魔物の花嫁に化けた王子様
「聞けっ、皆の衆! 村長の話だ!」
それはとある村でのこと――
「ここより北にある山。 みなも知っている通り、古くから恐ろしい魔物の住み家となっておる。 そのものを倒そうとし、これまで多くの名だたる戦士たちが討伐に向かったが誰一人として討伐は敵わず、そして魔物は贄の花嫁を要求するようになった――」
周囲がざわつき、村長の話が遮られた。
「こら、静かにしろ。 まだ村長が話している途中だぞ」
「ふむ。 皆が不安に思う気持ちはよくわかる。 だが、安心してほしい」
「……」
「すでにこの話は村の外にまで広がっており、勇敢な東の国の王子と、聡明な西の国の王子が、助けに来てくれると書状をよこしてくれた」
「しかし、村長……」
「大丈夫じゃ、わかっておる」
村長は声を高らかにする。
「王子たちは我々に約束してくださった。 『我々が生贄の花嫁に化けて、見事その魔物を打ち破ってみせましょう』とな…… わかるな、皆の衆」
周囲がシンっと静まり返った。
それを見て村長は、静かに息を吸い込みながら言った。
「だから、我々のすることはただひとつ――」
※※※
東の国の王子は、庶民的な王子。
ツンツンとした闊達な茶髪少年で、子供のころから街の子供たちと一緒になって街中を探検し、剣の腕前は国一番と評される。
西の国の王子は、真面目な王子。
結わえられた黒髪にクールな顔立ち。 勉学を得意としているが剣の才能もあり、決して東の国の王子にひけは取らない。
どちらも子供のころからお互いを知る幼馴染であったが、切磋琢磨しあう良きライバルでもある。
今回は魔物噂を聞きつけて、どちらが良き手柄を立てるか勝負に乗り出したのだった。
「よろしくお願いいたします、王子さまがた。 あなたがただけがたよりです」
膝をついて懇願する村人に、東の王子は言った。
「もちろんだとも、この俺の力と西の王子の頭脳を使えばどんな困難にも必ず打ち勝って見せよう」
自信たっぷりにいう東の王子とは対照的に、西の国の王子は落ち着いて言った。
「わたしたちだけではいけない。 この作戦には村人たちの協力も必要だ。 俺たちがうまく花嫁に化けられるように、予定通り準備をしてもらいたい」
「はい、もちろんですとも」
王子たちはともにやる気に満ちていた。
唯一、彼らの汚点は。
ここにくることを、祖国の誰にも話さなかったことだ。
「それでは王子様方、こちらでお待ちください」
「うむ」
「あいわかった」
村一番の良い部屋に案内された王子たちだったが、中は意外に簡素なもの。 年季の入ったクローゼットの他に、鏡の大きな化粧台と、中央にはゆったりとしたロッキングチェアが二つ、それから見たこともない形の香炉が白い煙を発し、空気に溶け込んでいた。
「先ほどから感じていた匂いの正体はこれか? 王国でも嗅いだことのない珍しい香りだな」
西の王子が言った。
「ええ、村に伝わる大変貴重なお香でございます。このあたりでしかとれない特別な花を使用しておりまして、緊張をほぐし心をリラックスさせる効能があるのでございます」
「確かにいい香りだ」
「そうかぁ? 俺はなんだか草っぽい香りで、好きになれないが…… スハァー」
「……」
あまり好意的でない東の国の王子の対応に、西の国の王子は怪訝そうな表情をした。
「ホホホ、まあ、若い方の中にはそうおっしゃるものもおります。 だがすぐになれますゆえ、どうぞご辛抱くだされ。 では、わたしはいったん失礼いたします」
そう言って慇懃に頭を下げ、背中を見せないまま後を立ち去る村人。
王子たちはこれを完全に見届けてから話し合った。
「いってしまったな」
「ああ、そうだな」
二人きりになる王子たち。
村人たちの手前多少なりとも気を張っていたところもあって、二人になると少し気持ちは楽になる。 凝っていた首や肩をならしつつ、互いに自分自身の身体をねぎらった。
「スゥー、ハァー。 やっぱこの匂いよくないよなぁ。 …… スゥーハァー、よくない、なんか落ち着かないし」
それでも物珍しいのか、怖いもの知りたさなのか、とにかく好奇心旺盛な東の国の王子。
王族とはいえ庶民的な東の国の王子はあまり品性がよろしくなく、鼻を鳴らしている様子を見て、西の国の王子は言った。
「お前、知っていたか? この村ではな、女子は12歳、男子なら10になるともう結婚を勧められるそうだぞ」
するとまた、東の国の王子は鼻を鳴らしながら答えた。
「早いな、スンスン。 10歳とか12歳って、まだ、全然子供じゃないか」
「ああ、そうだ。 しかし、ここは俺たちが知っている国とは違うんだ、土地が変われば文化も変わる。 文化が変われば価値観や風習だって違う、わかるか?」
スンとしてから、東の国の王子は言う。
「もちろん」
「本当か?」
「ああ」
謎の自信に満ちている東の王子に、西の王子の顔は冷たい。
「じゃあ、彼らのもてなしに不満を漏らすなよ。 たとえ、これから出てくる料理がサルの脳みそだろうとクモの揚げ物だろうと喜んで食べるんだ。 我々は国の代表としているのだからな。 それくらいの器量は見せろ」
「お、おう……」
もちろんそんなものが出る可能性はゼロではないが、極めて低い。
