4課の幼女モデル1
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水原裕佳は掲示板の前でしゃがみこんだ。
「辞令:四月一日付けをもって下記の者に開発第4課への異動を命ずる。」
その下には、ただ一人自分の名前が記されていた。
二流の大学を二流の成績で卒業した裕佳がコネを駆使して、アパレル業界大手である旭産業に就職したのが3年前。ようやく現在の部署の仕事も覚えてきたところへ早すぎる人事異動の辞令だった。原因は明白、先月接待として招かれた席で飲みなれない酒を勧められ、事もあろうに取引先の女子社員にセクハラまがいの行為をしてしまったのだ。クビにならなかっただけ幸いかもしれない。
旭産業の主要商品は、いままで裕佳も担当していたヤング向けの婦人服や下着であり、売り上げもブランド力も無い子供向け衣料品を開発している開発4課は、旭産業にとってお荷物的な課だった。入社4年目の若手社員にとっては、あきらかに懲罰人事だった。
「仕方ないな、自業自得だし・・・。」
裕佳はそうつぶやくと、手短に現在の上司に挨拶をすませ机を整理すると、4課のある別館へ向かった。
「失礼します。本日からこちらに配属になりました水原裕佳と申します。」
部屋に入り裕佳は驚いた。それなりに大きな部屋に20台ほどのデザイン用と思われるパソコン、半分ほどのスペースには縫製用の機械やサンプルの生地、商品等が置かれている。ここまでは他の開発課も変わらないかもしれないが、働いている30人程の社員は見たところみな若い女性だったのだ。もちろん裕佳の知る女性下着の課等もほとんどが女性だったりはするが、ここは見渡す限りどうみても20代前半と思われる女性ばかりなのだ。
「水原さんですね。お待ちしていました」
そう言って近づいてきた女性を見て裕佳は更に驚いた。彼女は女子社員の制服ではなく、なんというか可愛らしい洋服を着ていた。たっぷりのフリルの襟のブラウスに胸にリボンの付いた赤色のジャンパースカート。胸にはご丁寧に「さかいあやの」というひらがなで書かれた名札まで付いている。
「課長がお待ちです、こちらへどうぞ。」
「あ、はい。」
面食らった裕佳は黙って彼女の後に続いた。
「課長、水原さんをお連れしました。」
裕佳は部屋の一隅にある「課長室」と書かれた部屋に案内された。
「開発4課へようこそ。あなたが水原君ね。」
奥の立派な机に腰掛けた女性は抑揚の無い声でそういうと裕佳に椅子に座る様に命じた。
「課長まで女なのか・・・」
旭産業は歴史のある会社であるが故に人事にも封建主義的なところがあって、裕佳の今までいた部署には女性の管理職は皆無だった。しかし、目の前にいる女性は、すらりとした長身に長い黒髪、インテリ風の眼鏡で堂々とした感じだが、明らかに20歳代の若さである。そんな裕佳の心を察するように女性は口を開いた。
「おどろいた?わたしが開発4課課長の北森優子。うちの課はね、半年前に大幅な人員刷新があって、できるだけ今の子供、ひいては若い母親に好まれる商品を開発する為に若い女性ばかりで構成されてるの。あなたは我が課初の男性社員になるわ。」
裕佳は複雑な心境だった。女の園といえば聞こえはいいが、上司から同僚に至るまで全て女性では、(酒で失敗をしたものの)元々気弱な裕佳にとって決して働きやすい環境とはいえない。
「それで、あなた何ができるの?」
「はっ?」
言葉の意味がわからず裕佳は尋ね返した。
「洋服のデザインはできる?CADソフトぐらいは使えるわね。縫製はどの程度できるの?」
「あっ、いや・・・」
