妖精がいる世界 1.少年と家畜





 この世界ではない、また別の世界のお話。
 ニッポンという国も、チキュウという言葉も、存在しない地図の上。
 そこではまだ機械と呼べるものも、電気もガスも何もなく、長い年月をかけて育った自然がありのままの形で残されていた。 人々は他の多くの動物たちと同じく、自然の恵みに感謝しながら生き、山を愛し、空を愛し、そして神様や精霊、先祖の魂の存在を信じて疑わなかった。
 やがて人々はより大きな豊かさを求めて街を形成し、石造りの都へと発展していくのだが、街と街をつなぐ交易路にはまだ、多くの馬車と舟船が行き交っていた。





 神々が住むと言われた山の麓、人里離れた奥地で少年は一人暮らしをしていた。
 ささやか牧場を持っている彼はとても朝が早く、まだ薄暗い時から勤勉に働き、飼育している動物たちにも敬意を払い、夜は星の煌めきを数えながら床についた。 そこに娯楽というものはないが、贅沢も強欲もない、慎ましい人生があった。
 少年は幼き頃より人との関わりが少なかったせいか、いつも表情が乏しかったが、都会の人間たちにはない純真さと直向きさを秘めている。
 風になびく深緑色の髪、常に凛とした輝きを放つクールな瞳。
 ―― まるで人形のように精緻な顔を持つ少年、ハル。
 陶磁器を思わせるすべらかな頬に紅色をした唇は、厳しい自然によって育まれたものであり、いまだ完成形には至らない原石。 雨の日も風の日も、小さな体を精一杯動かしながら働く彼は、それなりに幸せを感じて謳歌していた。
 ある晴れた日、一台の荷馬車が彼の牧場近くに停車していた。
 ハルが荷馬車の様子を伺うと、この土地の病に倒れていた二人の若い少女が、助けを求めて呻いていた。 彼は迷うことなく自宅の母屋に連れ込み・・・・・・ 真夜中になった今でも、二人の看病に追われているのだった。

「はぁはぁはぁ、く、苦しい・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・」

「・・・・・・。 薬は、先ほど処方しました。 もう少し、頑張ってください」

「はあ、はあ、はあ・・・・・・ あぁぁぁ」

 高熱に意識を朦朧とさせる少女たちに、普段は物静かなハルも、できうる限り声をかけ続けていた。
 繰り返し水枕やタオルを取り換えて、そのたびに外にある古井戸から水を汲み上げてくる。 年季の入った井戸の滑車は赤サビがついているため、それだけでもかなりの重労働だった。

「ぜぇ、ぜぇ・・・・・・ み、みずぅ・・・・・・ おみずぅを、くだ、さい」

「こ、こっちも・・・・・・ はぁはぁ・・・・・・ は、はやくぅ・・・・・・」

「わかりましたから、落ち着いてください。 ほら、ちゃんと毛布をかぶって、身体を冷やさないようにして」

 水差しを使ってハル自らの手で、病人たちの口に水を運ぶ。
 大量の汗をかく彼女たちの身体を清めてあげることも、申し訳ないことだが必要なことだった。
 そうしてハルが苦労して汲み上げてきた冷たい水もあっという間になくなり、ハルは病人たちと井戸、それから台所の間を忙しく移動していた。

「あ゛あ゛ぁっ、くるしぃ・・・・・・ ア、アタシ・・・・・・ このまま、死ぬのかな?」

 うっすらと目を開けた少女が、ハルの手を握り締めながら尋ねた。

「馬鹿なことを言わないでください。 しゃべる元気があるのなら、少しでもご飯を食べて」

 ―― しっかり栄養を取らないと。 ハルは彼女たちを励まし続けた。
 そうして看病の合間に作った山粥をスプーンですくいとり、「ふぅー、ふぅー」と火傷しないように冷ましてから、ゆっくり少女たちの口へと運んだ。

「お粥です。 口、開けてください」

「はぁ、はぁ、あぁあ」

 スプーンを突っ込むのではなく、なるべく粥を舌の上に乗せるようなイメージで、優しくハルは少女たちにご飯を食べさせていた。
 弱々しく動く唇と、そこに垂れたお粥が、少しの色っぽさを湛えている。

「しっかり、飲み込みこんでください・・・・・・ 頑張って」

「んぐ・・・・・・んんっ・・・・・・ ん、ぶほぉ!?」

「―――っ!?」

 むせて飛び出した吐瀉物が、ベッドや、ハルの顔を汚す。
 辛い作業ではあったが、ハルは表情を変えずに病人の背中をさすってあげた。

「大丈夫ですか? これ、お水です。 飲んでください・・・・・・ 落ち着いて、ゆっくり」

「ふあ、あ、あ・・・・・・ ありが、と、う」

「どういたしまして」

 ハルは献身的に看病を試みたが、病人は二人いて、一人が良くなると急にもう片方が苦しみ始めることが多い。 それが繰り返し行われていたために、夜を徹して看病をすることになる。

「すぅすぅ、すぅ・・・・・・」

「すぴぃー、ふぅー、すぴぃー」

「・・・・・・」

 すっかり夜が明け、二度目の朝日が昇るころ。 ようやく二人とも健やかな寝息をたてて、落ち着きだした。
 疲労困憊のハルはウサギのように目を赤くし、井戸の滑車を引きすぎたせいか、両腕はパンパンに膨らんで、空っぽのお腹からキューと可愛らしい声が鳴っていた。





 嵐のような一日が過ぎた後、少しずつ快方に向かっていく少女たち。
 しっかりと睡眠と水分をとり、身体を清潔に保ち、安静にしていれば病は三日で完治する。
 やがて、最初はトイレすら満足にいけずフラフラだった身体も、今では元気にご飯を「おかわり」と言えるだけのセイがつき、同時に女性特有のきめ細やかな肌を取り戻しつつあった。

「二人とも。 顔色がだいぶ良くなりましたね。 熱も治まりましたし、もう心配ないでしょう」

 まだ疲れが見えるハルではあったが、安堵の息を漏らした。 その瞬間、少女たちの可憐な笑い声が上がった。

「いやぁー、よかったよかった。 ほんと、今回ばかりはもうダメだと思ったよ。 アンタがいてくれて、本当に助かったぜ、ハルさん」

「わたしからもお礼を言わせてください。 ありがとうございました。 あなたは命の恩人です、ハルさん」

 サバサバとしたショートカットの少女は、チトセ。
 おっとりとした黒髪ロングの少女は、メグルと名乗った。
 二人とも男のハルよりもずっと背が高く、抜群にスタイルも良くて、カッコイイ女性だった。 彼女たちは街から街へ荷物を運んでいる途中であり、彼女たちが乗ってきた荷馬車は今、ハルの牧場の前にあることを教えてあげた。

「それでは、明日にはもう?」

「ええ、道中急いでいまして、なにかお礼になるようなものがあればいいんですけど」

 明日には牧場を出ると言い出した二人。 メグルはチトセと顔を見合い、ひどく困ったような表情を浮かべていた。 おそらくハルが、治療費と宿泊費を請求すると思っているのだろう。

「いりませんよ、お礼だなんて」

「えっ、でも」

「お礼が欲しくて助けたわけではありません。 お気になさらず」

 念を押すハルに、チトセは快活に微笑んだ。

「わぁーお、イカすねアンタ、将来いい女になるよ」

 3秒ほど、ハルは固まる。

「・・・・・・ 僕は男なんですが? それに、もう成人もしています」

「え!? あっ、あー、なははっ。 可愛い顔しているから、アタシてってきり・・・・・・ いや、アンタはナイスガイだよ、ハルさん」

「もう、チトセったら」

 調子のいいチトセのおかげか、張りつめていた空気が柔らかくなったような気がする。
 チトセは豪快に口を開けて笑い、メグルは控えめで、ハルは笑いこそしなかったが、その表情は優しかった。

