天使達の悪巧み 第八章 恥ずかしいおみやげ
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「ひよこ幼稚園のみんな、こんにちわ−」
莉緒の恥辱の時間がようやく終わりを告げたかに思われた時、廊下の方から子供特有の甲高いざわめき声が聞こえた。莉緒は慌てて立ち上がると、スモックの裾を必死に伸ばして、あてられたばかりの紙オムツを隠そうとした。
「あっ、優子ったら先にずるーい!」
案の定やってきたのは優子と同じ制服を着た小学生の一団だった。紺色の吊りスカートを翻して、彼女達は遠慮無く教室に入ってくる。
「おねぇちゃん、あそんでー」
園児達はすぐに少女達の手をつかんではしゃぎはじめた。少女達もなついてくる子が可愛くて仕方ないのだろう。満面の笑みでその相手をしている。
この上小学生達にもこの姿を見られるなんて耐えられない。莉緒は教室の隅にこそこそと移動すると、カーテンを体に巻き付けて隠れようとした。
「あれ?その子はどうしたの?」
だが教室内でひときわ背が高い莉緒が目立ってしまうのは仕方なかった。優子が説明するまでもなく、大柄な女の子が隠れている莉緒を発見してしまった。
「どうしたの?みんなと遊ばないの?」
小学五年生なのに、既に160センチはあろうかという少女には莉緒の体の大きさが気にならないのだろう。他の園児と接するのと同じように、彼女は腰をかがめて莉緒に優しく話しかけた。
「い、いいの一人で遊ぶから……」
莉緒は震えながらようやく言い返す。次いで、すがるような目で優子に助けを求めたが、もちろん彼女がそんなことをしてくれる筈も無かった。
「だめだよ、みんなと仲良くしないと。ほら、おねぇちゃんが遊んであげるから」
子供特有の正義感に満ちあふれた目で、少女は莉緒の手をつかんだ。
「やっ、やだっ!」
力の限り抵抗する莉緒だったが、片手で不安定に下半身を隠しているせいもあり、大柄な少女には敵わない。悲鳴とともに莉緒の下半身はあっというまに露わになってしまった。
「やだっ!それってオムツ?」
またしても子供特有の遠慮無い反応で少女は大声を上げた。
「ははぁ。それで恥ずかしくって隠れてたのね。大丈夫よそんなの気にしなくていいから」
「どうしたの、りっちゃん?」
さきほどの大声に驚いた他の少女達も集まってくる。あっという間に莉緒は沢山の小学生の女の子達に取り囲まれてしまった。
「あっ、この子オムツしてる」
「だめだよ、そんな事いっちゃ……かわいそうじゃない」
「でもこの子、すごく体大きいね」
小学生の中には莉緒よりも低い身長の子もいる。彼女達が不審に思うのも当然だった。
「そ、そのっ……これは……」
その時、咲季が莉緒の前に歩み出ると、はきはきとした声で話し始めた
「莉緒ちゃんは、さっきお漏らししちゃったんだよ。だからオムツしてるの。幼稚園のきそくだって先生が言ってたよ」
「そうなんだ。ありがとう。きちんと説明できて偉いね」
少女の一人が咲季の頭を撫でる。咲季は鼻高々でさらに続けた。
「莉緒ちゃんはもう大きいのに特別に幼稚園に来たんだよ。だのにオムツだなんて恥ずかしいよね。咲季はもう一人でうんちだって出来るよ」
「そっかー、莉緒ちゃん失敗しちゃったんだね。でもまだ幼稚園なんだから恥ずかしがらなくてもいいんだよ」
咲季の説明を聞いて、先ほどの大柄な少女が莉緒のお尻をぽんと叩いた。咲季から『特別に』と聞いたものの、まさか莉緒が自分より遙かに年上だとまでは想像すらしていないのだろう。
「お姉ちゃんもね、小学校二年生まで時々オネショしちゃってたんだよ。オネショは難しいかもしれないけど、莉緒ちゃんも小学校に入る頃には昼間のチッチはきっと出来るようになるよ。同じ組のお友だちがパンツのお姉ちゃんなのに自分だけオムツだなんて恥ずかしいかもしれないけど、我慢してトイレトレーニングしようね」
それは18歳になる男の子にとっては屈辱的すぎる言葉だった。だが今の莉緒にとって、自分が遙かに年上だなんて説明しても更に恥の上塗りになるだけだ。