正直すぎることは東の国の王子の美徳だが、西の国の王子はそれにクギをさしておいたのだ。
「サルの脳みそってマジか……?」
青白くなる東の国のお王子。
サルの脳みそを想像し、想像だけで驚いている。
だが、西の国の王子も含め、彼らが真に驚いたのは花嫁衣装に着替えてからの出来事だった。
※※※
「ドレスなんて嫌ほど見てきたが、まさか自分で着ることになるとな」
「この花嫁衣裳のモチーフは愛の女神エロスか、それとも妖精ニンフか? どちらにせよ、なかなかの装飾だ」
元より眉目秀麗の王子たち、きらきら輝く瞳に艶やかなリップ。 どちらも負けず劣らず子供っぽい顔立ちのまま、異国情緒あふれる花嫁に転身――
純白のウェディドレスとはまるで違う、色鮮やかなローブが王子たちの肌を包み込む。民族的なギザ模様と煌びやかな装飾が趣深い雰囲気をつり、露出度は高く、お尻の形がぴっちりと盛り上がるほど身体のラインを強調していた。
―― それと、二人の花嫁衣装と化粧は色違い。
デザインは同じでも印象は違う。
東の王子の花嫁衣裳は“赤橙色”の布地。 大きな瞳に怪しいピンクのアイラインと、リップとマニキュアも同じサキュバスピンク。
西の王子の花嫁衣装は“濃紺”の布地。 メイクアップはグリーンシャドウと少しエキセントリックな印象を与えている
「…… なんだよ?」
西の王子は、東の王子の視線に気づく。
「いや、馬子にも衣装といってやりたいところだが。 なかなかどうして似合っているなと思って」
「それを言うならお互い様だろう」
女装することにそれほど抵抗がなかった二人。
ただどちらの王子も、いつもと違う相手のことが気になっている様子。
相手の視線に少し意識して、どちらもほんのり赤くなり、裸に近い滑らかな肢体となめらかなお尻と脚線美が映える。
特に、目元を強調するアイメイク。
誘惑するような視線が、彼らの美的感覚に新たな色彩をくわえていた。
「スースーするよなぁ」
「やめろ、そんな恰好で。 俺たちは今、異国の姫なんだぞ」
「誰も見てないからいいんだよ」
西の国の王子の忠告に、東の国の王子は従わない。 正直な感想を漏らす。
「なんかさ、花嫁衣裳というより踊り子みたいだし…… ヘソなんて丸出しで…… 半分裸でいやらしいじゃないか」
東の国の王子は、華麗にその場で一回転した。
「それは、そうだろう。 この土地では、結婚というのはコづくりが最大の目的だからな。 儀礼なんて形式的なもの。 すぐ男に抱いてもらうように、その……男を欲情させるために趣向を凝らしているんだろう」
「ああ、だから、お前を見ているとなんかココがムズムズするのか」
「たわけ。 馬鹿なこと言うな」
正直すぎる東の王子に、西の王子は呆れた。
「なんだよ、冗談の通じない男だな。 スンスン、こんな格好をして、スンスン、化粧までされちゃってさ、いよいよって感じがするじゃん、スハァーフゥー」
「わからんな、そんな感覚的なこと、だいたいお前は昔から言葉が適当で……」
「スゥー、スゥー、ハァー」
「おい、さっきから何している?」
「え? スンスン、聞いてるよ、スンスン」
「それだそれ。 なぜスンスンしながら香炉の方に近づいていく、この匂い、イヤなんじゃなかったのか?」
気が付けば東の王子は、香炉のすぐ近くまで来て顔をのぞかせている
「そうなんだけどさぁ…… スンスン、なんか気になって…… ンハァー。 へへ、鼻になじんできたというか、クンクン、やっぱ悪くないかも」
「相変わらずいい加減なやつめ。 だが、あんまり近づきすぎるなよ。 俺たちが知らないだけで危険なものかもしれないし、匂いが強すぎると鼻に穴があくことだってあるんだぞ」
すると東の王子は可愛いメスザルのように笑った。
「なにいってんだよ、西の国の王子。 鼻は元々穴が開いているもんだろ2つ?」
「鼻の奥の壁が溶けてつながるってことだ。 いや、お前には難しい話だな。でも、これ以上は説明せんぞ」
そうしているうちに、別の村人が部屋を訪れた。
「これはこれは……、お二人とも大変美しくおなりになられて、見違えましたぞ王子たち。 これならば魔物の目もうまく欺くことができましょう。 やはりあなた方にお任せしてよかった、さあ、どうぞ、こちらは村の地酒です。戦勝の前祝いにどうぞ」
小さな盃に、王子様ではないアイラインのカワイイお姫様の姿が映る。
「ああ、遠慮なくいただこう」
「俺も」
王子たちは一気に煽った。
「ぷはぁーっ、いいねぇ、染みるねぇ」
「…… お前、調子に乗って飲みすぎるなよ」
「わかってるよ」
泥酔はしてはいけないとはいえ、適度なアルコールは血の巡りを良くする。 布地の少ない衣装に冷えた身体がぽかぽかしてきて、手足の指の先に力強い熱が灯った。
濃い香炉の匂いも相まって、王子たちは昂っていく。
「そろそろ、お腹を空かせておりませんか? 村でとれた野イチゴなどをお持ちしました」
「お、これもいけるじゃないか」
「…… 甘いな」
「ホッホッホ。ご堪能ください」
少し舌が痺れる。
だがおそらく、毒ではないはず。
「最後に、ボディオイルになります。 長旅の疲れを癒すつもりでお使いください」
「な、なるほど、いただこう」
「全身に塗るのか?」
「はい」