「それよりも、街についたら念のため、もう一度医者に診てもらうようにしてください」

「はい、必ず」

「・・・・・・ じゃあ、僕はこれで」

 ハルはそのまま部屋を出ようとしたのだが、彼の服の裾を誰かが引く。 振り返るとそこには、甘えるような眼差しを送るメグルがいて、ハルは胸に温かい響きを感じていた。

「あの、ちょっといいですか?」

「なんでしょう?」

「えっと・・・・・・」

 メグルははにかみながら両腕を寄せると、豊満なバストがむにぃっと前に押し出され、ハルは目のやり場に困った。
 彼女は蠱惑的な何かを植え付けながら、ぎこちないファイティングポーズを構える。

「牧場のお仕事、なにかお手伝いできることはありませんか? 心ばかりのお礼というか、感謝の気持ちというかなんというか・・・・・・ わたし、やりたいんです」

「―― はーい、アタシもアタシも。 抜け駆けなんてずるいぞ、メグル」

 ハルは困っていた。 気持ちは嬉しいが、二人とも突然すぎる。
 メグルだけでなくチトセまで急にハルとの距離を詰めてきて、彼を男として意識していないのか、それとも子ども扱いしているのか、積極的にアピールしてくるのでハルは逡巡した後・・・・・・ 折れた。
 きっとメグルはともかく、チトセはダメだと言っても必ずやろうとするだろう。 そんな確信があったので、

「わかりました、そういうことでしたらお願いします。 仕事は・・・・・・ 家畜たちへのエサやりと、木檻をつくりたいので、二人別れて手伝ってもらえませんか?」

「木檻?」

「ええ、うちで飼っているブタやニワトリ―― 家畜を街に運ぶのに使うんです。 先日壊れてしまって、新しいものは今作っているなんですが、遅れています」

 基本的に自給自足で生活するハルだが、家畜たちは街で買い物をするための貴重な財産だった。 この三日間で急に食い口が増えてしまったハルの家計は―― 特にチトセは人の3倍は食べる大食らいのため、予定の1か月前倒しで売りに出すことを決めたのだった。

「よし、そういう大工仕事ならアタシに任せろ。 なにせ、アタシの親父は船大工だからな。 簡単な檻なら昼メシ前だよ」

「・・・・・・ 助かります」

 鼻の頭をこすりながら、自慢げに胸を張るチトセ。 彼女もまたメグルに負けず劣らずのワガママボディで、ハルはさっと朱に染まる頬を背けた。

「じゃあ、わたしは家畜のエサやりをするわ」

 メグルが勇ましく手を上げた。

「構いませんが、メグルさん。 家畜小屋は匂いとか結構きついものがありますが、大丈夫ですか? 服だって、汚れてしまいますよ?」

 ハルは少しだけ心配になって確認したのだが、

「ああ、そんなの平気平気。 うちら、家畜の扱いには馴れているからな。 なあ、メグル?」

「はい、任せてください」

 想像以上にずっと、自信をみなぎらせる二人。
 メグルの美しい手は、とても家畜を扱ったことのあるものには見えなかったのだが、

「・・・・・・」

 ずっとニヤニヤと微笑む二人を見て、ハルは奇妙な違和感を覚えるのだった。





 四方上下を囲む木製の柵。
 ―― 家畜を入れるための小さな檻をつくる。
 ハル一人では難航していたその工作作業は、意外な才能を発揮するチトセの協力によって、より頑丈なモノとなり、早くも完成形に近づきつつあった。

「―― ハルさん、アンタ、海は見たことがあるのかい?」

 作業中、漠然とした質問に、ハルは首を振って答えた。

「いいえ。 でも、大きな湖みたいなものだと伺ったことがあります」

「あはっ、湖なんてもんじゃないよ。 海は、海はいいぜ、波があるだろ、クラゲがいるだろ、潮風が気持ち良くて、それに舐めるとすごく塩っ辛いんだ」

「・・・・・・?」

 チトセの説明が悪いわけではなく、牧場での暮らしが長いハルにとって、言葉だけの情報では意味不明。 一度も見たことがない海を想像することは、全くできなかった。

「ハルさんにも一度、見てもらいたかったな。 海を・・・・・・」

 チトセは、ずっとその話を、有名なお伽噺のように読み聞かせるのだった。

「アタシとメグルが生まれ育った故郷はさ、夜景が綺麗な港町で、家から一歩外に飛び出すとさ、すぐ目の前には大海原が広がっていて、水平線の彼方から父さんが作った船が一斉に帆を張ってこっちに向かってくるんだよ。 すっごい迫力があって、荒くれ男たちの雄叫びと、カモメたちの声が、浜で見守るアタシたちをいつも勇気づけてくれるんだ。 知っているかい? 海の男たちはみんな歌がうまいんだぜ、Wow wow wow・・・・・・、Wow wow・・・・・・、. Wow wow wow・・・・・・、Whoooo――」.

 基本的にハルが木材を運び、釘をくわえたチトセがトンカチと饒舌さを奮う。
 作業スキルの差だけでなく、単純にチトセの方が背が高く効率的で、その代わりに扉の鍵などは、しっかりとハルの用心深さが反映されていた。

「あと、この季節になるとさぁ、ハルさん。 街の繁栄を祈願した大きな祭りがあってね。 毎年、色々な国からたくさんの人たちが集まって、美味しいものを食べたり、珍しい宝物を見せ合ったり、朝から晩まで一晩中踊り明かしたりしてさ・・・・・・ 一晩中なんだぜ? ねえ、聞いていますか、ハルさん?」

 ハルは、チトセの話の全てを聞くことはできないでいたが、その楽しげな雰囲気だけは十分に理解していた。 言葉を発しなかったが、決して嫌な気分でもなかった。

「ええ、聞いていますよ・・・・・・ 海に、歌に、それから立派なお祭りがあるんですね」

「そうなんですよ、そうなんです。 うちの母さんなんてその日になると決まって山盛りのチョコレートケーキを焼いてくれてね。 メグルと一緒にお腹いっぱい食べたら、次の日、新品のドレスがビリッと・・・・・・ あっ、ノコギリかして、へいパース」

「・・・・・・ はい」

 これだけ長話をしているというのに、ハイテンションガールは息切らすことなく、ますます作業のピッチが上がっている。 そのことには大いに感謝したいハルではあったが、時折ドヤとした顔をこちらに見てくるので、なかなか憎い性格をしている。

「メグルさんの両親も」

「ん?」

「メグルさんのご両親も、やっぱり船乗りだったんですか?」

 ふと、ハルはノコギリを渡すついでに思ったことを口にしてみる。 するとチトセは、にしし、と白い歯を零していた。

「実はそうじゃないんだなぁ、これが。 アイツの家は交易商をやっていてさ・・・・・・ メグルは、次期社長ってやつ。 だからこの仕事も、アタシとメグルって正確には従業員と雇い主って関係になるんだよ」

 ふーん、としかハルは返せない。
 二人の間に上下関係のようなものはまるで見えないが、あれでいてメグルは厳しいところはすごく厳しいのだと、こっそり教えてくれた。
 チトセとは第一印象こそ、口達者でいい加減な人だと評していたが、仕事に対する姿勢は真面目であり、信頼することができた。 きっと、ハルに“弟”がいるとすればこんな感じなのだろうと、勝手な想像までして・・・・・・