「う、うん……わたし……頑張って……トイレ……トイレトレーニングするよ……」
莉緒に出来る事はそう言って、オムツの取れない素直な園児を演じる事だけだった。
莉緒にとって、恥辱という言葉では表しきれない長い長い時間が過ぎ、ようやくひよこ幼稚園は退園の時間を迎えた。
「ももかちゃーん、また明日あそぼーねー」
「うん、またねー」
「あら、もうお友だちができたの?初めての幼稚園は楽しかった?」
「えっとね、えっとね、いっぱいあそんだんだよ。小学生のお姉さん達がえほんよんでくれたの」
「そう、よかったわね。遥香先生もありがとうございました」
「いえいえ、ももかちゃん、また明日ね」
「はーい」
次々と保護者が園児達を迎えに訪れ、教室の中の子供達は少しずつ姿を消していった。莉緒にとっては小悪魔ともいえる同級生達の退場に彼が一安心したのはいうまでも無い。だが、莉緒にとって本当の恥辱はこれから待ち受けていたのだった。
(早く……早く迎えに来いよ……なにしてんだよバカ和葉……)
教室に残る子供が数人になり、莉緒は少しだけ不安を感じ始めた。
(まさか、あいつ迎えに来ないつもりじゃ……)
そんな事になると、莉緒はたった一人で家に帰らなければならない。もちろん18歳にもなる普段の彼ならそんな事は何でもない事だ。しかし今は事情が違う。幼稚園女児の制服で一人で家になんて帰れる筈が無い。幼稚園の制服を着た女の子が、それも平均よりもずっと大きな園児が一人で街を歩いていて目立たない訳が無いのだ。面倒見の良い通行人などはきっと声をかけてくるだろう。そんな想像をして莉緒は途轍もない不安にかられた。
(和葉……和葉……早く迎えにきてよぉ……)
「あら、莉緒ったら寂しくて泣いてるの?」
「そ、そんなことないよ!」
咲季に顔を覗き込まれ、莉緒は虚勢を張った。幼稚園児に『お姉ちゃんが恋しいの?』と聞かれて『うん』と言える筈も無い。
「咲季はね、いつも弟とお留守番してるからこんなの平気だよ。だってママは咲季達の為にお仕事してるんだもん」
お姉さん面をして咲季は説教っぽく続けた。
「りおのお姉さんだって忙しいんでしょ。だって、こんな妹をもったら大変にきまってるもん。あたしよりすごく年上なのにオムツもとれないなんて」
「や、やめてよっ!」
スカートを捲られてオムツを露わにされ、莉緒は思わず悲鳴を上げた。
「ふーん、あんたでもやっぱりオムツは恥ずかしいんだぁ。私なんて弟のオムツも替えてるのに。だってママは忙しいもん」
ケラケラと笑う咲季の瞳の中に、莉緒はほんの少しの違和感を感じた。
(そうかこの子だって本当は寂しいんだ)
そう思うと自分の置かれた立場が余計に情けなくなってきた。幼稚園児の女の子が強がりながら一生懸我慢して母親の迎えを待っているのに、高校も卒業した自分が、妹が迎えに来てくれないといって泣きそうな気分になっているのだ。
しかしそんな事実の確認だけで気を紛らわせるほど莉緒は強く無かった。
「莉緒、いい子にしてた?」
そんな耳慣れた声を聞き、莉緒を自分の目頭が熱くなるのを感じてしまったのだ。
「お、遅いぞ!なにしてたんだよ」
「ごめんごめん、部活が長引いちゃってね……一度帰って着替えてたから……あれ?あんた泣いてるの?」
「そ、そんな筈ないだろ!」
慌てて涙をぬぐう莉緒を見て、和葉は口の端を少しだけぴくりとさせた。
「ごめんね。一人で幼稚園は不安だったんだね」
「なに言うんだよ!大丈夫だって言ってるだろ!」
「うんうん、そうだね。莉緒は強い子だもんね。私がいなくたって一人で幼稚園にいれたんだもんね」
苦笑しながらそう言われ、莉緒は頬を膨らませた。更に莉緒が反論しようとしたとき、遥香が二人の間に割って入った。
「莉緒ちゃんのお姉さん、実はちょっと莉緒ちゃんが失敗しちゃって……」
「えっ?」
「ちょ、ちょっと、先生!」
莉緒は会話を止めようとするが、背の高い二人の間に挟まれて莉緒はじたばたと動くだけだった。
「遊んでいる最中に莉緒ちゃん、お漏らししちゃったんです」
