幼児衣装で絵画封印



             5.怪画を描く


 1か月後――

「イサミさん」

「……」

「イサミさん、イサミさん?」

「……すいません、ちょっとぼーってしてました」

 まだ日も高い時間帯。
平和そのものの旧校舎から、次々に美しい絵画が運びだされていく。
その数は、あらかじめ待機していた引っ越しトラックが埋まるほどで、くれぐれも一枚一枚丁重に扱うようイサミが釘をさしていた。

「それにしても驚きましたよ。旧校舎にある絵画を全部引き取りたいだなんて、ずいぶん思い切ったことをされますね」

 厳しい目を光らせているイサミに、気さくに話しかけてきたのはまだ町役場の職員だった。
 年齢はとても若い新人の、女の人。
少し抜けているが、基本的にはいい人。

「……放っておくわけにはいきませんからね」

 あれがただの絵画でないことを知っているのは、今はもうイサミしかいない。
 旧校舎の取り壊しが決まったことを知り。
すぐに役場に申し出たところ、
なんとか幼馴染の絵を含むすべて女性たちの絵を回収することができた。

「どうするんですか、この絵?」

「そうですね」

悪霊がいなくなっても、この絵が元の人間に戻ることはない。
だからこそ、絵画の行く先には考えなくてはならない。

「ひとまず、わたしの家に置いておきます」

 ――いずれはどこかの学校か、絶対に安全なところにひきとってもらおう。
 そこを拠点に、また歩み出せばいい。

「イサミさんは、絵が、好きなんですか?」

「……そうですね」

「わかいのにすごいなぁ、まだ高校生ですよね?わたし、昔から絵とかそういうはダメで、あ、漫画とは今でもよく見るんですけどね。 あはは」

すこし間の抜けた笑みをこぼす。

「……」

「あははははっ、あはははは」

「……」

「え、えーっと、イサミさん?その、あんまりじっとみつめられるとその、はずかしいです」

「……そうですね」

 イサミははじめ悪霊が描いた美しい絵画を見ていたが、やがてその視線はそのまま、女性職員のところに留まる。
 飾り気はないが、均整の取れた身体だ。
 垢抜けない顔も悪くない。
 なにより墨を流したかのような黒髪が気にいった。

「……きれいですね」

「え?」

 ぽつりと感想をつぶやいたイサミの言葉は、女性職員にあまり届いていなかった。
 しかし、イサミは雰囲気をかえて近づいていく。
 彼はすでに片方の球をなくしているため、その歩き方はぎこちなくゆっくりだったものの、男とは思えぬ色気を放つ。

「漫画も、絵画も、本質にはそんなにかわらない」

 太陽が雲に隠れていく。
 黒い影の群れが、旧校舎を覆っていく。

「何かを後世に残したいという想い。自分の思い描くもの、自分がいいと思うもの、いつまでも変わることなく残し続けていくこと。 ヒトにしかできない究極の美、究極の愛のカタチ」

 すすりなく少女の声が、イサミだけに聞こえた。

「彼女たちは美しいでしょう?ただ綺麗なだけじゃない、この先もずっとこの姿のまま永遠に残りつづける、なんと愛しいことか」

 大事そうに絵画を抱えながら……
また新たな得物を見つけたイサミは不敵に微笑む。
 
「えの、えーっと、その、な、なんかすごいですね、その……そのぉー、情熱といううか、えと」

 若い女性局員は言葉に詰まる。
少し怯えているかもしれない、にもかかわらずイサミは話を続けて、

「キミの絵を描いてあげる、なにも遠慮することはない。ここも取り壊されることが決まった今、最後の作品として……」

「あ……」

 返事を聞く間もなく。イサミは女性の肩に手をかける。
 怪しいその目線に、女性はもう目を逸らすことができない。

「生きることなんてつまらないもの。美しいのはほんのひととき、あとは朽ちて崩れていく」

 イサミの皮をかぶった悪霊が、また、筆を握る……