「そういや、ハルさんってさ」

「はい、何でしょう」

 チトセは、大工作業を続けながらまた、声をかける。今度は郷土話ではなく、個人的な質問だった。

「ハルさんは、このまま牧場の跡を継ぐんだろ? というか、もう継いでいるようなものだし、他に家族とかいないの?」

「家族はいません。 僕は、捨て子だったから」

 ハルは、一切躊躇することなく打ち明ける。
 別段生活に苦労はしていても、親がいないことを不幸だと思ったことは一度もなかったからだ。

「それでも家族はいるだろう?」

「いいえ、僕を拾ってくれたお爺さんも、随分前に亡くなってしまったので、身寄りもありません」

「じゃあ、天涯孤独ってやつか?」

 手を止め、檻の上から、チトセがハルの顔を覗き込んでくる。

「はい」

「すげぇ、まだ若いのに・・・・・・ 凄いじゃん」

 人によってはすぐに可哀そうだとか、同情するものが多い中、チトセはそうではなかった。
 嬉しい、というには言葉を送るにはまだ早すぎるが、嫌いなタイプではない。

「チトセさんだって、若いのに立派に働いているじゃないですか。 あんな大きな荷馬車を動かして、さぞ苦労されているでしょうに」

 視線の先に、メグルたちの屋根付きの荷台があった。 傍から見ても豪奢なつくりだ。
 ハルは、荷台の中の様子まで見たことはないが、人々が幸せになるモノがたくさん入っているに違いない

「うん? まあ、そうなんだけどさ・・・・・・ 変な話、アタシたちはハルさんと違って、仕事のために生きているもんだからな」

 チトセは、虎のように目を輝かせて、可憐にウインクを決めた。

「だからどんな些細な仕事だって手を抜いちゃいけないし、そりゃあ辛いこともあるけどさ、楽しいこともあるし、なによりやめられないんだよ、この仕事・・・・・・ でも、運がいいことに、アタシやメグルは、こういう生き方が性に合うみたいだね」

「そうですか」

 ハルは、とうとうその言葉の意味を理解することはできなかったが、チトセなりの強いプライドを感じていた。
 どんなものでも完璧に仕上げるということ。
 それを完全な状態で送り主に届けるということ。
 彼女とハルが作り上げた木製の檻は、まるで目には見えない架空の魔物を閉じ込めているかのように、重厚かつ儀式的な雰囲気を醸し出して、四方上下を完全に取り囲んでいた。

「よし、これで完成。 どうだい、立派な檻だろう?」

「ええ、これは想像以上の出来です」

「そうだろ、そうだろうさ」

 芸術的なまでに組み上げられた格子状の角材を確かめながら、最後にガコンと鍵を締めてみて、二人したその強固なつくりに満足する。

「ありがとうございます、おかげで本当に助かりました」

 ハルが一礼してからお礼を述べると、チトセはくすぐったそうに身体をくねらせた。

「へへっ。 や、やめてくれよ、本当にこんなこと大したことないんだから」

「それでも、こんな立派なもの、僕一人だけでは作れなかった・・・・・・」

 売り飛ばされる家畜たちもきっと喜んでくれるでしょう、とはなかなか言えないが、それでもこれなら輸送中、変なガタツキや揺れで、家畜たちが騒ぎ出すこともないだろう。
 見た目も立派だし、なにより自分が汗を流して作ったものだから、家畜たちとの最後の別れには十分な代物だと、ハルは思った。

「ハルさん、木檻を使うのはいつなんだい?」

「来週。 サクラの花が咲くころ、を予定しています」

「そっか、売れるといいな」

「ええ」

 生きるために仕事をするハルは、仕事をやり終えたことに満足して、しばらくはご機嫌な気持ちを維持していた。





 からん、ころん。

 カウベルの音が、いつもより楽しげに聞こえてきた。
 ハルはほどなくして母屋の隣―― 家畜小屋を訪れたとき、歌を口ずさみながらエサをまく、メグルの姿を目にしていた。

「おーよしよしよし、みんな育ちざかりのいい子ねぇ。 たくさん食べて、早く大きくなるのよぉ。 ほーら、慌てないで♪」

 家畜のブタやニワトリは、お世辞にも可愛らしい生き物ではない。 身体は汚らしく、常に糞尿の臭いに覆われているのだが、メグルは窮することなく直に触れて、まるで自分の子供を甘やかせるように見守っていた。

「あら、あなたは他の子と違って食べ方が上品なのね、素敵。 あなたはすごくチャーミングな目をしている・・・・・・ クスクス、さっきからスカートの中にもぐろうとするのは、どこの悪戯っ子かなぁ♪」

 ハルのブタたちは競い合うようにメグルの元に集まり、エサと共にペロペロとその手を舐めると、彼女はまたくすぐったそうに笑みを返していた。

「んも〜、みんな元気すぎ。 ・・・・・・ そういえば、ハルさんにあなたたちの名前を聞いてなかったわね」

 自分の名前を呼ばれ、ハルはようやく一歩、メグルの世界に足を踏み入れた。

「・・・・・・ 名前はないですよ」

「あ、ハルさん、きゃあっ!?」

 突然立ち上がってメグルの頬を舐めまわした不埒なブタ。 ハルがその子を追い払うと、そのままエサの入った麻袋をメグルから返してもらう。
 エサを与えるのが優しくて胸の大きな美少女から、いつものハルに変わったが、それでも家畜たちの勢いは変わらない。
 花より団子、家畜はそういうものだとハルは昔から知っていた。

「助かりました、ハルさん」

「いや、それはこっちの台詞ですよ」

 思いの外下手でなくて、なによりイヤな顔一つせずに家畜たちのお世話をするメグルに、ハルは素直に感心していた。
 肩にかけていた自分の汗拭きタオルではなく、懐に入れておいた真っ白なハンカチを差し出すと、彼女は丁寧にお礼を言ってからブタに汚された顔を拭いていた。

「あの、ハルさん、この子たちの名前がないって、どういう意味なんですか?」

「うん?」

「さっき、そう言ったでしょう?」

 眉根を寄せるメグルに、ハルは無頓着に答えた。

「そのままの意味ですよ。 ここの家畜たちには名前なんてありません、僕一人しかいないし、どうしても必要なときは、身体の大きなやつから一号、二号、三号と・・・・・・」

「そんなのただの番号じゃないですか」

 悲しげに気を落とすメグル。
 しかし、家畜たちは自分たちのことで心を痛めている彼女を無視して、旺盛な食欲を満たすことに夢中だった。
 ハルはそれらを見下ろしながら、無難に仕事をし、メグルの話にも耳を傾けていた。

「可哀そうですよ。 もっと他に、イチローとか、ジローとか、ヨサクとか、愛情をこめて接してあげてください」

 ハルは、ヨサクというのが愛情をこめて使う名前には思えなかったが、野暮なことは言わないでおく。
 すると、メグルは汚れることも気にせずに、一匹の仔豚を持ち上げて――

「この子たちのこと、可愛くないんですか?」

 ―― 仔ブタに顔を寄せて訪ねてきた。

「・・・・・・。 毎日世話をしているわけだから、愛着はありますよ。 でも、あまり過剰な可愛がりはしないようにしています」

「どうしてですか?」

「別れるとき辛くなるから」

 家畜を飼ったことのないものには、この気持ちは理解できないだろう。
 どれだけ一生懸命お世話しても、家族同然に接しても、別れは必ずやってくる。
 ある日突然生まれ育った牧場を離れ、街の市場で、売り飛ばされる家畜たち。 荷馬車に乗せられたブタたちが、何も知らないままエサをねだって鳴いている姿は、健気にも、憐れにも、映った。
 そんな人間のエゴを、ハルは、これまで何十回と経験してきたのだった。