実は優子はこの時、水原が4課に飛ばされてきた原因、又開発の仕事など何もできない事を既に知っていた。
「・・・僕は今まで販売関係の仕事しかしていなかったもので・・・デザインとか縫製とかは全く・・・」
優子は白々しく驚いてみせた。
「えっ!あなた何もできないの。・・・全く人事も困ったものね。あなたいくつ?」
「・・・25です。」
「へー、私より年上じゃない。それで何もできないんじゃ困ったものね。とりあえず何をしてもらおうかしら。」
課長が自分より年下。年下の女性に役立たず扱いされ、裕佳はムッとしたが、これも身から出た錆だし、この課では確かに仕事ができないのは事実なのだ。
「あなた、ずいぶん小柄だけど身長はいくつ?」
「はい、154ですけど・・・何か仕事と関係があるんですか?」
コンプレックスである身長の事を聞かれて裕佳は思わず聞き返した。
「ふーん、じゃあ150サイズならぜんぜんOKね。体も華奢みたいだし。」
優子は立ち上がると裕佳の肩をぽんぽんと叩きながらそう言うと、ドアのそばで待機していた先ほどの女の子の方を振り返った。
「あやのちゃん、あなたの代わりが決まったわ。明日から通常職務に戻っていいわ。今日はこの子に仕事を教えてあげてね。」
「えっ!本当ですか?!ありがとうございます。あー、やっと戻れるんですね・・・。早速着替えてきてよろしいでしょうか。」
「ええ、いいわよ。但し裕佳君・・だっけ?を連れて行ってね。」
あやのと呼ばれた女の子は、裕佳の方を見ると満面の笑みを浮かべたままで、
「裕佳君、付いてきなさい。仕事を教えてあげるわ。」
と、今までとはうって変わった大人っぽい口調で、話に取り残されている裕佳に指示した。
「連れてこられた部屋は課長室の反対側、女子更衣室と書かれた隣にある小さな部屋だった。裕佳がそこで待たされていると先ほどの子供服から女子社員の制服姿に着替えたあやのが現れた。
「あらためて紹介するわ。私は栗山綾乃、高卒二年目の20だけど、この課では先輩だからね。」
5つも年下の癖に生意気な、とは思ったが、こんな時反論できないのが裕佳だった。
「あなた・・・そうね、名前を決めた方がいいわね。名前は「ひろよし」?どんな漢字?、うーん・・・丁度読み方を替えれば「ゆか」って読めるわね。決まったわ、今日からあなたは「ゆかちゃん」ね。わたしの事は「綾乃先輩」と呼ぶように。」
なぜこの課で働くのに名前を替える必要があるのだろう?皆がニックネームで呼び合う習慣でもあるのだろうか?
「じゃあ、本題にはいるわ。ゆかちゃんには今日から子供服のモニターの仕事をしてもらうわ。今まで私がやってたんだけどあなたで二代目ね、おめでとう」
綾乃は意地悪そうな微笑を浮かべて言った。
「あの、モニターって何をするんですか・・・」
さすがに裕佳も察しがついてきた。先ほど綾乃が子供服を着ていたのはモニター、いわば試着をさせられていたのだ。
「仕事はいたって簡単。課長から指示された服を着てるだけよ。仕事としては、私がさっきゆかちゃんを案内したようにお客さんの受付、あとはお茶くみやコピーとかの雑用だけね。それで、その日着ていた服の印象を替える前にレポートを書いて提出すればいいだけ。仕事は楽だけど、ちょっと恥ずかしいのが難かな?。」
「ぼ、ぼくが子供服を着て、お茶くみとかするんですか・・・」
「だって、ほかになんにもできないんでしょ?少しでも役に立つようがんばるのよ。」
裕佳は絶望した。4年目25歳の自分が、見たところほとんど年下の課員に対してお茶くみや雑用を担当するのだ。しかも子供服を着て・・・
「じゃあ、早速みんなにあいさつに行くからこれに着替えて。」