すると有無をいわさず現れた屈強な村の男たちが現れて、頼んでもいないいくつもの手が王子たちの全身にまとわりついた。
「お、おい、ちょっと急やすぎやしないか」
「みな、王子様達に奉公したくてはりきっているのです」
「うひゃぁあ、なんかぬるぬるするぅ」
「オイルですから」
「うっひゃあ」
嬉しいのか気持ち悪いのかよくわからないが甲高い声をあげる東の王子、そして西の王子も声を押し殺して悶える。
村の男たちは次々と、その扇情的な花嫁衣裳と柔らかい肌の間から手を滑り込ませてきて、その手つきは優しいけれども、背中も胸板も、脇の下やおへそも、太腿も、お尻も、ペニスだって、直接まさぐられオイルを塗りたくってくる。
抵抗はしたくともそこは男らしく(?)ぐっとこらえて、凝り固まった筋肉も無理やりにほぐされていくのを感じ、力を抜いていく。
東の王子は西の王子を、西の王子は東の王子の姿の、どちらもあられない姿のあられもない顔を見せあった。
「…… おしまいでございます、王子様方。 では」
バタンと扉を閉めて、嵐のように村人たちはさっていく。
東の王子も、西の王子も、ロッキングチェアに座りながら大きく深呼吸をした。
「ハァーハァー、スゥーハァー」
「ハァー、ハァー、フゥー」
重なっていく二人の呼吸音。
「ひ、ヒドイめにあった……」
「ああ」
「ちょっとよかったけど」
「…… マッサージだといっていたからな」
熱っぽい息をはく。
思い出してみると、身体の内側から濡れてくるものがある。
城の外の人間に身体をまさぐられたのははじめての経験で、フェイスメイクやマニュキュアが落ちなかったのは幸いだった。
「けど、なんかひりひり痛くなってきてないか、これ」
「ひりひり痛むのは古い表皮がはがれて新しいのを刺激しているからだろう、美白効果というやつだな」
―― くしゅん
しかし、そこで二人同時にくしゃみした。
「…… アソコの毛まで抜けて、ツルツルにされちまったんだが。 これも美白効果か?」
「俺、もだ」
「これ、後でちゃんと生えてくるよな?」
「……」
「でないとおれら、一生ツルツルだぜ」
「城に帰ったら増毛剤について調べておく…… スンスン」
王子として、なによりも男として威厳を保つため、こんな赤ん坊同然の陰部を見せられるわけがない。
可憐な容姿にシワを立てる西の国の王子だが、香炉の匂いが彼らを慰めた。
「……スンスン、ハァー、おちつく」
「おい」
「なんだ?」
「なんだじゃねぇよ、西の国の王子。 どさくさにまぎれて、匂いをひとりじめにしようとすんなよ」
そういって、西の王子が香炉に近づいていることが気に入らないのか、東の国の王子はすぐ彼よりも前に身をのりして出していった。
「そんなつもりはないが、スンスン」
「ったく、スンスン」
「…… スゥー」
「スハァー」
西の国の王子も前を譲らない。
二人して仲悪く並んで、うっとりとした匂いにかどわかされ、香炉に向けて小高い鼻梁を向ける。
「……」
「……」
怪しい目をするサキュバスピンクとグリーンシャドウのアイライン。
二人とも改めて、いつもと違う顔、それからお互いの姿を見た。 昔からの知り合いではあるが、ここまでマジマジと密着してみたことなど一度もない。
そして、どちらも恥ずかしそうに身をよじった。
「えっちな衣装だよな」
「だからいっただろう、そういう衣装なのだと」
「ドスケベ衣装?」
「そのような言葉はわたしの辞書に、ヒュゥー、ハァー…… ない」
自分が自分でなくなっている感覚に、しかし香炉のおかげでいい気分だった。 それにお酒のおかげで身体もぽかぽかしている。
ふっくらした頬も赤い。 恥ずかしさだけでなく、互いの人肌を感じる。
それはとても王子には見えない、夜の街で働く女たちと同じ貌。
―― そこへまた、村人が、くる。
「王子様がた、入りますぞ?」
「あ、ああ」
「もう、マッサージは間に合っているぞ」
返事をする王子たち。
ごまかそうとするのだが、どちらも香炉の近くから離れる気はない。
「さきほどのことで少し王子様たちの花嫁衣裳が乱れたと思い、メイクもあわせて一度手直しさせてください」
「えー、また、変なところさわったりするんじゃないだろうなぁ」
「おい……」
東の国の王子の警戒した言葉に、西の国の王子は不快感をあらわにする。
小突く西の国の王子も、まだ少し身構えている。
「ホホホ、ご心配なく。 王子様たちは、そのまま立っているだけでよいですから」
すると、今度は年齢層の高い女性たちがやってきた。
ガラス細工を扱うかのように、丁寧に優しく手取り足取り、衣装を整えてくれる。 城での生活に慣れ親しんだ王子たちであれば、それは当たり前のことなのだが、今は少しじれったい。
ボディオイルのせいで敏感にされた肌に生地がこすれて、くすぐったい。 ふと東の国の王子は西の国の王子を、西の国の王子は東の国の王子を見て、どちらとも乙女らしい顔をしているので、またいたたまれない気持ちになる。
「……スゥ」
「……ハァ」
メイクの色もまた、入れなおして、
「なんか、さっきよりどきどきするよな?」
村の女性に頬を抱えられたまま、ピンクマニュキュアを入れなおされている東の国の王子がいい。