「ここにいる奴らだって、いずれは売りに出さないといけないんですよ。 急に二人分、食い口が増えてしまったせいでね・・・・・・」

「ハルさん・・・・・・」

 別にメグルとチトセを責めているつもりはなかったのだが、思わず嫌味なことを言ってしまったことを、ハルはすぐに後悔した。

「すいません、今のは利己的な的な考えでした。 一般論として、家畜を可愛がることは自体、別に悪いことではないと思います」

「いえ、わたしの方こそ、何も知らないで勝手なこと言ってごめんなさい」

「いや、ですから、メグルさんは悪くないです」

「いえいえ、それを言うならハルさんだって」

「いやいやいや」

「いえいえいえ」

 重くなりかけた空気を、互いに頭を下げてやわらげると、少しだけ軽く笑い合った。
 するとメグルは意外な言葉を口にして、拝むように手を合わせた。

「ハルさんは、優しいんですね」

「優しい? 僕が?」

「はい」

 自覚のなかったハルは、突然の指摘に困惑している。 少女のようなあどけない表情を浮かべてメグルを見ていた。 もうすでに空になっているエサの袋にも気が付かぬまま、ぽーっと頬を赤らめる。

「優しいですよ、ハルさん。 ちょっと不器用なところはありますが、真剣にこの子たちのことを考えている。 きっと、言葉にしなくても、ハルさんの気持ちは、ちゃんと伝わっていると思いますよ」

「・・・・・・ っ、っっ」

 それは家畜のことだけでなく、ハルの、メグルたちに対する接し方にも通じている。
 メグルは、本当の優しいハルを知っていて・・・・・・ ハルは、本当の優しい自分を、メグルが知っていることに気づき、途端に気恥ずかしくなった。
 ハルは、そのまましばらくデクのように固まっていたが、やがて思い出したかのように口を開いた。

「そういえば・・・・・・」

「え?」

「そういえば、昔、僕も一度だけブタに名前を付けたことがあります」

 なぜ、それを今思い出したのか。
 なぜ、メグルに話したのか。
 ハルにはわからない。 けれど、記憶のピースをかき集めながら、ゆっくりと、幼いころの自分に想いを馳せた。

「まだ先代のお爺ちゃんが生きていたとき・・・・・・ 確か、僕がはじめて・・・・・・ イチから一人で育てたブタで、一際こう、小さくて・・・・・・ いつも兄妹たちにエサを横取りされて・・・・・・ 名前は・・・・・・名前・・・・・・、うーん、思い出せません」

 一緒にベッドで寝たり、お風呂に入ったり、友達や兄妹がいない代わりに、あんなにもたくさん可愛がったというのに・・・・・・ そして、別れの時にはワンワンと泣き喚いて、三日も食事が喉を通らなかったというのに、その子の名前が、あと一歩の所で出てこなかった。

「落ち着いてください、ハルさん。 いいですか、こういうときはですね、深呼吸して・・・・・・なにかヒントになるものから思い出しましょう」

「ヒント、か」

 難しい。 ヒントになるかどうかはわからないが、ハルは家畜小屋の中を見渡す。 自分とブタたちの行動範囲は限られていて、なにか心にひっかかるものがあるとすれば、ここが一番怪しかった。
 そして意味もなく、メグルもハルと一緒になって唸って数分後。
 彼女がずっと抱いていた仔ブタもブヒブヒと嘶き、心地よいカウベルの音を鳴らした。

「そうだ、思い出した・・・・・・ 確かカウベルに。 カウベルのベルトに、名前を入れたような気がします」

 ハルは静かに思い出を語る。

「ホントですか?」

「ええ、間違いありません」

 平和で退屈だったハルの人生に、刺激的な化学反応が加わる。
 さっそくメグルは仔ブタを下ろし、先にベルトの裏を見て、それをハルにのぞかれないように注意しながら、むふふっと笑った。

「どうでしたか、メグルさん?」

「うん、ありましたよ、とっても素敵な名前だと思います」

 しかし、ハルが覗き込もうとすると、メグルはカウベルとともに仔ブタを背中に隠してしまう。

「でもせっかくですし、明日の朝まで、秘密にしておきましょうよ」

「どうして? 何の意味があるんですか?」

 ハルは訝しげに目を細める。

「やっぱり、自力で思い出してほしいなって思ったんですよ。 ハルさんに育てられた、その子のためにもね」

 メグルは優雅に笑って、ひらりとスカートを翻す。
 ハルはまだ物言いたげな顔をしていたが、上機嫌に口ずさむメグルの鼻歌が、すべてを曖昧にしてしまう。 家畜小屋の中が、まるでメルヘンチックなお城に変わった。
 いったい自分はどんな素敵な名前をブタに送ったのだろうかと、考えているうちに、時間は瞬く間に流れて行った。





 日暮れ前。
 この地に住む野生動物たちの警戒心は強く、長年住んでいるハルですらとらえることは難しかった。
 だというのに、それを楽勝にとってきたチトセは、ご機嫌な口調で彼に話した。

「よお、ハルさん。 見てくれよ、今日のご飯をとってきたぜ」

「子ウサギじゃないですか、珍しい。 どうやって仕留めたんですか?」

「へへ、秘密秘密」

 ―― そして夜が訪れ、夕食時。
 是非に、というものだからメグルたちに食事のことを任せると、椅子と食卓以外はすべて彼女たちの調度品に変わる。 純白のテーブルクロスの上に、次々と都での料理が並ぶ。 銀のナイフと銀のフォークをその脇に置くと、山の神々と大地の恵みに感謝しながら手を合わせ、ハルたちはそれを食した。

「んっ、美味しい・・・・・・」

 食べなれた固いパンではなく、ふんわりとした白パン。
 美味しいスープと、ウサギ肉のさわやかな味。
 ハルは労いの意味も込めて、普段は飲むことのないブドウ酒を振る舞うと、ささやかな宴は夜遅くまで続いていた。

「そろそろお開きにしないと、明日もまた早いですし」

 賑やかな食事を堪能し、ハルが顔を赤らめたまま席を立とうとしたとき、メグルたちは少し名残惜しそうに彼を見つめていた。

「ハルさん、食器を洗いたいんですけど、洗剤を馬車の中に忘れてきてしまったので、ちょっと付き合ってもらませんか?」

「いいですよ、後片付けなら明日僕がやりますし――」

 しかし、言い終わる前にそっとメグルの指先がハルの唇を塞いだ。

「ダメです。 食事のことは全部任せてくれるっていいましたよね? わたし、ちゃあんと覚えていますよ?」

「へへっ、諦めなよハルさん。 こうなったらメグル、梃子でも動かないんだから」

 メグルもチトセも少し酔いが回ってきているようで、ハルもまた気持ちが大らかになっていた。

「わかりました、行きましょう」

 そういって、ハルを先頭にして三人で母屋を出る。
 ランタンがいらないくらい、星の綺麗な夜だった。
 夜も遅いせいか家畜たちも寝静まっていて、そよ風の音色と、森のざわめきと、ハルたちの足音以外は何も聞こえない。 ひんやりとした空気が火照った肌には心地よく、地面が弾むように足取りが軽かった。 けれども意識だけは常に明瞭で、遠く離れた山の上に輝く三等星まではっきり見ることができた。

「先に中を見てもらってもいいですか? ランタンはチトセが持ちますから」

「うん・・・・・・」

 5分ほど歩き、メグルたちが乗ってきた荷台の背中が見えてくる。
 昼間の内は出入り口が閉ざされていたが、今はぽっかりと口が開いており、ハルは言われるがまま先にそこへ入った。

「フフフ・・・・・・」

 ハルは、急にメグルたちが足を止めたことには気づかない。 預けたはずのランタンが消え、荷台の中が深淵に近づくと、ハルは闇の中で立ち尽くした。 そして不意に背中を突き飛ばされ、なにか固いものに頭をぶつけた。