裕佳は覚悟を決めた。その内新しい課員も入るだろうし、縫製とかも自分で勉強すれば、しばらくの期間でそんな仕事は他の人に替えてもらえるだろう、と考えたのだ。しかし、渡された洋服を見て裕佳は絶句した。
「こ、これって、女の子用の服じゃないですか!」
「当たり前じゃない。うちは女児服、しかも可愛い系の服しか扱ってないわよ。まあ、男の子のゆかちゃんにはちょっと可愛そうだけど。大丈夫、ゆかちゃん可愛い顔をしてるからきっと似合うわよ。」
そう、まるで少女の様な顔つきも裕佳のコンプレックスのひとつだった。
「さあ、早く着替えなさい。私だって初めは凄く恥ずかしかったのよ!」
そう言われて裕佳は25歳の男である。女児用の服を着て勤務するなんて大変な恥辱である。
「そう、一人で着れないなら手伝ってあげるわ。」
綾乃はそういうと、作業場から大柄な女性を連れてきた。180近くもある身長に見下ろされ、裕佳はすっかり萎縮してしまう。
「香織先輩、このこ今日から私に替わってモデルを担当するんですけど、お洋服を着替えるのが嫌だってダダをこねるんです。で、ちょっと先輩に着替えるのを手伝ってもらおうかと」
「へえ、でもこいつ可愛い顔してるけど男じゃないのか?そりゃ、うちの服を着るのは恥ずかしいだろうな」
香織先輩と呼ばれた大柄な女性は苦笑に近い笑い方をした。
「課長直々の命令ですし問題ありません。よろしくお願いします。」
「じゃあ、かわいそうだけど大人しくお着替えしましょうね。」
香織は子供に言い聞かせる様にいうと、裕佳の手を掴むとYシャツを脱がし始めた。同時に綾乃がベルトを外し、ズボンを下ろす。
「わーっ!何するんですか、やめて下さい!」
抵抗するが、裕佳の華奢な腕では香織には全く抵抗できない。裕佳はあっというまにパンツまで脱がされ、まる裸にされてしまった。
「あーあ、ボタンが2つも外れちゃった。ゆかちゃんが抵抗するからだよ。」
涙目になって、前を両手で隠している裕佳に綾乃が意地悪く言った。
「さあ、もう観念したでしょ。まずはショーツから、自分で穿けるよね?」
裕佳は黙ってうなづいた。
「これを、僕が穿くの・・・」
渡されたショーツは厚い木綿の生地にピンク色のリボン、お腹から股下にかけてレースが付いており、お尻にはかわいい女の子のプリントがはいった可愛らしいショーツだった。
「さあ、無理矢理穿かされたいの?」
香織の声に裕佳はビクリとし、後ろを向いてそのショーツを履き始めた。もはや裕佳のプライドはズタズタだった。
「穿いたら、前を向きなさい。手はどけさいってば!」
とても、二人の顔は見られない。裕佳はうつむいて前を向いた。
「ふーん。邪魔な物があるからどうかなって思ったけど、この子、子供みたいにちっちゃいから全然大丈夫ですね、先輩」
裕佳は綾乃の酷い言葉にも全く反論できない。
「じゃあ今度はスリップね。」
手渡されたのは、これも肩から胸にレース、胸にはショーツとお揃いの女の子のプリントがはいっている。裾はゆっくりと広がり、膝より少し高い裾にもレースが入っている。そんな男が着るのは恥ずかしすぎる下着でも、今の裕佳には黙って着るしか術が無かった。
「あら、可愛くなったわね。子の時点でもう女の子にしか見えないわよ。体毛も薄いから処理しなくてもいいみたいね。」
事実、胸と大事なところをふわりとした生地で隠された姿は、ローティーンの少女と見まがう様な可愛さだった。
「じゃあ上着も着ましょうね。」