「ほ、ほんとですか!?」
和葉は目を丸くした。
「はい。どうやらおしっこに行きたいのを言い出せなかったみたいで……ご家庭では大丈夫なんですか?」
「は、はい……一応オムツは卒業した筈なんですけど……」
和葉は情けなそうな顔で話を合わせながら、続けて莉緒を睨み付けた。
「莉緒、じゃああんた今何を穿いてるの!?もしかしてノーパン!?」
「え、えっと……」
莉緒は震え上がった。
「見せなさい」
「い、いや……」
「見せなさいって言ってるのよ!」
和葉は莉緒の前にしゃがみ込んで彼のスカートを捲りあげた。
「…………それって……紙オムツ……よね……」
「み、見ないで……」 莉緒は時が止まった気さえした。
「遥香先生、申し訳ありません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。たまーにこんな赤ちゃんみたいな子もいますから。それよりそれをあててくれたのは、この咲季ちゃんなんですよ」
「うん、あたしがあててあげたんだよ!」
「そっか、ありがとうね」
和葉は咲季の頭を撫でてから、莉緒に耳打ちする。
(あんた何考えてんの。幼稚園でお漏らしして、しかも幼稚園児の女の子にオムツあててもらったの?幼稚園児らしく振る舞えって言ったけど、ここまでしなくてもいいのに……ひょっとして演技じゃなく本当に漏らしちゃったの!?)
「そ、それは……」
そうそう、演技だよと嘘を言える勇気は莉緒には無かった。教室でお漏らしして優子と共にオムツをあてられてしまったのは現実なのだ。
「莉緒、ちゃんとお礼は言った?」
「う、うん……遥香先生にちゃんと言ったよ……」
「そうじゃないでしょ。咲季ちゃんにも言ったの?」
「い、いや……それは……」
「ダメでしょ!きちんとお礼を言いなさい!」
和葉はもう一度莉緒に耳打ちする。
「そ、そんな!」
莉緒は真っ赤になって和葉の顔を見上げた。
「言えないとおうちに帰してあげないよ。それとも一人で帰ってくる?」
「い、いやだ……そんなの!」
莉緒の頭の中に先ほどの想像が蘇る。優しいおばさんに手を引かれ、交番に連れて行かれ、本当は18歳の男の子だと知られてしまう自分の姿が……
「じゃあ言えるよね」
莉緒はゆっくりと咲季の方を向いて、声を絞り上げた。
「さ、咲季ちゃん……いえ、咲季お、おね……お姉ちゃん……お漏らししてしまった莉緒にオ、オ……オムツをあててくれてありがとう……」
咲季は勝ち誇ったように腰に手を当てる。莉緒は哀願の目で和葉を見るが、和葉は首を横に振る。
「ほら、続けなさい」
「り、莉緒は……まだオムツが取れないあ…赤ちゃんです……明日からも幼稚園でお漏らしをしてしまうかもしれないけど……莉緒の事をき、嫌いにならないでね……莉緒も、咲季ちゃんのようにパンツのお姉ちゃんになるように頑張るから……莉緒がまたお漏らししたらいっぱい叱ってね……それで…それで…莉緒が一人でおしっこできるまで……オムツをあててね……」
あまりの屈辱に莉緒の目から今度こそ本当に涙が溢れた。
「うん、よく言えたね偉いよ」
三人に同時に頭を撫でられ、莉緒は本当にお漏らししてしまった幼児のように泣きじゃくった。
その後、制服がおしっこで濡れているからという理由で、莉緒は園の体操服に着替えさせられた。しかし体操服の短パンはオムツの上から穿くことが出来ず、あろうことか莉緒は下半身オムツだけの姿で帰路に就くことになってしまった。
「か、和葉〜……もっと俺を隠してくれよぉ……」
「大丈夫よ。幼稚園の体操服着てるんだし、誰が見てもちょっとオムツ外れの遅い園児だから」
莉緒の着せられた園の体操服は袖口と襟周りがピンクに縁取られており、どこから見ても保育園か幼稚園の体操服だった。おまけに胸部分にはひよこ幼稚園の『幼』の文字が刺繍されているから、その体格の良さを除けば確かに莉緒はオムツの取れていない園児にしか見えない。
「しっかし、まさかお漏らしまでしちゃうだなんてね」
「仕方ないだろ!だってこの格好で女子トイレなんて行けないし……」
