幼児衣装で絵画封印
5.おむつのある絵画
いつのころからか、その絵画工房に『1枚の絵画』が飾られていた。
午後7時には閉店する昔ながらの雑貨屋と靴やの間――
道路に面したショーウインドウの中――
いつごろからあり、なぜそこにあるのか、だれがかいたのか、持ち主さえもわからない。
それは、丁寧な筆使いで描かれた、違和感のある幼稚園児の絵。
身体は大きいのに実在する私立ゆりかご幼稚園の制服を着ている少女(?)。顔立ちも垢抜けて、しかし赤ちゃんのような紙オムツが露わになっている。
率直に述べて、恥ずかしい絵。そして少しえっちぃ絵だった。
「……………」
ズレたまま被った深緑の通園帽から見えるのは、何かを訴えかけるような涙目と真っ赤な頬だった。
同じ色の通園服も少女(?)の美しい肌とともに写真と見間違うほど再現度は高く、胸に付いた名札や園章までしっかり描写され、黄色い通園鞄を華奢な肩にかけている。
翻ったスカートの下では、紙オムツのパリパリ感さえ、しっかり伝わってくる。また、オムツに描かれているのは、アニメ的な子ブタさんだった。
「……………」
絶対安全なショーウインドウの中にいて、絵は1年中朝も夜も関係なく、行きかう人々に見られ続ける。
オムツを履いた恥ずかしい幼稚園児として、今にもそこにお濡らしてしまいそうな姿のまま、永遠に恥辱に耐え続けなくてはならない。
それがイサミという人間に与えられた、罰、だった。
朝。
当然だが、絵は、開店前からショーウインドウの中に飾られている。
昼夜問わず、そこを通りかかる人であれば誰でも見ることができ、ずっとそこを動かない。動けない。オムツを替えてくれるものも、いない。
「…………」
暁の光が差し込んで、絵の中の紙オムツの輪郭が輝いて見える時間。
1日のはじまりに最初やって来るのはジョギング中の巨乳のお姉さん。次に、新聞配達のアルバイター。犬の散歩をしているどこかの家のお母さんがあくびをしながらやってきて、犬にマーキングをさせる。マナー違反だが、それを止めるものは誰もいない。
「…………」
その後サラリーマンや若い学生たちが多く行きかい、中にはその絵の紙オムツを見ながら育ったランドセルの小学生たちもいる。絵画工房の前は人が集まりやすく、絵の前で待ち合わせにしている人たちもいた。
みんな忙しそうに歩いている人たちばかりだが、絵の中の紙オムツに気が付くと、少しだけニヤっとする。
憐れみとも、蔑みとも、見える目線で、常に絵の中には人の視線が集まってくる
「…………」
そして同時に、絵の中の少女の頬もまた、かぁっと赤くなることに気づくものは少ない。
昼。
10時になると、絵画工房を経営する優しそうな老夫婦が店を開ける。
店内は古いものから新しいものまで、壁や床を油絵が覆い尽くし、昼の間でも少し薄暗い。
毎週金曜日には絵画教室なども開かれて、その際にはショーウインドウに飾られたその絵を直接指示棒で差しながら、絵の描き方などを懇切丁寧に説明し、辱める。
素人目にはわからないが、特におむつの質感がうまく描写できているのだということで念入りに……時には直接オムツに触れて撫でたりもする。
「…………」
そして午後になると、今度は『保育園の散歩』がやってくる。
20代の保育士が年端もいかない5〜6人の保育園児たちをミニバスこと――多人数用のベビーカートの中に入れて、絵画工房の前までやってくる。
ちょうどそこが折り返し地点になっていて、絵の中の幼稚園児に向かって、保育士と保育園児たちは笑って手を振ったりする。
悪口や、馬鹿にしたりする子はいない。
ただ、中にはオムツを“履いていないこと”を自慢するかのように、いわゆるお姉さんパンツを見せる保育園児たちもいて、
「…………」
オムツを履いた保育園児たちもまた、いずれ紙おむつが外れるというのに……
その絵の中の幼稚園児は、ずっと子ブタさんの紙オムツを履き続ける。
夕方から夜。
再び、絵画工房の前の道は活気に満ち溢れている。
絵の前で立ち止まって、じっくり鑑賞にふける男子高校生がいたかと思えば、それに対して「ヘンタイ」と毒づくその恋人がいる。
警官が数年前に失踪したとある男子高校生と、女子高生の情報を求めるポスターを差し替えて、また新たな若い女性が失踪したことを知らせるポスターを張り付ける。
きっとその彼女は今頃、こことは違うどこか穏やかなところで、ガイコツ顔の悪霊に可愛がられていることだろう。
そしてそれは、これからもずっと、同じような事件が続いていくだろう……
「…………」
日が沈む。
夜の帳が下り、辺りが暗くなる。
子供たちもまた一斉に家へと帰り始め、通りがかりに絵の中のおむつを見ている気がした。
周りの店は次々と店仕舞いをはじめ、絵画工房も例外ではなく、午後7時には店内の照明はおとされる。
「……」
完全な夜が、支配するとき。
しかし、夜中の間もライトアップされた絵だけが、そこに残る。
深夜。
草木が眠ろうとも、絵は眠らない。
たとえなにがあろうと、ずっとそこで起きたことを見続けて、心で感じ続けている。
「…………」
そこへ、ふらりと、どこからともなくやってきた浮浪者が一人。
「…………」
ショーウインドウの前に立ち、顔を寄せ、じっと絵の中の園児と目を合わせている。
(や、やめ……)
絵の中の幼稚園児は目を逸らすことはできない。
にちゃりと浮浪者が笑い、ズボンのチャックを下ろし、取り出した逸物をしごきだす。
(やめて、く、れ……)
絵の声が聞こえるわけもなく、浮浪者は徐々にペースをあげていく。
荒い息づかいがショーウインドウを曇らせ、淫猥な水音が木霊する。
(もう、いやだ……っ!)
直後に、熱い白濁液がショーウインドウに向かって降り注ぐ。
ウインドウ越しだが、顔を汚す。
浮浪者はその白化粧に満足して、自分が出したものをふき取ることもせず、その場を立ち去る。
(これでもう、何回目……?いや、何十回目……?)
誰にもそれはわからない。
助けてくれる人はいない。
誰もその子の本当の名前を知る者はいない。
どれだけ絵の中で悶えようとも、世界が終わるまで、それは続く。恥ずかしい、情けない、消えたい、みじめだ、それもまた永遠に繰り返される。
目の前にいた幼稚園児たちが大人になり、その子供たちがまた幼稚園になっていても、彼はずっと絵の中で、オムツを履いた幼稚園児のまま、生きていく。
心すら壊れることはなく、色あせることもない。
また、終わりのない朝日が昇る。