大きなフリルに縁取られ、袖口はシャーリングになっていて、子供が脱ぎ着しやすくなっているブラウス。胸に苺の大きなアップリケがあり、スカートにボリュームのある赤色のジャンパースカート。レースのついた白い靴下に、リボンの付いた可愛い子供靴。最後に髪の毛を大きなリボンの付いた髪留めでおめかしされた裕佳は、もうどこからみても幼い少女だった。
「わー!予想以上に可愛いい女の子になったわね。みんな喜ぶわよ」
「綾乃より可愛くなったんじゃねえの?」
香織が腹を抱えて言った。裕佳は初めてのスカート、それも可愛すぎる女児服に戸惑いずっと下を向いたまま恥辱に耐えていた。
「さて、私たちだけで楽しんでちゃ悪いわね。みんなに挨拶するから付いてきなさい」
「こんな格好でみんなの前に出ないといけないの?そんなの恥ずかしすぎるよ・・・」心で訴える裕佳だったが、すぐに香織が腕をつかむと裕佳を部屋の外に引きずり出した。
「はい、みなさんちょっと手を止めて集まって下さい。」
綾乃が大きな声で呼ぶ。
「あれ?綾乃ちゃん。いつもと格好違うね?」
と、一人の女性が声をかけるが、すぐに後ろに立っている裕佳に気付いた。
「ふーん、そういう事。よかったね綾乃ちゃん。私、毎日可愛い綾乃ちゃん見るのが楽しみだったんだけど、今度の子も可愛そうだから楽しみね。」
やがて、課員全員が集まってきた。30人もの若い女性に恥ずかしい格好を晒されて裕佳は足が震えている。
「紹介します。私の代わりに今日からモニターとモデルを担当してもらう水原裕佳『君』です。」
皆の中からざわめきがおこり、先程綾乃に声を掛けた女性が尋ねる。
「『君』って・・・まさか男の子じゃないわね・・・?」
綾乃がニタリと笑って、裕佳のお尻を叩いた。
「さあ、いつまでも下向いてないで自分で自己紹介できるでしょ。」
そう言われて、裕佳は初めて視線を上げる。しかし、自分を凝視する60もの視線に又すぐに下を向いてしまった。
「困った子ね、小学生じゃあるまいし自分で挨拶もできないのかしら」
そう言われても気弱な裕佳に今の状態で「自分は男です」などといえる筈が無い。
「ええ、見ての通りなので私の方から紹介します。彼の名前は水原裕佳『君』男性です。」
「ええーっ!」とか「うそっ!」と皆が口々に叫んだ。
「年齢は25歳。以前は1課にいたそうですが、ちょっとした不祥事を起こしてこの課に転属されました。今のところ何の仕事も出来なくて役に立たないので、モニターの仕事をする事になりました。男性ですが、まぁ見ての通りなんで問題は無いでしょう」
綾乃が苦笑しながら、伝える必要の無いことまで言ってしまった。
「えぇ!ひょっとして例のセクハラ事件起こした人?」
「やだ!そんな人と一緒に仕事するの?」
皆が口々につぶやく。無理もないだろう、裕佳がした事は事実なのだ。そんな中、香織が大きな声で皆を静めた。
「大丈夫、さっきちょっとこの子に「指導」したけど、見た目の通りなよなよした『女の子』だからな。それに、こんな格好でまさか変な気なんて起こしはしないよな?ゆかちゃん。」
顔を真っ赤にしてしまった裕佳をみて皆から笑い声が起きる。
「さぁ、一言ぐらい自分で挨拶できるよね。」
綾乃が裕佳の頭をなでながら子供に言い聞かせるように言うと、ポケットから紙切れを裕佳に渡し、耳打ちをした。
「この通り喋ればいいから」
読むだけならと思い、裕佳は声を絞り出した。
「今日からお世話になる水原裕佳です。皆さんより本当は年上ですが、この課では一番新人の後輩ですので厳しく指導をお願いします。そして・・・そ、そして・・・モニターの仕事を頂き・・・勤務中は、お・・女の子になりきって、みなさんに可愛がってもらえる様に、以下の事を誓います。」
そこで裕佳は読むのを止めてしまった。
「どうしたの、読めない字でもあった?」