二人になった安心感から、ようやく莉緒は本音で話すことが出来た。
「だからってお漏らししちゃうなんて。幼稚園で遊んでるうちに本当に赤ちゃん返りしちゃったのかしら」
「なに言うんだよ。それより早く帰って着替えさせてくれよ。もう二度とこんなのはごめんだからな」
「ふふん。まぁそれはお兄ちゃん次第だね」
「ま、まさか明日も……」
「だからお兄ちゃん次第だって言ってるでしょ。はい、じゃあまずはこれを持って」
「えっ?」
和葉から手渡されたのは透明なビニール袋だった。夕食の材料でも入っているのかと思った莉緒だったが、それにしては妙だ。彼は恐る恐るそれを見た。
「な、なんだよこれ!」
「なにって、莉緒の汚した下着じゃん。自分で汚したんだから自分で持ってよね」
「ば、馬鹿!こんなの直に持てるかよ!」
「だめだめ。自分がどんなに恥ずかしい事をしたかって分からせる為に、ひよこ幼稚園ではお漏らしした園児自身に手に持たせて帰らせてるって、遥香先生が言ってたの」
「だ、だからってこんな透明な袋に入れなくても……」
袋の中は透けて見え、アニメキャラが描かれたパンツが、黄色く汚れているのが手に取るように分かる。
「透明じゃなきゃ恥ずかしくないじゃない。いいこと、帰るまでずっとそうやって持っている事。そうしないと明日からもオムツして幼稚園に通わせるからね」
「ちょ、ちょっと!今日だけって約束じゃ!」
「だから、いい子にしてその『おみやげ』を持ってなさい。今日一日『いい子』にしてたら考えてあげるから」
「ほ、本当だろうな……」
明日もまた今日と同じような恥辱を経験させられるなんて考えたくもなかった。莉緒は仕方なくその『おみやげ』を両手でぎゅっと握った。
「そうそう、ちょっと寄り道して行くから。そこのドラッグストアね」
「ええっ!まっすぐ帰ろうよ!俺こんな格好なんだから!」
「いい子にするの?しないの?」
「……か、買うもの買ったらすぐに帰ってよ……」
和葉は莉緒の手を握り、大きいとは言えないドラッグストアに入っていく。オムツをさらしたままの莉緒はじっと下を見て、どうか知り合いに会わないようにとその後をついて行く。
「すいませーん、この子のオムツを探してるんですけど」
だが入るなり、和葉がそう大声で言ったので莉緒は心臓が止まるかと思った。
(ばかやろう!何言ってんだよ!)
女の子用の体操服を着せられている以上、声を荒げる事もできず莉緒は下を向いているしか無かった。
「はーい。紙オムツをお探しですか?」
やがて若い女性店員がやってきたが、もちろん莉緒に目を合わせる勇気は無かった。
「はい。この子、幼稚園に入ってもお漏らしが治らないんです。今日もパンツで行かせたんですけど、この通り汚してしまって、オムツで帰る事になっちゃたんです」
「そうですかぁ。大変でしたねぇ」
店員は莉緒が手に持った濡れたパンツを見ながら言った。真面目に対応しながらも、笑いをこらえているのが莉緒には手に取るように分かる。
(くそ〜失礼な店員めぇ)
しかし莉緒がそんな事を口に出せる分けも無い。黙って俯いていると、店員は饒舌に話し始めた。
「大丈夫ですよ。今は大きなお子様用のオムツを沢山出ていますから。さずがに幼稚園に行くようになっても昼のオムツも外れないお子様は少ないですけど、オネショ用でしたら小学校低学年くらいでもサイズの合うオムツがあります。見れば幼稚園の年長さんかしら?お姉様も大変ですねぇ。見れば私とそんなにお歳も変わらなそうですのに」
「いえ、私まだ中学生ですから」
「えっ!?これは失礼しました……そうですかぁ。背が高いからすっかり大学生くらいだと思ってました。こちらは妹さんですよね、ずっと世話をされてるんですか。夜のオネショはどのくらいの頻度で?」
「うぅん……」
和葉はさすがに苦笑いする。
「実は少し前から母親が家を留守にしてしまって、それが寂しかったのか赤ちゃん返りが始まっちゃったんです。夜はほぼ毎日オネショしますから、布団を干すのが大変で」
(なに嘘言ってんだよ!)
