0011 新人アイドル息吹君の試練
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「ちょ、ちょっと!なんだよこの服!」
今年14歳を迎えたばかりの新人アイドル、小石川息吹(いぶき)は実の母でもあるマネージャーの凛子から渡された衣装を見て絶句した。
「なにって、今日の撮影の衣装じゃない」
素っ気なく言い返す凛子に抗議する様に息吹は震える声で話した。
「で、でも、これって、ス、スカートだよ!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「な、何がだよ?」
「今日のお仕事は女の子の役なのよ」
「へっ!?」
「だってその役しか募集して無かったんだから仕方ないでしょ。書類も女の子として送ってあるから、スタッフの方達に知られない様にね・・・あっ、パンツも女の子にしておいた方がいいわね。そのスカートとっても短いから」
「うわぁぁーっ!!」
凛子に手渡された柔らかいショーツを持てあまし、息吹は顔を真っ赤にして悲鳴の様な声を上げた。
「うん、あんた声変わりもまだだからやっぱ全然大丈夫よ。ほら、さっさと着替えて皆さんに挨拶に行くわよ。新人なんだからその辺をわきまえないと人気アイドルになれないわよ。」
「ぼ、僕はそんなのにならなくてもいいよっ!」
「そう?じゃあ一家揃って路頭に迷うしかないわね。ママも勤め先をリストラされちゃったし、息吹だけが頼りだったのに・・・・」
真桜ちゃん頼りないママとお兄ちゃんを許してねと、凛子はまだ小学四年生の娘を抱きしめた。
「ママ泣かないで、真桜が働いてお金を稼ぐから」
「まだ10歳の真桜ちゃんにそんな事させる訳にはいかないわ」
「でもお兄ちゃんが嫌だって言うなら仕方ないじゃない」
「ああ、息吹がもうちょっと名の知れたアイドルになってくれればねぇ」
「分かったよ!やればいいんだろ!」
二人の白々しい会話を聞いていた息吹は、やけくそ気味に大声を出した。
「まったく、芝居がかってるんだから・・・」
彼はぶつぶつと呟きながら渡された衣装に仕方無く着替え始める。凛子が働いていた商社を辞めたのは事実だが、彼はその理由はリストラではなく自己退職だと疑っていた。
「まあ、ありがとう息吹ちゃん。素直な貴方なら立派なアイドルになれるわよ」
「はいはい、お世辞はいいからこっち見ないでよ恥ずかしい」
息吹が知らない間に小さな芸能プロダクションに所属させられていたのは半年前の事だった。元々アイドルマニアだった凛子は我が子をタレントにしようと奔走し、結果彼は少しづつではあるが今日の様に仕事をもらいつつある。
「ちょ、ちょっと・・・スカート短すぎるよ・・・・」
だが今日の仕事は彼にとって恥ずかし過ぎるものだった。生まれて初めて穿いたスカートを両手で押さえつつ、息吹は恐る恐る凛子達の前に歩み出た。
「わぁっ!お兄ちゃん可愛いっ!」
歓声を上げたのは真桜だった。
「女の子の衣装とっても似合ってるよ、どこから見ても美少女って感じだよ」
妹に美少女などと言われた息吹は頬を染めて俯く。確かに元々中性的な顔立ちの彼にその衣装〜美少女探偵役のコスチューム〜は全く違和感なかった
「ほら、胸のリボンが曲がってるわよ。共演の優衣ちゃんに笑われちゃうわよ。」
その言葉を聞いた息吹の表情が少し緩んだ。朝霧優衣という彼と同い年の彼女は、人気アイドルであり、彼の憧れでもあったのだ。
「あんたが優衣ちゃんに会えるの楽しみにしてたの知ってるんだからね。」
息吹がこの仕事を強く断れなかったのはそんな理由もあった。一目会えるなら死んでしまってもいいと思うくらい、彼は優衣に憧憬を抱いていたのだ。
「そ、それは・・・そうだけど・・・」
そう言ってから彼は大変な事に気が付いた。
「ま、まさか・・・・この・・・格好で・・・?」
「当たり前じゃない、今日はその姿でお仕事なんだから。同い年でも先輩なんだから、きちんと挨拶しないといけないわよ。さっ、」
「うっ!うわぁぁっ!!やだっ、やだよぉっ!こんな格好で優衣ちゃんに会いたくないよぉっ!」
「大丈夫よ、どっから見ても女の子してるから。」
「そ、そんな問題じゃ!・・・・あっ!」
凛子に控え室から無理矢理連れ出された息吹は廊下で天使と遭遇した。
「あら、共演の方ですか?」
聞き慣れた甘い声が息吹の耳朶をくすぐる。ニコリと笑ったのは朝霧優衣その人だった。
「あっ!はっ!はいっ!小石川息吹と申しますっ!」
動転した息吹は直立不動で優衣に頭を下げた。
「あらあら、とっても丁寧なご挨拶ね」
優衣はクスクスと笑って息吹の姿を観察した。
「その衣装とっても似合ってるわよ。まだ馴れないみたいだけど落ち着いてね。」
「はっ!はいっ!ありがとうございますっ!」
憧れの女の子に優しい言葉を掛けられた息吹は、今の自分の姿も忘れてだらしなく目尻を下げた。
「息吹ちゃんだったかしら、お歳はいくつ?」
「あ、あのっ・・・・」
息吹は戸惑った。優衣が自分の名前を呼んでくれたのは嬉しいが、同い年の男の子であるのにこんな姿をしている自分を少し恥ずかしく感じたのだ。
「中学生・・・には見えないわね。小学六年生くらい?」
優衣の言葉に息吹は消沈した。実際優衣よりも背が低く童顔の彼は中二でありながらも小学生扱いされる事も多々あったのだ。
「そ、そのっ・・・」
口ごもる息吹だったが、次に優衣の口から出た言葉に彼は驚愕する。
「早く答えなさい!先輩が聞いているんでしょ!」
それは先程とはうって変わった、彼女がテレビでは決して見せない厳しい声だった。その声に驚くよりも震え上がった息吹は思わず言われるままに答えてしまう。
「あっ!はいっ!小学六年生です!」
「そっ、じゃあ案内してあげるからついてきなさい。私の事は優衣先輩って呼んでいいわよ」
「はいっ!優衣先輩!」
あまりの立場の違いに、同い年では恥ずかしいと咄嗟に出た嘘だったが、その嘘が更なる羞恥を呼んでいく事に息吹はまだ気が付いていなかった。