綾乃が先を促す。
「ひ・・ひとつ。私は勤務中は上着はおろか、し・・下着についても・・じょ・・女児用の物しか身に着けません・・・
ふたつ。私は勤務中はお・・女の子になりきるため、女言葉しか使用しません・・・
みっつ。わたしが、お・・・女の子らしくないふるまいをした時には、先輩の方々から厳しく躾けていただき、ど・・どのような罰を受けても・・・抵抗いたしません・・・」
あまりにも恥ずかしく、厳しい誓いを無理矢理に立たせられ裕佳は頭が真っ白になっていた。もちろん、この挨拶文は綾乃が今考えたものではなく、裕佳が4課に配属が決まった時点で課長の優子が、裕佳をモニターに付かせる事も含めて考え抜いた物であった。しかし、今の裕佳がそれに気付く事は不可能だった。
「では皆さん、業務に戻って下さい。」
綾乃がいうと、先程の不安な声はどこへ行ったのか、皆が楽しそうに談笑をしながら自席に戻っていった。
「さぁ、ゆかちゃん。ぼやっとしてないで、まずは先輩たちにお茶を入れるのよ。」
綾乃は裕佳を給湯室へ連れて行くと裕佳に
「お茶を入れる時には必ず、このエプロンをするのよ。」
と、白色のフリルいっぱいのエプロンを手渡した。すっかり気力を無くしている裕佳はだまってそれを身に着ける。ボリュームたっぷりのジャンパースカートの上なので、まるでエプロンドレスの様に見える。
「うん、ますます可愛くなったわね。あっ、名札もつけないとね」
と言って、綾乃が自分で裕佳の胸に名札をつける。しかしその名札は綾乃が先程付けていた(名前こそひらがなだったが)社員共通の物ではなく、花びらの形をした、丁度幼稚園児が付けているような名札だった。もちろん真ん中にはひらがなで「みずはら あやの」と大きな字で書かれている。
「じゃあ、まずは課長にお持ちするわよ。課員みんなに好みがあるから間違わないようにね。」
綾乃はそういうと、小さな文字が書かれたメモを裕佳に渡した。そこには課員の名前と、お茶の好みの濃さ・熱さ等がびっしりと書き込まれていた。
「配る順番は上からだから、間違えないようにするのよ。私も最初は間違えて、よくお仕置きされたわ。」
「お、お仕置っきって何ですか?」
不安がる裕佳に綾乃はニコリと笑っていった。
「まぁ、そのうちわかるわよ。」
「あら、思った通り可愛くなったわね。」
慣れない手付きでようやくお茶を淹れた裕佳が課長室にお茶を運ぶと、相変わらずに無表情な顔で優子が出迎えた。
「少々、抵抗したみたいだけど・・」
外の騒ぎが聞こえていたのだろうか、綾乃はこくりとうなずく。
「まぁいいわ、改めてあなたの・・ゆかちゃんだったわね。ゆかちゃんの仕事を説明するわ。もう聞いているとは思うけど、勤務中はうちの商品の女児服を着て子供の視点での着心地や気持ちをレポートする事、同時に課員が次のデザインを考えるときに生きた資料になるわね・・その協力は惜しまない事。そして・・・一番大事な役目が課内のマスコットとしてみんなのストレスをやわらげる事。」
綾乃は内心でほくそえんでいた。綾乃の時は「マスコット」としての役割などという言葉は言われた事がなかったからだ。
「・・・マスコットですか、僕が・・。」
「大丈夫よ何もしなくても、その愛くるしい姿でみんな癒されるわ。」
綾乃が冷やかした。「愛くるしい」なんて・・僕は男なのに・・・。
「じゃぁ下がっていいわよ。あっ、あやのちゃん、いや酒井さんだったわね。ゆかの挨拶の仕方がなっていないから直させなさいね。」