「…… 意識しているからだろう」
目を閉じ、瞼にグリーンシャドウのアイラインを入れなおされている西の国の王子が、しっとり答えた。
「おれたち、おんなのこ?」
「…… 馬鹿なこと、いうな」
西の国の王子の声は小さい。
だが、その目を開いて相手と自分を見た時、きっと同じことはいえないだろう。
身体中が甘く疼く。
その後、メイクを終えて――
村人は女性たちを先に戻らせ、全く変わらない表情で言った。
「他になにか必要なものはございませんか?」
「あー……、どうなんだ、西の国の王子?」
「ええっと…… たぶんだいじょうぶだ」
完全にのぼせた顔をする東の国の王子はもう考えることが億劫になっていて、西の王子に回答をまかせると、西の王子もまたのぼせた回答をする。
二人とも、まだ村人がいるにもかかわらず、無意識に香炉の方に目を向けていた。
「では、今しばらくお待ちください」
「……」
去り行く村人の背中。
「いや、とまれ」
そこを、西の国の王子が引き止める・
「どうかなさいましたか? 西の国の王子さま?」
少しだけ驚いたような顔をして、村人は慇懃に聞く。
「少し、時間がかかりすぎてないか? 俺たちは今すぐにでも魔物と戦いたいのだが」
「申し訳ございません。 なにぶん、人手がないものでして、さらに急がせますのでどうぞ今しばらく」
「勘違いするな。 叱責しているわけではない。 ただ、俺たちの世話をやくよりもやることがあるだろう? そっちを急がせろ」
「ははっ、お気遣い感謝いたします」
毅然とした口調で命令し、これまで以上に深々とお辞儀する村人は足早に去った。
それをグリーンシャドウの厳しい目で見つめる西の国の王子。
「メスブタめ」
「なにかいったか?
「いいえ、王子様。 なにも……」
「…… わかった、ならい」
ようやく力を抜いて、東の国の王子のもとへいく。
「お疲れ」
「ああ」
「へへへ」
「なぜ笑う」
「だって、お前って、ホントは大人しめの性格なのに、やっぱこういうときはしっかりしているなかって」
「仕方がないだろう、俺たちは王子なんだから毅然としないと…… クンクン」
「ああ、王子だもんな、おれたち。 スゥー、ハァー、スゥゥー、毅然と、スゥー」
「…… おい」
「なんだ? スゥスゥ」
「お前の方が少し、香炉に近くないか?」
「いや、気の精だろ?」
「……」
「……」
目の前には香炉。
その前にあるのは背の低い鉄の柵。
本来これ以上は近づいてはいけない、子供が香炉を誤って落とさないために敷いたものだが、
「スハァー」
「スハァー、ンハァー、ンゥー」
気が付けば一国の王子でもある二人が香炉の前の柵に寄りかかり、熟れたお尻を突き出すような格好をしていた。
香炉の匂いを顔から浴びて、匂いとともに身心ともに緩み切って、気持ちがいい。 なにか温かい力が皮膚の下で流れ込んでいった。
愛らしく小鼻を鳴らし、できうるかぎり香炉の匂いをひとりじめにしようとしていて、左右どちらの王子も身をくねらせながら負けじと押し合い、顔をぴったりすり合わせている。 夢中で匂いを嗅ぎながら、王子であるにも関わらずだらしのない顔を浮かべていた。
そうして王子たちは、部屋をノックする音さえ聞こえなくなり、
「ごきげんよう王子様…… おや、まるで豚小屋の豚ですな。 首を伸ばして餌に群がる、畜生同然」
村人のいう通り、そこに王子と呼ばれる人種はいなかった。
「さあ、今の王子様にふさわしいものをつけましょうか」
かちゃり
東の国の王子の首に黒革のゴツイ首輪がはめられた。
かちゃり。
そして西の国の王子も、花嫁に首輪。
「これは村で伝わる首飾りです」
「ああ」
「そうか……」
香炉の匂いに狂わされた東の国の王子も、西の国の王子も、簡単に騙される。
―― 否。
最初から彼らは軽薄だった。
「首が絞まるほどきつめにするのが特徴的で、最初はつらいでしょうが、すぐよくなりますよ」
「あ、ああ……いいな、いい」
「ぐぇ」
首が絞まる。
頭に酸素がいかなくなって、しかしいい気持ちに負かれる。
「さて、では、豚の尻を叩きましょう」
パァン、パァン、パァン
布地は薄く、思いのほか響く弾ける音。 尻たぶが震えて、東の王子たちは甘い声が出た。
「はっふぅ、これ、あ、きもちいい、ああああ!」
「もっと強くしますよ」
バァン、バァン、バァァン
「んんんんっ、なんだこれ、、しびれて、ふわ、ふわぁっぁあ、ふわぁあ!」
「失礼、虫がね、ついていて、虫で」
バァン、バァン、バァン
「お礼を」
「はひ?」
パッァァアアアアン
「虫をとってさしあげたので、お礼をいってください、王子様」
バァン、バァン、バァン――
「ひっ! あ、ありが、とう」
「もう少し丁寧にお願いします」
バァン、バァン、バァン
「うふぃぃん! ありがとうございます、お尻、叩いてくれてありがとう、ございます!」
「そうでしょう。 そうでしょう」
言われされてしまった。
そして、西の国の王子も。
バァン、バァン、バァン
「ああ、あ、あ、あああああん!」
バァン、バァン、バァン、バァン、バァン、バァン バァンバァン、バァン
「西の国の王子さまはいえませんか、ほれ、素直になりなさい」
バァン、バァン、バァン!
