる。その時・・・
「お待たせっ!」
そう言って元気に駆け寄って来たのは制服の少女。陽介達の制服のズボンと同じ柄のスカートからして同じ学校の生徒に違いない。
「おおっ!遅かったなっ!」
「待った?」
「いや、待ってたおかげでいいもん見れたぜ。ほらっ。」
陽介が優歩の方を指さす。振り向いた少女の目が釘付けになった。
「ゆ!・・・優歩・・・くん!?」
少女の名は羽瀬川結花。嘗て優歩が付き合っていた、公園でキスをした相手の少女だった・・・。
「マ、ママ!早く行こうよ!」
優歩は慌てて踵を返すと、加奈の手を引いて逃げるように小学校の方に向かった。


4年前まで通っていた小学校は建て替えられてすっかりと近代的な施設に生まれ変わっていた。校門前には優歩と同じ多くの新入生と保護者の群れ。子供達は不思議そうに優歩を見ているし、その母親達はひそひそとうわさ話をしている。狭い小学校の校区内、優歩の事が噂にならない方が不思議だった。彼は屈辱を噛みしめながら校門をくぐった。
「入学おめでとう。はい、どうぞ。」
六年生らしい係の女の子がクスクスと笑いながら優歩の胸に『新入生』と書かれた赤いリボンを付けてくれる。
「ほら優歩」、お礼はどうしたの?」
加奈に促され優歩は恥ずかしげに呟いた。
「あ、ありがとう・・・・おねぇちゃん・・・。」
自分がその幼い少女の下級生になった事を嫌でも意識させられ、優歩は顔を赤くするしかなかった。
いくら高校生としては小柄な優歩だといっても、小学一年生としては目立ち過ぎるほどの背の高さだ。講堂に他の子供達と一緒に集められた優歩は、後ろからの大人達と上級生、そして教師達からの遠慮の無い視線に晒され、生きた心地がしなかった。
「これからみなさんはこの小学校に入学します。小学校は幼稚園とは違い、お勉強をしたり大変なこともいっぱいですが、上級生のお兄さんお姉さんのいうことを良く聞いて楽しい学校生活を送って下さい。」
そんな校長の挨拶までもが優歩にとっては恥ずかし過ぎる言葉だった。なにせ彼は既に小学校はおろか中学校まで卒業しているのだ。
「いまさら小学校の勉強だなんて・・・」
そう呟いた優歩だったが、彼にはまだ知らされていない更に恥ずかしい仕打ちが待っていた。