「あっ!はい、そうでした!、ゆか!聞きなさい!ゆかちゃんの挨拶の仕方はね・・・」綾乃は裕佳に両手でスカートの両端を軽く持ち上げる様に命じ、次に片足を後ろに引いて会釈するように命じた。いわゆる西洋式の挨拶である。なかなかうまく出来ない裕佳だったが、30回も繰り返した頃ようやく許しがでた。
「まぁいいでしょう。これからは勤務中は誰に出会っても、その挨拶を忘れないようにね。」
ようやく課長への挨拶が終わると、今度は30人もいる課員へのお茶出しである。裕佳は一人一人の席につくと、スカートを持ち上げては
「失礼します!○○先輩。新人の『ゆか』と申します。皆様に可愛がって頂ける様頑張ります。」
と丁寧に挨拶してまわらされた。中には高校を出てすぐの19歳の少女もいて、裕佳は恥ずかしさと屈辱で一杯だった。
結局お茶を配るのに2時間もかかり、気が付けば時間は昼前になっていた。裕佳は精神的にすっかり参ってしまっていたが、綾香が容赦なく声をかける。
「ゆかちゃん。じゃあ今度はみんなにお昼の注文を聞いてくるのよ。」
「お昼の注文ですか・・・?」
「そうよ、食堂へ行く暇のない人や、飲み物が必要な人の注文を聞いて、お昼前に食堂に買出しに行くのよ。」
裕佳は震えた。
「しょ、食堂って、本館のですか!・・・」
4課のある別館には食堂は無く、買出しとなると本館に行かなければならないのだ。
「当たり前じゃない。別館に食堂が無い事ぐらい知ってるでしょ。ゆかちゃんの方がこの会社は長いんだから。」
綾乃が意地悪く言う・・・
「ま、まさか・・・この格好で・・・。」
「嫌なの?」
「冗談じゃないです!それだけは許してください。せめてこの部屋から出るときだけでも着替えさせてください。
「あら?さっき、勤務時間中はずっとその服のままって誓ったのは誰だっけ?」
そう言われると裕佳は言い返せない。
「ほら、急がないとお昼になるわよ!」
しぶしぶ、裕佳は注文を取りに回った。弁当やジュース。中にはタバコまで言い付ける課員もいて、結構な量である。
「ほら、これを持っていきなさい。これもうちの製品なのよ。」
綾乃はピンク色の可愛いバッグを手渡された。真ん中には裕佳が身に着けている下着とお揃いの女の子のキャラクターが刺繍されている。
「持つときは必ず両手で可愛らしく持つのよ。」
綾乃が細かく指導する。しかし、裕佳は決心がつかなかった。
「お願いです。せめて、今日だけは許してください。他の事ならなんでもしますから・・・。」
「男の癖に、往生際が悪いわね!」
綾乃はそういうと、裕佳を部屋の外に力ずくで引っ張り出して追い出すと、中から鍵をかけてしまった。
「きちんと、おつかいできたら開けてあげるわね。」
綾乃が部屋の中から話す。
「開けて下さい!お願いですから!」
泣きじゃくりながらドアを叩く裕佳だったが中からは何の反応も無かった。
この様子では綾乃はお使いを済ますまで決して開けてはくれないだろう。裕佳は観念するしかなかった。廊下には既に何人かの社員がこちらを物珍しそうに見ている。
裕佳は決心して本館に向かった。4課は3階にあるが、人目につくエレベーターを使う勇気は裕佳には無かった。あまり誰も使わない裏階段を急ぎ足で駆け下りる。一段抜かしで駆け下りようとするが、履かされている可愛いよそゆきの靴のせいで転びそうになる。
「・・・なんで僕がこんな目に・・」
涙が出そうになるが、そんな事になれば余計に目だってしまう。裕佳は思い切って本館に入り食堂を目指した。
幸い、まだ昼休みにはなっていないので他の社員にはほとんど会わなかった。食堂につくと奇異な目で見る売店の販売員の女性の視線に耐え、弁当・ジュースと買い揃える。しかし、そのうち少しづつ食堂に人影が増え始めた。
「なにかしら、あの子?」
