幼児衣装で絵画封印
ノーマルエンド
――走る。
「はあ、はあ、はあ……!」
幼馴染の手を引き、全速力で。
喉も心臓も張り裂けそうなほど痛い、だが走る。その手は絶対に放さないで。
「はあぁ、はぁ、はあぁ……!」
「はあ、はあ、はあ!」
幼馴染も必死の形相で走っていた。図工室を飛び出し、廃れた廊下を駆け抜け、かすかに見える街の光を 目指し、旧校舎から逃げる。
やがて、いつもの通いなれた橋にもどってきたとき、二人はようやくその足を止めた。
「はあ、はあ、はあ、こ、ここまで、く、くれば……っ?」
安心したのか、幼馴染はぐったり欄干にもたれかかり、イサミもまた彼女の傍でしゃがみ込んだ。
「あ゛〜〜〜〜っ、もう、無理、もう走れない」
と、幼馴染が天を仰ぐ。
「はあ、はあ……。はあ……!」
幼馴染よりも体力の低いイサミは、喉の妬ける痛みを引きずりつつ、首を縦に振ってなんとか答える。
汗だくの顔から大粒のものが滴り落ちると、なんとか顔を上げた。
「たぶん、もう、大丈夫だと、思う……はあ、はあ、はあ……」
「本当に?」
「あの子が、たすけて、くれたから……」
「あの子って?」
「はあ、はあ、はあ……」
ちょっと待って。
まだ酸素が足りなくて。
言葉には出さず手をかざして、イサミは少し息を整えた。
「逃げるとき、見えたから……絵の中の、あの、三つ編みの女の子……突然光って……それで……あの子が、悪霊を、自分の絵の中に引きずりこんでいったから……」
一度は悪霊を封じ込めたことがあるという、名前の知らない女の子。
イサミよりも強い力を持ち、今はもう絵の中に封印されえてしまった彼女だが、最後にイサミたちを助けるためにでてきてくれた。
感謝と、尊敬の気持ちを抱きつつも、生き残ったイサミは二度とこのような悲劇を繰り返さないためにも
「もう、こういうのは、これで最後にしてくれよ」
これでは、いくら命があっても足りない。
疲弊した顔ながら、だけどこれまでで最もはっきりとした口調でイサミは告げた。
「本当に、本当に、今回ばかりは、もうダメかと……ふ、二人とも、絵にされたかもしれないんだからね」
イサミは恐怖が蘇ってきて、体が震えた。涙も流れていた。
「……言われなくとも、わかっているよ」
イサミの言葉に、少しムっとした幼馴染の顔。だが頬はほのかに赤かった。
「さすがのわたしももう懲りたっていうか……これじゃあ、アンタに嫌われても仕方がないっというかその……」
「キ、キライになんてなるわけない」
涙を拭いながら、イサミは言った。
「……」
信じていなさそうな目をする幼馴染につい、
「本当だよ。むしろ、ずっとスキだったっていうか……あ?」
小さな声だったが、言ってしまった。
聞き逃してくれていないかという期待も虚しく、どう猛な目でこちらをロックオンする幼馴染の顔があった。
「なに、あんた、あたしのことスキなの?」
「え、あ、うん……まあ」
「ずっと前から?」
「子供のときから」
「……まじ?」
ウソつけなかった。
すると、幼馴染は先ほどよりもずっと機嫌の悪い顔をして、
「はぁぁぁあああああああああああああ」
これ以上に無いくらい大きなため息をついた。
「なんだよ、それだったらもっと早くいえよ、つーか、スキなら告白くらいしてこいよ、馬鹿」
「え? え?」
「こっちは脈ナシだと思って、あんたにス……になってもらいたくて、色々無茶したのに」
今度は幼馴染の方が項垂れてしまった。
それで、イサミは完全に理解した。
「え、なに、じゃあ、今まで散々危ないところにボクを連れまわしたり、自分から危ないことしてたりしていたのは……吊り橋効果的な?全部、ぼくの気を引くため、だった?」
「……」
返事の代わりに幼馴染が、イサミの二の腕をグーで何度も殴ってくる。痛くはないが、どっと疲れてしまった。
「……ちなみに、そっちの方から告白するっていう選択肢は?」
「そっちって、わたしから告白するってこと?」
「うん」
お互い顔を見合わせた。
そして、まだずっと二人ともお互いの手を握ったままであることに、気づいてしまう。
「それは、なんかヤだ。あんたって優しいじゃん。わたしが告白したらさ、その気がなくても付き合ってくれそうだから」
「い、いくらぼくだって、そういう風にして告白にOKしたりしないよ」
イサミはそう言って答えた。
「ほんとに?」
「うん」
つないだ手が力強く握り返してきた。
「ほんとにほんとなんだな?」
「うん」
カッコイイのに、怖がりな、幼馴染。
「じゃあ、その……」
ゆっくりと、彼女は言った。
「OKするから、わたしに、告白してきてください……」
「……」
その日から二人は付き合いだす。
同時に、心霊スポット巡りも欄干の上を歩くこともなくなったが……
代わりに、幼馴染がスモックとおむつのセットをもってイサミに会いに来るのは、そう遠くない未来のお話。