「はい、みなさんはじめまして。今日から一緒にお勉強する担任の瀬戸口晶子です。」
講堂での入学式の後、優歩は一年二組の教室に連れられた。綺麗な教室は懐かしささえ感じさせるものだったが、やはり6歳児と一緒に机を並べているというのは信じられない屈辱だった。
「それでは明日から登校時につけてもらう帽子と名札を配ります。もらったら自分で名前を書いて下さいね。みんな自分のお名前書けるかなぁ?」
晶子の問いに数人の児童達が大きな声で「はーい」と返事をした。
『そのレベルからかよ・・・』
優歩は心の中で毒づきながら、配られた一年生を示す黄色い名札に自分の名前を書こうとした。
『えっ!?』
その途端彼は驚愕した。どうしても自分の名前の漢字が頭に思い浮かばなかったのだ。
加奈に無理矢理持たされた、女児向け魔法少女キャラクターの鉛筆が指の間で固まる。
「どうしたの?無理して漢字で書かなくていいのよ。」
優歩の声を書けたのは教壇から降りて、子供達の様子を見に来た担任の晶子だった。
「い、いえ・・・」
優歩はそう答えて再び鉛筆を握るが、どうしても『西』という漢字が思い出せなかった。
「思い出そうと思っても無駄よ。」
「えっ!?」
晶子の小さな声に優歩は驚く。
「『処置』されたのは体だけだと思って?」
「あっ!」
優歩は身震いした。
「そっ。あなたの学習能力は幼稚園児並に落とされているの。」
晶子が冷ややかに笑う。
「でっ・・・でもっ!」
「そんな自覚は無いって言いたげね。でも、例えばこれが答えられるかしら、3×6はいくつ?」
「え、えっと・・・」
優歩は再び愕然とした。なんと彼は九九を全て記憶から無くしてしまった様だったのだ。
「理解した?その『処置』の凄いところはね、学校で勉強するような脳の記憶野だけに効果があるところなの。つまり日常生活に関する知識や通常の記憶は全くそのままに、お勉強だけは幼稚園児並にしか出来なくなるってこと?」
「ま、まさか・・・」
「信じられない?でも、今の私の話の内容を理解できてるのに、自分の名前も書けないのが事実なのよ。さっ、観念してひらがなで書いてしまいなさい。もっとも今時の一年生は優秀だから、ひらがなでしか名前を書けないのはあなただけぐらいかもね。」
晶子に言われて優歩は周りを見渡す。前の席の少女、両隣の席の少年は既に晶子の言うとおり漢字で自分の名前をしっかりと書き終えていた。
「さっ、ぐずぐずしないで、みんなに迷惑がかかるでしょ。ここは幼稚園と違うのよ!」
晶子に背中を叩かれ、他の子供達の視線を感じながらも優歩は名札の上に鉛筆を滑らせた。
『にしもと ゆうほ』」
晶子の声に振り向いた前の少女が優歩の名札を見てクスクスと笑う。それは明らかに大きな体をしていながら、自分の名前も書けない優歩に対する嘲りの笑みだった。
「はーい、みんなきちんとお名前書けましたかぁ?」
再び教壇に立った晶子が一転した優しい声で語りかける。
「みんながきちんと自分のお名前書けるので先生びっくりしましたぁ。」
彼女は優歩の方をちらりと見る。
「でも、中にはまだひらがなでしか書けないお友達もいるみたいですね。」
両隣の少年が優歩の方を見て笑う。優歩は慌てて名札を裏返した。
「恥ずかしがらなくてもいいですから、明日から一緒にお名前が書ける様にお勉強しましょうね。もう漢字でお名前の書けるお友達は、書けないお友達に教えてあげましょうね。」
「はーい!!」
綾歩以外の子供達が全員手をあげて元気に返事し、彼は言いようのない恥辱にとらわれてじっと机を見つめていた。