「あの子が着てるの、うちの商品よね。」
「モデルの子かしら?なんで食堂なんかにいるのかしら?」
皆がこそこそと話す声が裕佳の耳に突き刺さる。
「急がないと・・・みんな集まってきちゃうよ・・・」
急いで自動販売機からタバコを取り出し、カバンに入れる。
「よし、これで帰るだけだ」
しかし、慌てて振り返って走り出した裕佳は通りかかりの女性とぶつかってしまった。
「いたっ!」
思わずバランスを崩してしりもちついた裕佳に女性が手を伸ばした。
「ごめんなさい、大丈夫?」
それは聞き覚えのある声だった。裕佳はおそるおそる上目遣いで女性の顔を確かめた。
「あなた、モデルの子ね。迷子になっちゃたの?」
目が合ってしまい、裕佳は顔から火が出る。女性は以前の同僚、しかも裕佳が心ならず思っている後輩の道田楓という女の子だったのだ。
「ごめんなさいね、おねえさんが案内してあげようか?」
すぐに逃げ出したい裕佳だが足が動かない。
「どこか痛いの?えぇっと・・名前は・・・みずはらゆかちゃんていうのね。どこかで聞いた事あるわね・・」
「しまった」と思い裕佳は慌てて手で名札を隠す。
「早くここから逃げ出さなきゃ・・・」
裕佳はようやく立ち上がると会釈して体をひるがえした。
「あっ、ちょっと待って。スカートが汚れてるわ。」
楓は裕佳を呼び止めると、右手でスカートを優しくはたいた。
「ゆかちゃんって、何回もここに来てる?おねえさん、どこかで会った気がするんだけど・・・・あっ!!」
驚いた声を出し、楓は裕佳の顔を覗き込む。
「ま、まさか・・・先輩・・・」
「ばれた!」
裕佳は一目散に走り出した。
「ばれてしまった・・事もあろうに、あの楓ちゃんに・・・こんなに恥ずかしい姿を・・・」
裕佳は失意のあまり大粒の涙を流しながら4課へと戻った。
午後はもう、仕事にならなかった。すっかり気力を失った裕佳は綾乃の言う事に逆らう事もできず、3時のお茶くみや雑用を黙ってこなした。そして終業。
「さて、ゆかちゃん今日は初めてで疲れたでしょ。今日はレポート書いて帰っていいわよ。」
「やった。これで帰れる。ようやく着替えることが出来る・・・」
慣れないスカートと恥ずかしい仕事にすっかり疲れた裕佳は、気を取り直してレポートを書き始めた。その顔は真剣そのものものだった。自分のレポートが役に立てば、この仕事からより早く解放されるかもしれないからだ。
「ブラウスの袖口のゴムは子供には少し強すぎるかもしれない、又刺繍のある部分の裏地は子供の繊細な肌に傷を与えてしまう可能性がある為・・・」
用意された用紙にびっしりとレポートを書き終えた裕佳は、自身を持って課長室に向かった。レポートは課長に直接提出する様に言われたのだ。しかし、レポートを一瞥した課長の口からは予期していない言葉が飛び出した。
「やり直し。」
結局12回もレポートを書き直させられた裕佳は重い足取りで帰宅した。物凄く長い間スカートを穿いていた気がして、ズボンが足にまとわりつく感じがする。ようやく落ち着いてきた裕佳だが、又明日がすぐにやってくる。
「明日は8時に出勤だからね、明日だけ私も付き合ってあげる。」
綾乃の言葉を裕佳は思い出す。モニター役の社員は1時間は先に出社して、着替え、課員の机の掃除等を済ませるのが義務になっているらしい。明日はどんな服を着させられるのか・・・想像しただけで顔が赤くなる。
「・・・我慢しよう・・・きっと少しの間だ・・・今日もなんとか耐えられたし・・。」必死に自分に言い聞かせる裕佳だったが、今日とは比較にならない恥ずかしい仕打ちが明日、待ち受けていることを知るはずもなかった。