「ああああ! あ、あ、ありがとうございますぅ! あ―― き、きもちいぃ!」
バァン、バァン、バァン!
「あっ、あっ、、あっ」
バァン、バァン、バァン!
「はっ、はっ、ふわぁああん」
ただの村人に尻を叩かれ、魔物退治の直前に、素直になっていく王子たち。
痛いのが気持ち良くて、真っ赤に腫れたお尻。 濃厚な匂いに鼻から感じて、訳も分からないまま魔物の奴隷花嫁になるために変えられていく。
王子たちが花嫁衣装と思っていたそれは、実は奴隷が着るための装束。 グリーンシャドウとサキュバスピンクのメイクには、魔物の血が使われている。
塗りたくられたオイルは媚薬が含まれて、体温が上がるたびにその効果を上げていく。 ジワジワと興奮色が上がっていった。
バァァン、バァァン、バァァン、バァァン、バァァン――
休むことなく尻を叩かれる東の国の王子。
奴隷衣裳のローブが淫らに揺れ、熱く火照った肌にいやらしい汗がにじむ。
「あはぁあんん、も、も、もう――」
バァン、バァン、バァン!
痛みという刺激に耐えかねて、東の国の王子が首を振る。 「もうだめ、もうだめ」とうわ言のように繰り返し、本当の女の子のようで、弱く、情けなく、しかし匂いを吸うために鼻は犬のようになる。
バァン、バァン、バァン
心配そうにのぞき込む西の国の王子の前で、観念してサキュバスピンクの目を閉じ、彼は最後に大きく膝を震わせた。
「ああああああ、あ、ぴあぁあぁぁぁあああああ!」
―― ジョロォォォオオオオオオオ!
せせらぎにも似た水音がはっきりと聞こえ、漏れ出したお小水は脚を勢いよく伝い、部屋に大きな水たまりをつくっていく。
その場でへたり込んでしまった東の王子は自らのお小水でお尻や太腿まで浸らせて、しかし虚ろな表情で感じているようすだった。
「あ、あ、あ……」
西の国の王子の足も、すぐに濡れる。
次はお前の番だと、村人が、西の国の王子と顔をあわせてきた
「“おしめ”の準備はできておりますぞ、王子様」
「な、なんだ、と――」
西の国の王子は、人までは決して弱いところを見せないようにしている。
だが、今は無理。
憎まれ口をたたきながらも信用していた東の国の王子が犬のしつけのような扱いを受けたのを見て、糸がきれてしまった。
「いやぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
西の国の王子は知る――
隷従することの悦びと、新たな“おしめ”を当てられることの気持ちの良さを、ゆっくりと覚えていく。
※※※
ロッキングチェアに深々と座りながら、股を大きくM字に開く。 広げられた股間には絶えず村の女たちや男たちが無言でまさぐって、陰茎と睾丸をかき回し続けていた。
「あ、ああああ」
「お、おおおお」
さらには“水たばこ”のホースが、どちらの王子の鼻の穴にも直接ささっていた。
水たばこ本体の形状は、水の入ったガラス瓶にボトル状の喫煙器具をとりつけたもの。
燃えたタバコの煙をいったん水にくぐらせてから、喫煙器具にあるホースを通って、喫煙者の口に届けるものだが、
王子たちは、それを毎秒鼻に叩き込まされている。
「んあ……」
「ああ……」
中毒者のような声をあげ、最低だが、最高に良い気分の時間だった。
王子たちの表情は読めないが、香炉と同じ、それよりもずっと強い煙を吸わされて幸せにならないわけがない。
「お、おれたち、これから、ど、どうなる……?」
目隠しでなにもみえない。
しかし隣に西の国の王子の存在を知りつつ、東の国の王子が聞く。
その声は、かつてなく怯えていた。
「一服盛られた…… こ、このままでは本当に…… 魔物の、はなよめに…… 」
西の国の王子がやっとの思いで答えた。
声が震えて、煙にせき込んだ。
「俺たちが、生贄に、されるっていうのか?」
「……」
かすかな希望を抱いた声、だが、そえには答えられない西の国の王子。
今なお水煙草の煙が鼻から脳の奥に甘く沁み込んで、股間をまさぐられるこの刺激に悶絶していた。
「そ、そんなこと……」
西の国の王子のことを良く知る、西の国の王子。
彼が答えないことで納得する。
声にはもう、希望はなかった
肩から最後の力が抜けて。煙も、愛撫も、受け入れる……
「いや、でも……」
西の国の王子は東の国の王子と違い、まだ抵抗の意思は固かったが……
「あぅ、あ、あぅ、あ……」
ゆっくりと闇の中に消えた。
「…… スゥー」
「ハァー……」
※※※
「うまくいきましたね、村長」
「ああ、王子とはいっても所詮は子供。 造作もないことだったわ」
「このあとは?」
「もう我々がすることはない。 予定通り羊飼いの娘に、家畜を山へ運ばせるのじゃ」
「承知しました」
「しかし……」
「なんじゃ?」
「彼らには悪いことをしましたね」
「うむ、骨くらいは拾ってやらねばな……」
※※※
―― その時が近づいている