「かぁさ・・・ママ、知ってたんだろ?どうして教えてくれないのさ・・・」
その日の授業はそれだけで終わり、教室を後にしながら優歩は加奈に不満げに呟いた。
「言葉遣いが悪いわよ。」
しかし加奈はそれに答えずに優歩のお尻をぽんと叩いた。後ろを歩いている少女がクスクスと笑う。
「ご、ごめんなさい・・・でも・・・どうして教えてくれないの・・・よ・・・。」
「だって、ママだって半信半疑だったもの。まぁ、香世子さんは体には害が無いって言われてたから安心しなさい。」
「そういう問題じゃ!・・・」
優歩が強い口調で加奈に食って掛かった時、一人の女性が声を掛けた。
「あら、西本さんじゃありませんか。」
優歩には見たことのない女性だった。彼女は生意気そうな少年を連れていた。『新入生』のリボンを付けているところをみると優歩と同じ一年生の様だ。少年はジロジロと優歩を観察している。
「驚いたわ。こんなに小さな娘さんがおられるなんて知らなかったから・・・」
女性はそこまで言って、ハッと口を塞いだ。優歩の姿が目に入ったからだ。
「いえ、見ての通りお恥ずかしい事で・・・。」
加奈の言葉に事情を理解した女性は納得した様に頷く。
「優歩、こちらは私の大学時代の友人の羽瀬川彩花さんよ。ご挨拶なさい。」
「に、西本優歩です・・・宜しくお願いします・・・。」
優歩は女性の名前に既視感を感じながらも恥ずかしげに頭を下げる。
「まぁ、小さいのにしっかりしてて偉いわね。ゆうほちゃんっていうのかしら、可愛い名前ね。あなたに比べてうちの拓海なんて・・・」
言ってから彩花は「しまった」という風にして、ごまかすように息子の背中を叩く。
「ほら、拓ちゃんもご挨拶なさい。もう一年生だから出来るでしょ!」
拓海は不満げにしながらも優歩達の前に立つ。
「これから同じくクラスになるんだからね。ゆうほちゃんみたいにきちんとご挨拶出来るよね。」
しかし拓海の口から零れたのはとんでもない言葉だった。
「お前、自分の名前も書けないんだろ。幼稚園に戻った方がいいんじゃないの?」
彼は不遜な態度でニヤニヤと優歩を見た。6歳児に馬鹿にされた優歩は怒りに震えるが、事実は事実である。彼はどうしようもなく、怒りを湛えた目で拓海を睨むしかなかった。
「こらっ、拓ちゃん!」
「だって、本当の事じゃん!」
彩花に叱られた拓海は大きな声でそう言い返すと、次の瞬間信じられない行動に出た。
「そんなんじゃ、まだオムツもとれてないんじゃねぇの!?」
そう言い放つと彼は、一気に優歩のスカートを捲り上げた。
「きゃあっ!!な、なにすんだよっ!」
少し股間を膨れさせた恥ずかしい女児ショーツを丸見えにされた優歩は、思わず女の子の様な悲鳴をあげて慌ててスカートの裾を押さえる。
「へへっ、オムツじゃないけどやっぱ可愛いパンツじゃん。お前、俺の子分にしてやるよ。」
「な、なにいうのよっ!」
頭に血が上った優歩は思わず拓海につかみかかる。
「おっと!」
しかし拓海は優歩の手をつかむと、軽くあしらう様に片手で締め付ける。
「い、いたいっ!!」
「ふんっ!女の癖に男にかなうわけないだろっ。」
拓海の言うとおり、筋力を落とされた優歩の力は目の前の6歳の少年にさえ全く通じなかった。
「こらっ!拓海!女の子に手をあげるなんてっ!」
「だって、先に手を出したのはこいつ!」
「だってもないの!」
彩花が拓海の頭をゲンコツで叩き、ようやく彼は大人しくなった。しかし当の被害者であるはずの優歩は屈辱の中ただ呆然と中空を見つめているだけだった。

「せっかくだから記念撮影しましょうか。」
校門を出てすぐに彩花が加奈に提案した。見れば校庭の桜がすこしづつ花びらを散らせ、『祝入学式』と書かれた大きな看板に降りかかっている。
「ほらっ、拓海と優歩ちゃんそこに立って。」
彩花は子供達二人を並んで校門前に立たせようとする。
「やだよっ、こんなガキと並ぶなんて。」
しかしそう言って拓海が拒否したため彼は否応なく、一人でそこに立たされた。
『は、恥ずかしいっ・・・』
一人で立たされ、春の風にスカートを煽られ、優歩は改めて自分のしている事の恥ずかしさに気付き、ぎゅっとランドセルの肩ベルトを握りしめる。
「はいっ、笑って優歩ちゃん!」
彩花がカメラを覗きながらそう言うが、とてもそんな状況では無い。優歩は引き攣った笑みを浮かべるのが精一杯だった。

「あれ、ママに拓海じゃない。今終わったの?」
そこに現れたのは制服姿の少女。羽瀬川結花だった。
「あっ!」
優歩は先程感じた既視感にようやく気付いて足を震わす。
「こちらママのお友達の西本さん・・・それから西本さんのお嬢さんで拓海と同じ新一年生の・・・・」
彩花が振り向いた方を見て、結花はなんともいえない哀れみの表情をした。彼女は少し考えてから幼い弟にこう言った。
「ふーん。随分大きな小学一年生ね。拓海、仲良くしてあげるのよ。」
「やだよっ、こいつ生意気なんだもん。」
姉の言う事も聞かず校門前を走り回る拓海に、困ったものねという表情をしてから結花は優歩に歩み寄った。優歩の心臓が音を立てて爆動する。
「優歩ちゃん・・・っていうのかしら。弟を宜しくね。」
その他人行儀な言葉に優歩は呆気にとられ、何も言い返すことができなかった。しかし結花は振り向き際にこう囁いた。
「女の子の服とランドセルよく似合ってるわよ。」
彩花の口元が少し笑った気がして、優歩は言いしれぬ恥辱と孤独の中に堕ちていった。