莉緒は和葉の手をぎゅっと握って抗議するが、和葉は気にせず続ける。
「それでこの子は赤ちゃんみたいで嫌だって言うんですけど、今日からオムツして寝させようかと思って……」
「そうですかぁ。まだ中学生なのに立派なお姉さんですねぇ。私の中学生の時なんて……あれ?」
「どうしたんですか?」
「いえ、妹さん、どこかでお見かけしたように思って……」
「そうですか?幼稚園は今日からなんですけど」
「うぅん……そうじゃなくってずっと前に……そう……中学生の時に……」
莉緒は慌てて上目遣いで店員の顔を覗くように見た。
(ひぃぃっ!)
そして彼は心臓が止まるかと思った。店員は莉緒がよく知っている人物だったのだ。
「まぁいいです。では、こちらなどいかがでしょうか。新製品で、夜のおしっこもたっぷりと吸収できるタイプです」
「どう、莉緒?」
和葉が莉緒に振るが、もちろん答えられるわけも無い。
「ちょっと地味かなぁ。この子可愛いものが好きだから」
「ですか。ではこちらなんていかがですか、女の子専用のオムツで可愛らしい絵柄がついてるんです」
「あら可愛い。莉緒、これならいいでしょ?」
「莉緒!?」
和葉の声に店員が微かに反応する。
(和葉の意地悪!名前なんて言うなよ!)
「そ、それでいい……」
一刻も早くここを立ち去りたい莉緒は和葉に呟くように伝えた。
「ただ、妹さんにはこちらのオムツは向いてないかもしれませんね」
だが店員はそう言って、別の場所に二人を案内した。
「実は当店では、今『入園前にオムツを卒業しよう』キャンペーンをしておりまして、トイレトレーニング用のオムツをお奨めしてるんです」
「今までのとはどう違うんですか?」
和葉が興味深げに尋ねる。
「はい、今までご紹介した大きなお子様用のオムツは、濡れても気付かす朝までぐっすり眠れる事を前提においた商品ばかりなんです。ある程度の年齢をまでは、オネショ対策は夜中に何度も目を覚まさせるのは逆効果になりますから……しかしながらこちらのトイレトレーニング用の製品ですと、布オムツのように濡れた感じがお子様に分かるようになってるんです」
「へぇ、よく考えられてるんですね」
「もちろん濡れた感じが分かってもお尻がオムツかぶれになるような事はありません。あくまでお子様に『お漏らししたら気持ち悪いよね』といった感触を感じてもらう為なんです。今の子供がオムツ離れが遅くなったのは布オムツから紙オムツになったせいだとも言われていますから、当店では大きくなってもオネショの治らないお子様にはこちらの方をお奨めしてるんです」
「ふーん……ほら莉緒『濡れた感じが分かって、入園前にオムツを卒業』だって。入園前には無理だったけど、このオムツでトイレトレーニング頑張ってみる?」
それは18歳の男の子にしては屈辱すぎる問いかけだったが、莉緒はもう黙って頷くしかなかった。
「妹も気に入ったようですし、このオムツをもらうわ。一番大きいサイズなら大丈夫よね」
「はい、莉緒ちゃんは幼稚園児にしては大きいようですけど、BIGサイズならなんとか穿けると思います」
「じゃあこの一番大きいパックを下さい。当分オムツ離れできないと思うから」
「ありがとうございます」
店員はひょこりと頭を下げ、和葉ではなく莉緒の方を見て言った。
「では、『男の子用』で宜しいですか?」
これには和葉も面食らった。
「いえ、女の子用でいいです。この子可愛いのが好きですから」
女の子ですから。とでは、そういう言い方をした和葉の言葉を聞いて、店員は確信してしまったようだ。
「ではレジにお願いします。良かったわね風祭先輩、優しい妹さんがいて」
思わず顔を上げた莉緒と店員の目が合う。
「お久しぶりです。桜育中学テニス部でお世話になった日下部花梨(かりん)です」
花梨はにこりと笑って和葉に紙オムツを手渡した。
「莉緒先輩が幼稚園からやり直してたなんて知りませんでした。当時から可愛い先輩だなって思ってましたけど、まさか幼稚園児の女の子になってるなんて驚きですよぉ!」
中学の時、友人に誘われて入ったテニス部。体の小ささがハンディな気がして二年で辞めてしまったけど、一年に日下部とという可愛らしい後輩がいた事は莉緒もしっかりと覚えていた。
「そ……その……これは……違う……」
「恥ずかしいのは分かりますけど、隠さなくってもいいですよぉ」