「えっ・・・・・・?」

 それは小さな木の檻だった―― 昼間、ハルが家畜を入れるために作った檻。
 ガコン、という音ともにハルは完全に閉じ込められていた。

「あぁ・・・・・・!?」
 
 再びランタンの光があたりを明るく照らす。 暗闇の中から浮かび上がってきたのは、表情を変えた二人の悪魔に他ならない。
 厳かに、彼女は、言った。

「今晩、あなたをさらいます・・・・・・」

 笑みもなく、憐みもなく、淡々と告げるメグル。

「・・・・・・。 あなたたちは、何者ですか?」

「わりと冷静なんだな、ハルさん」

 勝気なチトセは、猛々しく眦を釣りあげた。

「アタシたちは、街から街に、人が欲しがるモノを運ぶ運送屋。 そして世の中には、ハルさん、アンタみたいな人間を欲しがるお客もいる」

「人身売買・・・・・・ メグルさんも、チトセさんも、奴隷商人だったんですか・・・・・・」

「いいえ、そんな上質なものでもありません。 ただの薄汚い人さらいです。 ・・・・・・ ハルさん、覚悟を決めてください」

「・・・・・・」

 状況は考えられる限り最悪だった。
 しかし、ハルはとても冷静で、恐怖で竦みあがることなくちゃんと頭も機能している。
 諦めたフリして顔を伏せ、ため息をつきながら、しっかりと二人のスキを狙っているのだった。

「助けてくれたことには深く感謝します。 ごめんなさい、なんて都合のいいことはいいません」

「アタシはアンタを可哀そうだなんてこれっぽっちも思っていないからな。 昼間も言っただろう、アタシはこの仕事のために生きている。 一等級の商品を目の前にして、黙って見過ごすことなんてできない」

「けれども、貴方たちが最低であることには変わらない――」

 ハルは閃き、懐に忍ばせておいたナイフを投げつけようとした。
 だが、それよりもチトセが迅い――

「ううっ!?」

 小さな針が、ハルの首筋にささる。
 吹き矢による麻痺毒だった。
 ハルは子ウサギと同じく仕留められ、身体から力が抜けていく。 膝が折れ、立っていられない。 なんとか抗おうとして頑張ったが、やがてゆっくりと痺れは全身にまわり、手足がしびれ、肘を突き、そして倒れ込んだ。

「アタシたちは大事な商品を傷つけたくはないんだ」

「ん、ん、んんむぅ・・・・・・」

「最高の家畜に仕上げてあげる。 ハルさんが、メスとして、高く買ってもらえるようにね」

「く、くるな・・・・・・ く、る、なぁ・・・・・・」

 キィっと音を立てて、檻の扉が開かれる。 中に入ってきたメグルとチトセは、動けないハルを見下したまま冷徹な表情を浮かべている。
 きっと、ハルも、そんな顔して家畜たちを馬車に乗せていたのだろう。
 後悔と、懺悔と、怒りと、不安が、今、はっきりとした形でハルに襲い掛かってきた。

「うあ、あ、あぁぁ・・・・・・ ぼ、ぼくはいったい・・・・・・ どうなる・・・・・・ んだ?」

「それはあなたが一番良く知っていることじゃないんですか・・・・・・?」

「ちゃんと可愛がってあげるよ、ハルさん」

 冷たい嘲笑を浴びせられながら、哀しそうに眉を下げるハル。
 彼は最後の力を振り絞ってメグルの足を掴んだが、股間を容赦なく蹴り上げられ、その瞬間、ハルという牧場主の少年は、メグルたちの視界から消え去った。 彼が人間として最期に見たのは、彼女らの優しい微笑み――





 からん、ころん、からん。

(ん・・・・・・?)

 からん。

 懐かしい音色を聞き、ハルは目を覚ました。

(うううっ、な、なにが、あったんだ・・・・・・?)

 からん、ころん。

 まだ記憶が定かではないハルは身を起こし、ゆっくりと己の状態を確認する。

(こ、『声』が、だせない・・・・・・ なぜ? 『足』も、まさか!? た、立てない? ・・・・・・ ああ、な、なんだこれ!?)

 徐々に頭からまどろみが抜けて行くにつれて、残酷な現実が露わになる。
 ハルは馬車に乗せられていた。 それも人攫いたちの馬車、家畜たちを入れるはずの木檻に閉じ込められている。
 そして、裸よりも恥ずかしい格好にさせられていたことにも気づく。

(う、うわぁああ、な、なんて破廉恥な・・・・・・ っ!?)

 見たこともない服だった。
 昨晩までハルが着ていた衣服は全て剥ぎ取られて、白い裸体を、黒のレース下着が卑猥に彩っている。 それはヒモのようにさえ見えるスケスケのランジェリーで、乳首や局部の大事な部分がむき出し。 羞恥心で熱さを覚えていく肌は、艶やかな輝きとともにメスとしての商品価値を高めていく。

 からんころん。

 そして、ハルの首元には今まで自分が家畜のブタにつけていた、あのカウベルのベルトがつけられていて、これが夢ではないことを証明するように音が鳴っていた。

(た、たすけをよばないと、とにかくここから出て・・・・・・ 出ないと、ぼくは、ほんとうに・・・・・・)

 家畜にされてしまう。 売り飛ばされてしまう。 自分よりも年下であろう少女たちに。 想像だってしたくないが、もはや避けられぬ現実であることを彼は信じようといない。
 同時に、見慣れた建物の見慣れない景色が目に飛び込んできた
 ―― 自分が生まれ育った牧場が、視界から遠ざかっていく。

(あ、あ、あああ、あああああああ・・・・・・)

 ハルは這いつくばって移動し、檻の格子に手をかけた。
 揺れる車内、もうすでに人攫いの馬車はハルを乗せて出発しており、彼方にある自分の故郷はもう間もなく見えなくなってしまう。
 ハルは焦燥したが、打開策などなにもない。
 人形のような両脚は、『腱』を切られていてもう立ち上がることすらできない。
 清涼だった声は、『喉』を焼かれて言葉にならなかった。

「――――――っっっ! ―――、―――!」

 後悔してももう何もかもが遅かった。
 ハルは力を振り絞って我武者羅に拳を奮う。
 しかし、いくら叩いても立派につくられた檻はビクともせず、それが無駄な足掻きであることをハル自身が一番よくわかっていた。

(な、なんで、ヒドイことを・・・・・・ よくも、こんな、こんな・・・・・・)

 諦めて、ハルの目から涙がこぼれた。 視界が滲み、それがまた最後となる故郷の姿をぼやかしてしまう。

 からん、ころん、からん。

 哀しい。 寂しい。 怖い・・・・・・
 心の拠り所を喪失し、胸が張り裂けてしまいそうだった。

(いやだ、こんなお別れなんて・・・・・・ 絶対に、いやだ・・・・・・)

 皮肉にも、ハルは家畜たちの気持ちがわかったような気がした。
 走馬灯のように蘇る想い出は、自分を育ててくれた故人のことではなく、一緒に暮らしてきたブタや、ニワトリたちのことばかり。 それも例によって楽しい思い出ばかりで、もう二度と戻れないと知ると、家畜たちの鳴き声が聞こえたような気がした。
 牧場に残された彼らはいったいこれからどうなるのだろうか?
 食事はどうするのか?
 野生に戻ったところで、あの厳しい環境の中を生きていけるのだろうか?
 自分がいなくて、寂しがってはいないだろうか?
 ・・・・・・ 今となっては、ハルがそれを知る方法などない。 今後も、絶対に。
 四肢をもぎ取られたような絶望感に穿たれ、ハルは気が触れてしまいそうになるのを必死で繋ぎ止めようとするのだが、 心を支えていたモノが皆バラバラに壊れていくのを感じる。
 足と喉、それ以上に大切なものを奪われたハル。 唯一できることと言えば首につけられた家畜のカウベルを、哀しげに鳴らすことだけ。 無残な姿にされてしまったハルは、小さな女の子のように泣きじゃくり、そしてもう二度と戻れぬ故郷を一人孤独に見送った。



