僕が女の子になる日 第2話 今日から女の子
カウンセラーさんとの話し合いで、僕は半ば押し切られるような形で、実際に小学校に転校することになった。本当は高校生なのに、もう一度小学生として通うなんて――それも、女の子として。胸の中には不安と恥ずかしさが渦巻いていた。
あの日、カウンセラーさんから「入学準備をするために病院に行くように」と指示された。そこで僕は、体格を変える処置を受けることになった。
次に病院のベッドで目が覚めたときには、背が少し縮んでいて、声も高くなっていた。窓に映る自分の顔を確認すると、確かに女の子らしい顔つきになっていて、髪も伸びていた。
けれど、その姿にまだどこか違和感があった。だって僕が着ているのは、昔から着慣れた男子用の服だからだ。シャツの袖は少し長く、肩幅も余っている。ズボンのウエストも、以前よりも緩くなったように感じた。鏡に映るその姿は、どこか不格好で、まるでお兄ちゃんのお下がりを着させられている女の子のようだった。
そんなことを考えていると、医者が部屋に入ってきた。白衣を着た中年の男性で、柔らかな笑みを浮かべている。彼は僕のカルテをちらりと見ながら、穏やかな口調で「おはよう、あゆむくん――いや、これからはあゆみちゃんだね。処置は無事に終わったよ。どうかな、違和感はない?」
僕は、まだ慣れない体を確かめるように動かしながら、「ちょっと…まだ慣れないです」と正直に答えた。
医者は頷き、「そうだろうね。体が変わるというのは、精神的にも大きな変化だからね。でも、少しずつ慣れていけるはずだよ。もし何か困ったことがあれば、遠慮なく相談してほしい」と、親切に続けた。
その時、ドアがノックされ、母さんと父さんが入ってきた。お医者さんとなにか話していたが、それよりも手に持っている、可愛らしい服の入った紙袋の方が気になって仕方がなかった。それが何を意味するのか、僕はすぐに理解したが、それでも目の前の現実を受け入れるのには少し時間が必要だった。
「あゆみ、大丈夫か?」と父さんの声で我に返った。そっか…僕はもうあゆむじゃなくてあゆみなんだっけ…。
母さんは僕の顔を見て、優しく微笑んだ。「可愛くなったわね」と言いながら、紙袋を差し出した。中身は淡いピンク色の可愛らしいワンピースだった。シンプルなデザインで、スカート部分には小さな花柄が控えめにあしらわれていた。
「これ、あなたの服よ。あゆみに似合うと思うの」と母さんが言った。
「う、うん…。ありがとう」僕は小さく頷いたが、その声は少し震えていたかもしれない。
父さんも横で微笑んで、「さあ、あゆみ、これを着てみよう」と優しく促した。
僕は少し躊躇しながらも、母さんが見守る中、ワンピースを着るためにゆっくりと動き出した。その時、母さんがふと父さんの方を見て、「あなた、娘が着替えるだから、出て行ってくれる?」
その言葉に、僕は一瞬戸惑いを覚えた。息子ではなく、娘として扱われている事実に羞恥が湧き上がり、顔が熱くなるのを感じた。何も言えずに視線をそらしたけれど、その言葉が耳に残って、どうしても気持ちを落ち着かせることができなかった。
母さんと二人きりになり、僕は手に持ったワンピースを見つめながら、ゆっくりと男子用の服を脱いで新しい自分にふさわしい服に袖を通し始めた。
ワンピースを着終えた瞬間、僕はその服の感触に思わず身をすくめた。これまでの服とはまるで違う、柔らかくて繊細な生地が肌に触れる感覚がどうにも慣れない。それにスカートが太ももに触れるたびに、ひんやりとした感覚が伝わってきて、それが僕の心をさらにざわつかせる。
足の間に何もないスースーとした感触がどうにも落ち着かなくて、足をぎこちなく動かしてしまう。足元にまとわりつく軽い布の動きに、意識がどうしても向いてしまう。ズボンを履いていた時には当たり前だった布の存在がないことがどうにも心をざわつかせ、足元からじわじわと恥ずかしさが湧き上がってきた。
母さんは僕をじっと見つめた後、柔らかい笑顔を浮かべて言った。「よく似合っているわ、あゆみ! 本当に可愛いわよ。」
その言葉を聞いた瞬間、顔が熱くなるのを感じた。自分が女の子の格好をしているという現実が、改めて突きつけられたようで、胸の奥で恥ずかしさが再び込み上げてきた。
そんな僕の様子に気づいたのか、「どう?やっていけそう?」と母さんは僕に尋ねた。スカートの感覚にまだ慣れないまま、僕はゆっくりと頷いた。「うん…頑張ってみる」と、自分に言い聞かせるように答えた。女の子として生きていくことを決めた瞬間、心の中で何かがカチリと音を立てて動き始めたような気がした。
「さあ、パパを呼んでくるわね」と母さんが言い、ドアの方へ歩いていった。しばらくして、父さんが部屋に入ってきた。僕の姿を見ると、少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。
「すごく似合ってるよ、あゆみ」と父さんは言った。その言葉が、少しだけ僕をほっとさせた。母さんは満足げに頷いてから、「そうだ!これもあゆみに渡そうと思っていたの」と言って可愛らしいリボンのついた髪ゴムを取り出し、髪を結ってくれた。その瞬間、これが、女の子なんだ――母さんの手が髪を整えながら、優しく髪を結ってくれるその動作が、僕にそう実感させた。鏡に映る自分の姿が、今までとはまるで違うものに見えて、恥ずかしさが胸の奥から一気に溢れ出してきた。
だけど、その恥ずかしさの中に、不思議と温かい感情が混ざっていた。髪を結ってもらうことで、自分が「女の子」として認められたような気がして、照れくさいけれど、どこか嬉しかった。