花梨は莉緒の手をとって、幼児に言い聞かせるように話す。
「だって中学生の頃から、先輩って女の子みたいで、あんな子が妹だったらなって一年生の女子みんなに話題だったんですよぉ。それが偶然とはいえ、莉緒先輩の女子幼稚園児姿が見れるなんて私ってなんて幸せなんでしょ」
「い、いや……だから……」
「ばれちゃ仕方ないわね」
莉緒の必死の抵抗も無視し、和葉が花梨に説明する。
「花梨さん、兄が当時はお世話になりました。この通り、兄は全然大人になれずに幼稚園からやり直させることになったんです。しかも本当に今日も幼稚園でお漏らししちゃって、この通り『おみやげ』を持って帰らされる始末なんです。ほら莉緒、花梨おねぇちゃんに、店内を私のパンツで臭くしてしまってごめんなさいって謝りなさい」
「だ、だって!」
莉緒はもう半泣きだった。
「いいんですよ。小さな子がお漏らしするのは当然ですから。それより莉緒先輩の使う紙オムツを選べせてもらうの、とっても楽しかったです」
花梨は莉緒から再び紙オムツを受け取ると、パッケージを指さして本当の幼児に言い聞かせるように話し始めた。
「ほら莉緒ちゃん、もう幼稚園のお姉ちゃんだからひらがなは読めるよね。ここに『おもらししてもすぐわかる』って書いてあるよね。このオムツだったら莉緒ちゃんがお漏らししても濡れた感じがすぐ分かるんだよ。今は少し難しいかもしれないけど、もしお漏らししちゃったのが分かるようになったら、お姉ちゃんに『莉緒おもらししちゃったからオムツ替えて下さい』ってちゃんと言うのよ。それからここにはカタカナだからちょっと難しいかもしれないけど『トイレトレーニングにさいてき』って書いてあるのよ。トイレトレーニングっていうのはね、小さなまだオムツの取れない赤ちゃんがオムツを卒業しておトイレでおしっこできるように練習することなの。莉緒ちゃんも今日からお姉ちゃんと一緒にトイレトレーニング頑張ろうね。ほら、このオムツには『濡れたら消えるお漏らしマーク』っていうのもついてるから楽しくトイレトレーニング出来るわよ。見てみて、濡れたらうさぎさんのマークが消えちゃうんだって。うさぎさんが莉緒ちゃんのおしっこで濡れちゃって、消えちゃったら可哀想だよね。うさぎさんが可哀想にならないように、おしっこ行きたくなったらちゃんとお姉ちゃんに言えるようになろうね。ううん、すぐにじゃなくっていいのよ、莉緒ちゃんはまだ幼稚園に入ったばかりなんだから、園のお兄ちゃんやお姉ちゃんを見習って少しずつおトイレに行けるようになればいいの。お姉ちゃんは優しそうだからお漏らししてもきっと叱ったりなんかしないわよ。心配しなくても小学校に上がるくらいになれば誰だってオムツ外れできちゃうからね。莉緒ちゃんは三年保育かしら?だったら三年もあればきっとオムツを卒業出来ちゃうよ!」
莉緒は足を震わせて立ち尽くしたまま、か細い声で自我を保とうとする。
「ぼ、ぼくは幼稚園児なんかじゃ……小学校だってもうとっくに……」
「いいんですよ、花梨さん」
だが和葉が莉緒の声に被せるように言った。
「兄ったらこの通りですから、小学校に上がる時になってもオムツが外れなくても仕方がないかなと思ってるんです。実はこの前も小学生の制服を着せて小学校に通わせてみたんですけど、まったく違和感がないというか、むしろ他の五年生より幼くみえるくらいだったんです。だから小学校の入学式にもオムツして行って、一年生のお友だちにオムツを交換してもらうくらいが丁度この子の身の丈に合っているのかなと思ってるんです」
「じょ、冗談だよね……僕が小学校に通い直すだなんて……」
「冗談だったらいいんだけどね。でもこのままオムツじゃ幼稚園を卒園できないかもしれないよ。何年も何年も年少組で、後から入園してきた小さな子にオムツ交換してもらう?」
「まぁ、それも素敵ですね。テニス部の後輩だった子が保母をしてますから、是非今度一緒に莉緒ちゃんの世話をさせて下さい」
「はい、喜んで。是非おうちに遊びに来て下さいね」
「和葉と花梨は大きな声で笑い合った」
「ねぇ、嘘だよね!僕がこれからも幼稚園に通うだなんて、それで小学校に入学しなおすだなんて嘘だよね!」
莉緒は和葉に取りすがるように聞き続けたが、その答えは和葉と花梨の高笑にかき消された。