旅立ちの前に。
花嫁奴隷たちの内腿には、真っ赤に焼かれた“焼きごて”を押し付けられた。
「ひあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ――!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああぁぁぁぁぁっぁっぁぁ――!」
正当な王家の血筋をもつ二人の内腿に、『豚』を意味する焼印がつく。
もう消えない。
たとえ腿の皮を剥かれても、生涯消えることはないだろう。 それをお天道さまにまで見てもらえるように、家畜らしく歩かされる。
「では、くれぐれも間違いなく花嫁を送り届けてくれ」
「はい、わかりました村長様」
羊飼いの少女は後ろに控える二人の花嫁奴隷。
一人は、サキュバスピンクのアイラインを施された奴隷、赤橙色の衣装と縄化粧。
一人は、グリーンシャドウのアイラインを施された奴隷、濃紺の衣装と同じく縄化粧。
人間らしさは消滅し、衣装といってもほぼ半裸に近い上。
馬の轡のようなバーギャクをどろどろの涎で垂らしながら、手足は不自由。 罪人が如く後ろ手に縛られたまま、震える足を動かすだけ。
二人とも最期の時が近づいているのを肌に感じながら、全身を締め付けてくる強烈な拘束感に酔いしれていた……
「んあ、んあ、んが、んあ……」
「ふあ、あ、ふあぁ、ふあ……」
だらしのない最低の花嫁の顔からキラリと光る―― 鼻水のように垂れているものがある。
それは家畜用の鼻輪だった
「ほら、行くわよ、あんたたち。 あたしについてきなさい」
「んあぁあん!」
「ふが、ふがががあぁ!」
花嫁よりも頭一つ背の低い羊飼いの少女が、奴隷たちの鼻輪につながる鎖を引く。
鎖は細いが、二人を歩かせるのには十分すぎた。
「きびきびあるくのよ。 途中で立ち止まったりしたら、このムチで滅多打ちなんだからね」
「ふあ゛ぁぁあん!」
「あぅあ、うぉあおぉぉん!」
人の言葉をなくし。
花嫁たちは、胸を張って姿勢よく歩いていたことが懐かしい……
今はそのことを忘却の彼方に忘れ、今は少女が持っているムチに恐れおののき、短いようで長い、最底辺のバージンロードを歩かされる
「ふごっ、ふごごご、ふおごごぉおおおっ!」
「おおぉぅん、お、おおおぅん!」
まだ王子だったことを忘れられず、涙をボロボロとこぼしはじめた花嫁たち。
歩き方だって偏屈で、のっそりもっそり……
だが地面にこぼした涙のその上から、自らの卑猥な液体をこぼしてしまう。
「どうせだったらもっとケツを振りなさい。 村の人だってまだ見ているんだから、自分が『豚』であることを自覚して。 その焼痕がなによりも証拠でしょ」
鼻輪をひかれると激痛が走り、お尻の火傷もまだ痛みがひどい。
同時に淫らな身体がそれを甘い快感に変えていき、二人は情けなさと恥ずかしさで鼻息を漏らすも、もうなにもかもが手遅れ。
ほんのわずかでもさからおうとする意思を見せると、宣言通り女の子が持っているムチで激しく折檻された。
「はい、折檻。 ばーちばーち、ばーちばーち、ばーちばーち、到着するまで二人とも100回はムチで叩くからね、ほら、ばーちばーち」
「ふぎっぃぃぃぃんっ、ふぎぃっ!」
「んぐぅっ、んっ、んっんんっ、んきぅぅ!」
そして何もなくとも鞭で叩かれる。
理不尽に折檻され、滅多打ちにされる。
少女の暇つぶしに付き合わされて、太腿にはいくつもの痛々しいミミズ腫れができ、美しく血がにじんだ。
「ふぐぅー。ふぐぅー」
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
それでも、奴隷花嫁はついていくしかない。
勝負と呼ばれるものはすでに、始まる前に決してしまったのだ。
あとはどのように自分の最期を迎えるのか、ただそれを決めるための時間。
汗だくになりながら、腰も窮屈に曲げながら、無理やりに歩かされ涙をすするだけ。
「なに、もう疲れちゃった? 喉が渇いたらいつでも言ってね…… あんたたちがこれまで漏らしたお小水ね、この水筒の中に全部いれているから、いつでも返してあげる」
「―――― ふひ!」
「―――…… っ!」
それは本気の言葉で、花嫁たちは目を剥く。
「まあ、このわたしにこんな汚いものを持たせたんだから、それ相応の覚悟をしてもらうけどね」
「ん…… んっ!」
「ん、んー、んんん!」
家畜に拒否権などない。
ただ生贄にささげられるその瞬間までは、少女こそ二人の主。
「それにしてもさ、あんたたちって、本当に王子だったの? 全然そうは見えないし、まさか最初からこうなることを望んでここに来たんじゃない?」
「……」
「……」
今となっては、本当にそうだったのかもしれない。
屈辱と羞恥心に耐えられず、心のどこかでそれが真実だと思うようになり、願うようになり、グリーンシャドウとサキュバスピンクの眦はどちらも閉じられ、臆病に震えていた。