「なんだ、やっぱりもう起きているじゃん、ハルさん・・・・・・ いや、今のアンタにはもうその名前は必要なかったね」

 故郷が見えなくなりしばらくして、がっくりと肩を下ろすハルの前に、チトセが馬車の先頭からやってきた。

「――――! ―――」

 ハルは一瞬恐怖に顔をひきつらせたが、涙をぬぐい、怒りのまま叫んだつもりだった。 しかし、やはり声になることはない。

「おいおい、いきなり、そんな怖い顔するなよ。 ほら、腹へっただろ? これでも食べて元気出せよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 ポーンと、いきなり白パンのようなものが、檻の中に投げ込まれた。
 ハルは呆気にとられて怒りすら忘れ、そのパンのようなものが転がる先を、目で追っていた。

「ははっ、何ぼんやり見ているんだよ、オマエのメシだよ、メシ。 ちゃんと拾ってこい。 ・・・・・・ あ、手は使っちゃだめだからな。 言うこと聞かないと、ムチで叩くからな」

 チトセが、全くハルを人間扱いする気がなく、ケラケラと笑っていた。

「・・・・・・・・・・・・」

 精神的にも弱っていたハルは、迷った挙句素直にチトセに従った。 体力と精神力を回復させて、なんとか逃げ出そうとも考えていた。
 うんざりとした表情で四つん這いに歩き、一瞬躊躇し、そしてパンを口で食わえること1秒、すぐに顔をゆがめる。

「にゃはは、どうだい、特製白パンの味は、 なんていったって、今日朝一番の濃いヤツだからな」
 
 強烈な腐卵臭と“えぐみ”。
 昨晩食べた柔らかな白パンだと思っていたそれは、いつも以上に固いパンでカビくさい。 しかもおぞましい白濁液が塗りたくられている。
 すぐにでも吐きだしてやりたいところではあったが、それをすれば「歯を全部引っこ抜くぞ」と、脅しかどうかさえわからない言葉に怯えてしまい、ハルは顎を無理やりに動かしてなんとか全部食べ切った。

「よしよし、いいぞ。 最初にしては上出来だ。 それでこそ、調教のやり甲斐があるってもんだよ、へっへっへ」

「――――っ!?」

 ―― プス。

 嗚咽に苦しんでいたハルの首元、無防備だったそこにまた痺れ針が刺さる。

「それは昨日使ったやつよりもマヒ毒の弱いやつだ。 気は失わなくても、動くことはできないだろう」

 悪ガキそのものの笑みで、チトセは檻の中に入り、ハルに近づいた。
 下半身を脱ぎ去るとそこには、たくましい男の逸物が生えていて、なにか透明な粘液を塗りたくりながら、亀頭を固くさせていた。
 実は、熱病に浮かされていたとき。 身体を拭く目的で、彼女が両性具有であることにハルは気が付いていた。 だが、そのときとはまるで大きさの違う凶悪なフォルムに、大きく驚いた。

(やめろぉ、くるんじゃない・・・・・・ そんな卑猥なもの向けて・・・・・・ぼくに、さわる、なぁ・・・・・・)

 抵抗虚しく。 ハルは四肢を痙攣させながらなんとか逃れようと這いつくばったが、すぐに檻の行き止まりにたどり着き、追いつめられる。
 そして、背後から尻たぶを鷲掴みにされて広げられ、何のためらいもなくそれが挿入された。

「〜〜〜〜っ!?」

「お、お、おおお! やっぱり初物はきついなぁ。 でもこら、あんまり暴れるなって、お尻の穴が切れてもしらないからなぁ」

 後背から犬のようにお尻を貫かれ、想像したこともない激痛と圧迫感。
 まるでサイズ違いのものを無理矢理に押し込むかのように、小さなハルの排泄口にチトセの巨大なペニスが逆行する。 そのあまりの乱暴さ、過激さに、お腹を突き破られるのではかと恐怖さえ走る。
 しかし、チトセは違う。
 獲物を見つけた虎のような微笑みを浮かべ、今しがた挿入したばかりの肉棒でハルの中をえぐりながら、引っ掻き回すようにして、早くも腰を前後に動かしだした。

「アッハッハハハッハハ、どうだどうだ? 女の子にされた気分はさぁ。 これから毎日オマエを犯してやるからな、いい声で鳴いてくれよ。 ・・・・・・ あ、でもオマエ、もう声が出ないんだったな」

 寒気がするほどの宣言をし、パシリと、ハルのお尻を叩いた。
 真っ赤な手形を付けられた彼の口から漏れたのは、声にならないブタのような嗚咽だった。

(ふぐぉおおおお、こ、こんなやつに、こんなぁああ・・・・・・!)

 だが、ハルを助けに来るものなどどこにもいない。
 チトセはハルの腰をがっしりとつかむと、もう抗うすべがなかった。
 狭い檻の中、ハルはケダモノとなってよがり狂う。

「――――っ!? ――ぁ、―――!」

「痛いか? 痛いよな? でもそんなのはすぐ気にならなくなるよ」

 ひたすらに強弱をつけて、自ら腰を持ち上げ挿入する角度さえ変化させ、荒々しさの中で確実にハルのお尻を性の道具に変えていく。 抵抗など何もできない。 チトセがピストン運動を速めた瞬間、ハルはこれまでの人生を一変するほどの怒涛に、恐怖したようにガクガクと、お尻や四肢を震えさせていた。

「――ぁ、――――、――――っ、――――――!?」

 全身にからまるチトセかハルの汗すら潤滑油にかえて、肌と肌とがぶつかる。

「無茶苦茶にイジメられて、苦しいのにだんだんそれが気持ち良くなってきて、そうでないと満足できない。 お尻の穴で感じまくって、これがたまらなく好きになる」

「――――、――ぁ、―――っ!? ――、――、――――――――っっっっ!?」

 チトセの非道な予言を肯定するかのように、ハルの感覚は激化した。
 熱い肉棒でかき回され、火傷するほどこすりつけられる。
 首を激しく振って言葉を拒絶しても、体は確実に開発されていっているのを感じる。 メスとして、家畜として、チトセの所有物として。

「そういう風にできているんだよ。 オマエたち、男の娘はな、アタシたちに弄ばれるためだけに生まれてきたヘンタイなんだよ、諦めろ、諦めて、従順になれ!」

 気を失いたくなるほどの痛みの後、微弱な電流がはじけだした。 それは徐々に大きくなっていき、はじける電流は甘い痺れに代わって下半身を支配した。

「はぁ、はぁ、んみゅぅ、はぁ・・・・・・ ほらぁ、もっと乱れてみせろよ。アタシを楽しませてみせろ、もっともっと乱れるんだ」

 生まれて初めて経験する肛虐調教の中で、ハルの自我が崩されていく。 朝の陽ざし、川のせせらぎ、山からの風、心地よいと感じていたものがすべて幻に思え、メスの悦びで上書きされていった。

(あぐぅ、あ、あぁぁ・・・・・・ こんなの・・・・・・ ひぅ・・・・・・ うそ、うそだ・・・・・・ あ、あああ!)