「村を助けるとか、俺たちに任せろとか、魔物をやっつけるとか、どの口がいったんだか」
現実を忘れたい、だが少女の鞭がそれを許してはくれない
「こんなあっさり堕ちちゃって…… 今だって、わたしみたいな女の子に豚みたいに鼻輪でひかれて、恥ずかしくないわけ? あたしだったら、もう恥ずかしくて死んじゃうけどね」
少女はそのとき鼻輪の手を放し、無防備のまま王子たちに近づく。
「ほら」
「あう」
「どうなよ」
「ひふ」
少女が二人に平手打ちをすると、どちらの頬にもピンク色の花が咲く。
やり返してみろ言わんばかりに顔を出して挑発するも、
「ほら、チャンスだよ。 いくら縛られているからって、今なら私一人しかいないんだよ? ほら、二人がかりでやれば意外と逃げられるんじゃない」
少女の言葉に奴隷たちは、お互いの顔を見合わせた。
「……」
「……」
「……っ」
「……」
「……っ、っっ」
「……ん」
だが、できない。
身体だけでなく心まで調教されてしまって、なにもできずにただオドオドするばかり
元西の国の王子がゆっくり首を横に振って頭を垂れると、元東の国の王子もまた同じように頭を下げた。
鼻輪にひかれたその顔は、逃げることよりも浅ましく媚びることしか知らない、
「できないんだぁ? ははっ、できないんだぁ」
「……」
「まあ、そりゃ無理だよね? こんな姿じゃあ、どこにいっても、もう一生奴隷としか生きていけないだろうし」
少女の執拗な煽りは続いた。
「やーいやーい、負け犬、負け犬。 ううん、負け豚かな? 女装していじめられるのがスキな変態、地獄に落ちろぉー」
見下しほくそ笑みながら少女は手で音頭をとり、その声は山のふもとまで届いていそう。
王子たちを侮辱する言葉の数々。 王子たちの骨の髄にまで染みこみ、そして物言わないまま認めてしまった。
すると、ゆっくりと、片方の奴隷が少女に近づいた。
「ちょっと、何よ? ようやく、やるきになったわけ?」
はぁはぁと異様な鼻息の奴隷。
少女は身構えるも、グリーンシャドウの目が涙目で訴える。
恥も外聞も捨て去って、自分よりも小さなその女の子の前で膝をついて、さらに媚びるような仕草で身をくねらせた。
「ああ、ひょっとして、トイレ? うんちがしたいの?」
恥ずかしい。
それでもしっかりうなずいてしまう最低の花嫁。
「じゃ、そこですればいいじゃん…… なに? はずかしい? あなた、なに勘違いしているのよ、あんたはもう人間じゃないのよ、いまさらはずかしがってどうするの?」
奴隷はそれに逆らうことができない
「…… うっわ、ほんとうにした。 くっさ」
少女は心底軽蔑した目をし、残った花嫁は同情した目をしていた。
「ほんっと、あんたちの王家ってさ。 豚の王家なんじゃないの? こんなこと命令されてするとか、人間だったらもっと躊躇してもいいでしょうに」
「ふが」
「なに心配してそうな顔しているのよ、あんたもやるのよ」
「―――― っ!?」
「当然でしょう? あんたたちは二人でセットなんだから、ほら、あいつがしたところの上に跨ってしなさい…… ほら、はやく。 はやくしないと、このムチでたたくわよ」
「〜〜〜〜っ」
そして、二人は、今度こそ人間を、やめた。
「……」
「…… 終わった? なら、お互いのお尻の穴をなめ合って綺麗にしなさい。 あんたたちに使う紙なんて、もったいないから」
王子たちはもう何も悩まない。
奴隷たちの喉の渇きを潤すために持ってきた、生暖かい水筒が、一滴も漏れることなく空になった。
すでに3人は1時間以上山道を歩き、人里はだいぶ遠くなる。
「結局こっちも全部飲み干しちゃって…… ふふふ、人間って堕ちるところまで墜ちたらどこまでもやっちゃうんだ、かわいそっ」
あたりが暗くなりかけたころ、急に肌寒さを感じ始めた。
羊飼いの少女は温かく羽織るものを用意していたが、当然奴隷たちにそんなものはなく、寒さで震えあがり身を寄せ合う。
「なにそれ? ああ、そうか、寒いからそうやって奴隷通しで身を寄せ合っているんだ、へぇー」
昆虫の生態を観察しているかのような目をする少女。
奴隷たちは縄で縛られているだけでさえ窮屈な身体なのに、さらに身体をもつれ合わせて互いに慰め合っていた。
…… 先はもうないとわかっているはずなのに、生きるために藻掻く。
そんな矛盾が、鼻輪の細い鎖を持つ少女にとって滑稽でしかない。
「じゃあ、そろそろいいいかな。 このへんで」
少女は足を止めた。
しかし、そこは何の変哲もないただの山奥。
空を覆い尽くすような勢いで伸びる木々の群れと青コケ以外、なにも見当たらない。
何もない。
「え? まさか、屋根のある建物に連れて行ってくれると思った?」
奴隷たちはあっけにとられた顔を浮かべた。
「魔物様にささげる祭壇?とか、社とか、祠とか、そういうの期待していたの?」