 チトセは、少女とは思えぬほどの絶倫だった。
 並の男であれば中折れするところもまるで衰えもせず、今始めたばかりのように大きく早く腰を振ってくる。
 しかも経験豊富な彼女は、己が持っている性知識をフルに活用してハルを休ませない。
 ハルは、オスとしても人間としても、ハルの数段格上の存在になっていたのだ。

「んむぅ、おっほほ、まだ抵抗するのか・・・・・・? 強情な奴め、そういうとこ見てしまうと、アタシ、もっとイジメたくなっちゃうんだよなぁ」

 チトセはにぱーっと黒い微笑みを浮かべた。

「もっとだ、へへっ、もっと感じるんだぁ。 んふふ。 ごまかしてもだめだぞ、オマエの体はもうアタシのモノに逆らえなくなってきている。 どういうことかわかるか、なぁ? ここ、気持ちいいんだろぉ?お尻の穴をゴリゴリしごかれるたびに、イヤなこと全部忘れちまうくらい、昇天しそうになるんだろ?」

(ふぁ、お、あ、感じるぅ・・・・・・ 感じちゃ、ダメ・・・・・・ だぁ・・・・・・ やつの、・・・・・・ いいなりなんかにぃ)

 意識が散り散りになり、開いた隙間からいやらしい妄想が入り込む。 直腸を熱い剛直が抜けるたび、ハルの口から甘さを十分はらんだ空気が出た。 目元がふやけ、きつく釣り上げていた眉も弱々しく下がっていく。 表情がかつてのハルからは考えられないほど、情欲に満ちたトコロテンに変わった。

「んふふ。 出会った時から澄ました顔しやがって・・・・・・ ちょっと本気を出してやったら、このザマ・・・・・・ んあぁ、でも、でも・・・・・・ 動くたびにペニスを締め付けてきて・・・・・・ っ、んぅ、いい、いいなぁ、コレ。 オマエ、やっぱ、かわいいなぁ♪」

 ちゅっと、首を伸ばして首筋に口づけしてくるチトセ。
 まるで自分の所有物であるかのようにキスマースを残して、さらに腰を突く間隔を狭める。 引き抜かれるごとに魂さえも引きずられるような気がして、一思いに突かれると、下半身が一体化したような官能美が弾けた。

「ここかぁ?」

「――!」

 チトセの声に、ハルははじめて淡いときめきに似た何かを覚えた。

「それともこっちか!?」

「〜〜〜〜っ!?」

 彼女の腰使いに夢中になる、心が否定していても、身体が甘くしなだれていく。

「あーここかぁ? ここが気持ちいいのかあぉ・・・・・・ ふふ、弱いところバレバレ。 ほら、たっぷりイジメてやる♪」

(あぁ、お、お? お! お? ぉおお!? チ、チンポでグリグリしゅるなぁ――ー)

 暴力的なセックス、小さなハルの身体が壊れるほどの激しさと、切ない快感。
 少女の腕と身体に押さえつけられて、悦楽の墓場にアタマから沈められていく。

「――、―――っ! ――〜〜〜〜っ!」

「んふぅ、は、ふぅ。 なんだよ、いきなり、その眼は。 生意気だなぁ」

 ハルもう声は出せない、二度と。
 今更それを気にしても仕方がないし、ならばいっそのこと、一矢報いたい。
 ハルは、いくら身体を散々犯しつくしても、心だけは絶対に奪えやしないと、後ろを振り返って目で訴えた。

「ははっ、面白いやつだな」

 本当のセックスは、好き合う二人が厳かに行うものだ。
 人を騙したり、陥れたり、一方的な気持ちだけでするものではない。
 ハルは純粋さゆえ、今でもそれを信じていた。

「へんっ、くだらないな」

 チトセはハルの心を読んだかのように吐き捨て、そしてにらみ返す。
 彼女の眦は大きく吊り上がっていて、ハルはその逆鱗に触れたようだった。

「オマエ、もう終わっているんだぜ? オマエが考えていいのは、どうやってアタシを気持ちよくさせるかってことだけ。 わかんねぇようなら、これは少々、荒療治が必要だな」

 暗く冷たいまなざしの奥に、ぎらぎらと肉食的な光が宿る。
 腰に感じていたチトセの圧力が、より大きく、のたうつようなリズムで暴れだす。

(はがぁ――――)

 鈍痛が骨身までえぐりこむ。
 ハルはもはや、四つん這いになることもできない。
 土下座するような形でそこに倒れ、さらに、生きたまま獲物の中身を引きずり回す獅子のような残虐性をもって、チトセはハルの中をかき回した。

「はぁあっ、んぁ、あはあ! おうぅ、ああっ、ああっ、うりゃああああ!」

「〜〜〜〜っ!? ――、――――、――っ! ―――」

 もうすでに茨の頂につめている直腸内を、さらに貪りつくすように責めたてられ、ハルは声なく泣き叫んだ。

「ケツの穴、くっ、めくれあがるまで、しぃ、しごいてやるよ! ほりゃあ!」

「――、――! ――! ――!?」

 全体重をかけられて、前立腺を潰される感覚に、ハルは何もかもが熱く溶かされる。

「感じて! んん、感じて! んんんっ、感じまくれ!」

「――っ、っ、―――−っ!? ――、――――っっ!?」

 感じる、感じる、感じてしまう、チトセの言うとおりに自分の身体が新しく生まれ変わっていき、その魂さえ汚れたものへと変わっていった。

「絶対に、逃がさないぞ! おら、おら、おっら!」

 喘ぎ、よがり、乱れ、力なく蹂躙され、心から楽し気にペニスを叩きつけてくるチトセに、ハルは怖れ慄いた。
 腸壁粘膜が蠢動し、わななく急所に亀頭が直撃する。
 チトセの息遣い、その匂いですらも感じてしまう、
 ハルの意思とは無関係にオスをくわえこんでしまうきつい尻肉が、射精寸前の律動と凄まじい熱を呼び起こした。

「ほら、これでもまだ正気を保っていられるか? んぅ、ひひひ、このまま、最後まで犯し抜いてやる。 アタシの雄液を飲み込んで、少しはメスらしく生まれ変わりやがれ」

(が、がぁああああああああああああ、や、やめ、やめろ、も、もうやめてくれぇえええええええ!)

「にししし、にし、にしぃ。 イヤがってももう無駄なんだよ、オマエのこと、身も心もドン底に堕としてやる。 ご主人様に忠実な、最底辺のメスに、堕ちろ!」

 断崖に佇むハルは気力を振り絞り、何度も首を振った。
 もはや考えることすらできず、歯を食いしばってそれに耐えようとした。
 ・・・・・・ しかし、耐えきれるわけがないことは、十分すぎるほどわかっていた。

「あ、ハハハハハハ! この期に及んで素直じゃないなぁ」

 ビクビクと、ハルは、チトセよりも前に自分が限界だった。
 こすりあげられた直腸粘膜が快感神経をむき出しにし、前立腺への直撃が、ハルを遥かなる高みに押し上げる。 もはや一秒一秒が地獄であり、また天国だった。

「やっぱりカワイイなぁ、オマエ。 弱いくせに粋がるオマエは、きっと高く売れるよ、そうに違いない! よかったなぁ!」

 後ろから両手を地面に押し付けられて、磔にされたまま極刑をくらうハル。
 快感が増幅され、目を剥く。
 えぐり、突きさし、撹拌するチトセの剛直がハルの中のメスを強引に引きずり出していた。

(―― ひぎぃい、こ、こわされる!? )

 ハルは心臓をドキドキさせる。
 恐ろしいことのはずなのに、淫欲に屈服した身体はもう、新しい世界への扉に胸をときめかせていた。

(ひゃぁ、はひゃ、ひあ、あ、ひっぱられ、うう、こんな、スゴイ、ちから、あひぃ! ぜんぜん、さ、さから、え、なひぃい!)

 すさまじいピッチでアナルセックスが行われ、ハルが気をやりかけた寸前、射精がそれに追いついた。

「おらぁ、イケイケ、イっちまえコラァっ! 若い女にケツ穴ほられて、感じて、みっともないイキ顔、アタシに、みせろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

(だ、だめ、なんか、くるぅ、すごいのくるぅ!? ぼくのなかでなにかが、あああん、押し流されてェ―――!!?)

 二人が同時に絶頂を迎えられたのは、最後の最後でチトセが合わせてくれたおかげだ。
 しかしその代償は大きく。

 ――― びゅうぅううう、っ、びゅびゅびゅっ、びゅるるうるる!

(んんっぅぅぅぅ、あ、あああああああああっ!?)

 ハルの射精は無駄うちに終わり、絞りあげられたハルの身体に、燃えるような精液が濁流の勢いで流し込まれる。 あまりの量に剛直が抜けると勢いよく粘液が噴出し、白い湯気が立ち上っていた。
 甘美な痙攣が前立腺から足先手足まで細かく伝わり、ハルは取り返しのつかない失墜に、全身を総毛立たせていた。 しかし、快楽には勝てないことを思い知る。
 チトセは、まだ青かったハルの菊門が、ヒクヒクといやらしく収縮していることを見て満足し、やがてなにかを確認しながら立ち上がった。

「ん、んんぅ、は、あはぁ・・・・・・ はぁ、はぁ、あっはぁ・・・・・・ へへへ、イっちゃった、な? これでもう、ふふふ、後戻りはできない、ぞ♪」

 ハルは否定することができない。 おへその下がキュンキュンとして、しかも体の痺れは依然収まらず、頭の中でお酒に似た酔いが回る。
 心に大きな穴がポッカリあいているというのに、体の中は熱い液体で満たされていて、弱々しい彼はそれに幸福感を覚えてしまう。

「ああああ・・・・・・ いい、その顔、さっきより全然いい。 メスに堕とされて、心は戸惑っているのに、体はもう逆らえなくなってきているのがわかる。 いい表情だぁ、たまらないね・・・・・・」

 白化粧したハルに、チトセはうっとり蕩けた声を漏らして、檻の外に出て行った。
 扉はしばらく開いたままだったが、ハルはもうなにをするのも、動くのも億劫だった。
 やがて、かちゃり、ハルの檻にまたカギをかけられた。
 この場所が、家畜としての新しい家になるのだということを理解した瞬間、背筋にゾワリとしたものが駆け抜けた。

「今日は最初だからこのくらいにしといてやるよ・・・・・・」

 チトセは一人だけ顔や体を綺麗にしながら、格子の隙間からハルを見る。 人間の男ではなく、檻に入った卑しいメスの姿を見下ろしていた。

「でも明日からは本格的に調教を始めるからな、それまでしっかりと体を休めておくんだぞ」

 オオカミのように舌なめずりするチトセ。
 もはや、人間ではない・・・・・・ 他でもなく、ハルが。

(ああ、ぼ、ぼく・・・・・・ ぼく・・・・・・)

 深い闇の中に堕ちていく意識。
 しかし感覚だけは研ぎ澄まされていき、すべてが堕落した快感に焼けただれていく。

(ぼくは・・・・・・ じゅうじゅんな・・・・・・ メス・・・・・・ ひとに・・・・・・ こびる・・・・・・ かちく・・・・・・)

 オスの温かさを感じながら、ハルはゆっくりと瞼を閉じた。



 それから、ハルに対する凌辱は熾烈さを極めた。
 純真だった彼の心はある日を境に壊れ、一匹の愛らしい家畜に変わった。
 お尻の穴には極太の張り型で栓をされ、トイレするとき以外は常時括約筋を苛められ続けている。 最初は家畜としてトイレをするのをイヤがり、我慢しすぎて体調を崩したこともあったが、それもやがて快感となり、今では一日一回。 オマルを使っている姿を、メグルやチトセに見せびらかしている。
 また、チトセはいつも怪しい薬をハルに塗りたくっていた。 あどけない身体をさらにいやらしくしたり、女の子に近づけたりする効果があるらしいが、もうすでにハルのハルとしての意識はほとんどなく、ただの全身愛撫と思って嬉々としていた、
 やがて、なにもないときでも自ら自慰行為にふけるハルを見て、可愛らしい貞操帯がつけられるようになった。 その上に真っ赤なリボンをつけられて、空腹のときや、おトイレに行きたいときは、それを尻尾のように振って、彼女らに媚びをうる。 
 最後の日には、“出荷される”直前まで、チトセのものを愛おしげにしゃぶりつづけ、離れ際にちゅっと亀頭にキスしたのは、調教に対する感謝の気持ちなのかもしれない。 
 ハルはもう人形のような少年ではなく、豊かな表情をもつ家畜になったのだった。





 ・・・・・・遠い、海の向こう側の国。
 多くの石造りの家と、多くの店、多くの人々が集う、都と呼ぶのにふさわしい土地。
 煌びやかな部屋の中。
 以前ハルと呼ばれていた家畜の前には、小さな女の子がいる。
 年の頃は家畜の半分ほどしかなく、メグルたちから家畜を買ったとある富豪の娘で、家畜の所有権は経った今、その子の誕生日プレゼントという形で譲渡されようとしていた。

「わぁい、パパ。 ありがとう、こんな可愛らしい“お人形”わたしはじめて。 大事にするね」

 家畜少年は少し緊張しているのか、表情がいつもより固かったが、抱きついてくる女の子の甘い臭いに惹かれ、早くも操を立てていた。
 ピンク、黄色、水色、緑、たくさんのフリルが重ねられたパステルカラーのチャイルドドレス。 レースのお花もいたるところに飾られており、胸に恥ずかしげもなく描かれているのはハートマーク。 身体はまだその小さな女の子よりも大きいというのに、彼女よりもずっと幼い格好をさせられている。
 売り飛ばされる直前の要望で、髪は剃髪され、長い金髪のブロンドヘアーをかつらとしてかぶらされている彼は、女の子の気分次第で、着せ替え人形よろしくどんな女の子にもなることができた。 このときはさらに、リボンの髪飾りでさらに愛らしさを強調している。
 そして見えないが、お尻の穴にはとても気持ちのいいものをねじり込まれていて、幸せな気持ちをずっと引きずっていたのだった。

「さあ、いらっしゃい。 あなたにも、ごはんを食べさせてあげる」

 からんころん。

 主人となった女の子がリードを引く。 リードは、家畜の首元にあるカウベルに繋がっていて、幼稚可憐な音が鳴った。

「さあ、遠慮しなくていいのよ、たくさん食べて」

 女の子は優しい子だった。
 家畜であるその少年のために自分の誕生日ケーキを切り取り、お皿に移し、食べやすいようにグズグズに形を崩すと、そのまま床に置く。 犬食いすることは、家畜にとって当然のことだった。

「うふふ。 お利口なのね、あなた。 それが終わったら水浴びしましょ? わたしが綺麗にしてあげる、でもそのまえにおトイレにいかないとね。 お庭に穴を掘ってあげる。 明日になったら、お友達みんなに紹介してあげるから」

 ハルはもうなにも聞こえないし、なにも言えない。
 ただ媚びた笑みを浮かべながら、鼻にケーキの欠片をくっつけ、今夜のエサにありついたのだった。





 ―― それから、時が少しだけ流れて。

「そういえば、このあたりじゃなかったっけ?」

「なにが?」

「ほら、一人で牧場を持っていた男さらって、高く売り飛ばしたことあったじゃん。 あの後メグルはちょっと贅沢な旅行をしたし、アタシは親父に新しい大工道具をプレゼントして、なかなか美味しい仕事だったじゃん」

「・・・・・・ ああ、あったわね、そんなこと」

「まあ、アレも、運がなかったというか、とんだ貧乏クジを引いたもんだよな?」

「それって、私たちを助けたこと? なに、あなた、同情しているの?」

「ん・・・・・・ いや、そうじゃなくて・・・・・・ 出会いから結構印象深い子だったからさ、でも、その子の名前ってなんだったけなぁって」

「忘れたの?」

「いちいち売り飛ばしたやつのことなんて覚えてないよ、メグルは違うのかい?」

「ええ、もちろんよ。 わたしは覚えているわ、あの子の名前はね・・・・・・」

 カウベルのベルトに書かれていた名前。
 かつてハルが育てたブタ、そして今は自分自身の名前になっているそれは――

「ふふっ、“メスブタ一号”ちゃんよ」

 からん、ころん、からん。

 からん、ころん、からん。

 からん・・・・・・

 今日もどこかで、哀しげなカウベルの音が鳴っている。