驚く少女だが、抱き合う奴隷たちはそれ以上に目を丸くした。
「ぷっ、なによその顔。 本当にそう思ってんだ。 馬鹿ね、そんなのあるわけないじゃない。 ここにはなんにもないの。 ただ山の中の森ってだけ」
少女は鼻輪からつながる細い鎖を自ら手放した。
「そうよ、あんたたちはココで置き去りにされるの」
慌てて少女に詰め寄ろうとする奴隷たちだが、文字通り手足もでない。 また、お互いがお互いの足を引っ張り合って転んだ。
「ぷっ、最後の最後まで無様なんだから。 これが勇敢な東の国の王子と、聡明な西の国の王子? わらわせるんじゃないわよ」
そして少女の手には、残酷にもムチを取り出していた。
「―――っ!?」
「―――っ!?」
顔色を変える花嫁たち。
媚びるような目を向けるものの、今度のはもう折檻ではない。
生贄を捧げる総仕上げといわんばかりの儀式。 あるいはただの余興。
風を切り、リズミカルに、美しい縄痕をその肌に刻み込み、彼らの余計な体力と精神を根こそぎ削りきった。
「ひっぎぃ、んぎゅ、ぎぃぃぃぃいぃぃぃ!」
「ぁぐっ、あ゛、ああぁぁぁぁぁぁっぁぁ!」
だが奴隷たちの声には、たしかに甘さが含まれていた。
誰も見ていない山奥で、奴隷たちは苦しいほど乱れ、この上なく悦んでしまった。
「さて、と」
ドスン
大きな音を立てて落ちたのは、分厚い鉄板の上から垂直に伸びる巨大な模造ペニス。その昔村長が魔物のまらを見てつくったものらしい。
ちょうど二本分あり、花嫁たちの下に置く。
「ほら、ここにおすわり、よ。 わかるわよね?」
「っがひゃぁぁぁああぁぁあぁっっっ……!」
「惚けてないで、早くしなさい!」
「あがっ、ひぃぃっ、ふぎぎぎぎぎぎいっ!」
「あんたもよ」
「ふぐぅー、ふぐぅ、ふぎゃぁぁぁぁあぁぁぁぁあっ……!」
その後。
―― 2人は犬がちんちんするポーズのまま、お互い正面から向き合う形となる。
「ふがっ!?」
「んびぃ!?」
ピンっとした乳首
ボロボロの花嫁衣裳
太腿にある消えることのない『豚』の焼き印
そしてなによりも限界まで開ききった尻穴までよく見えてしまう。
顔に鼻輪と、バーギャグは涎塗れに濡れぼそって、顎の下に滝のようにながれている。
「懲りない連中ね、ほら、せっかくなんだし、つないであげる」
「――――っ!?」
「――――っ!?」
顔を背けていた二人の鼻輪を、1本の細い鎖がつなぐ。
これで強制的にお互いの顔を見るしかなく、ペニスを抜こうとすると、互いの鼻輪を曳き合う形となる。
「ビンビンに張っといてあげる。 その方が燃えるでしょ?」
おすわりしたままペニスを加えこんで、鼻輪で綱引きをするする花嫁たち。
それがかつてライバルだったものたちの末路。
目を閉じなることは禁じられ、そしてバーギャグはハズされた代わりに二人とも『生贄としての紹介状』をくわえさせられた。
「魔物が文字を読めるかわからないけど、一応ココに書いといてあげる」
『このもの、いじめられるのがだいすきなへんたいですので、どうぞごじゆうにかわいがってあげてください』
「じゃあ、あとは好きにしなさい。 逃げるなり、そのまま生贄らしく死ぬなり……」
身体を向け合う二人の間に松明を置き、少女はさっさと背を向ける
「んぐぅー、んんぅ、んー」
「んー、んんー、んー」
「あははは、何言ってんのか全然わかんなーい。 いーい、そっから動いちゃダメだからね、おすわりよ、ずっとおすわり」
少女との別れはあまりにもあっけないものだった。
引き止めようとする花嫁たちを、たった4文字のまじないだけで止める。
「おすわり」
それだけ花嫁は動けず、ただただペニスに尻穴をえぐられるだけの悲しいうめき声だけがあたりに響きわたった。
まもなく日は沈む。
「あ、あ、あ……」
「あぁ、あ、あ……」
あたりはどんどん暗くなっていく。
鞭痕がどんどん疼いて、切なくなっていく。
だがここにはもう誰もいない。
闇の中、少女がおいていった松明の光を頼り。
鼻輪でつながれたお互いの変わり果てた顔だけをかろうじて見ることができ、恐怖に耐えきれずどちらかが腰を上下させると、痛々しく鼻輪がひっぱられ、また悲鳴と喘ぎ声でお互いが生きている証を示す。
もしかすれば2人して協力すればこの場を脱出することもできたが
「ふうぅぅ、ふううっっ、ふぅぅぅ」
「ふぅっ、ふううっ、ふぅぅぅ」
その目に見えるのは、鼻輪をつけたただの家畜。
だが互いに恨む気持ちはない。
松明の炎もほどなくして消え。
花嫁たちは、ゆっくりと、暗闇の中で心を一つにしていた。
その後、100年にわたって村は疫病や飢饉に苦しむこともなく平穏無事に過ごした。
昼から夜にかけて山の方から、悲鳴とも喘ぎ声ともつかない風の声が村に届くようになり、
羊飼いの家には鼻輪の付いた二つの髑髏が後生大事に飾られていて、それがかつての王子の成れの果てなのかは、誰も知らない。