天使達の悪巧み 第三章 初めての女児制服
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「お兄ちゃん、困った事になっちゃった」
和葉の通っている私立中学が開校記念日の休校日であるまさにその日、和葉はいつかを思い出させるような表情で莉緒の部屋に飛び込んできた。
「なんだよ、俺今から学校なんだから」
既に高校の制服に着替え持ち物を確認していた莉緒は、嫌な予感を感じつつ和葉を無視しようと側を通り過ぎる。その背中から良く通る声が響いた。
「話聞いた方がいいんじゃない。お兄ちゃんにも関係ある事だから」
その口調には明らかに脅しの成分が含まれていた。そして彼がそれを感じる事といえばあの日曜日の出来事に違いなかったのだ。
「遅刻するから手短にしろよ」
無視して登校するのも気がかりで莉緒は和葉の方を少しだけ振り向く。
「良かった。このままじゃあ、この間のこともパーになっちゃうもんね」
案の上和葉の口から零れたのはそんな言葉だった。
「えっとね、実は今日真琴の姪御さんの通っている小学校が授業参観日なの」
わざとなのか、いつもより子供っぽい口調で和葉は説明する。
「それでね、真琴の年の離れたお姉さん、その姪御さんのお母さんにあたる人が急用で行けなくなったんだって」
莉緒の背中にざわざわと虫が蠢くような感覚が感じられる。
「小学校の授業参観って子供にとったら大行事でしょう。自分のところだけお母さんが来ないなんてなったらイジメにあうかもしれないじゃん。それでさ、真琴ったらあの性格でしょ。丁度その日休校日だから私が代わりに行くよって言っちゃったんだって」
「そ、それが俺たちになんの関係がある?・・・・・・」
「でさぁ、それが偶然にもその姪御さんの家っていうのがこの近所で、しかもその女の子五年生なんだって。ねっ、大変でしょ」
一気にそう言いのけて和葉は莉緒の目を見つめた。
「さっぱりわからない。それと俺とどういう関係があるんだ」
「鈍いなぁお兄ちゃん」
和葉は呆れた顔でぽかんと口を開けて見せた。
「この間、お兄ちゃんが私の妹の振りをした時、小学五年生だって真琴に言っちゃったでしょ」
「あ、あぁ・・・・・・そうだ・・・・・・ったっけ・・・・・・」
今更ながら忘れたい事をはっきりと和葉は思い出させてくれた。
「で、学校は私立じゃなくって公立だって話もしたじゃない」
「した・・・かな・・・・・・」
「したよ。私立だったら、普通私達と同じ学校に通ってる筈だもんって話」
和葉と真琴は小学校の頃から今の小中高一貫性の学校に通っている。
「悪かったな、俺は頭が悪くて」
「もうっ。そんな話はどうでもいいの。でさ、もう分かるでしょ?」
「なにが?」
「呆れた・・・・・・。今日今から真琴が授業参観に行ってだよ、お兄ちゃんの姿が無かったらおかしいって事になるじゃない。だって、公立なら学区が同じだから、姪御さんと同じ学校に通っているに違いないんだからさ」
「そ、そんなのどうにでもなるだろ。クラスが違うとか、風邪で休んでるとか!」
狼狽して思わず莉緒は声を荒げた。
「無理無理。だって、この間五年三組だって話もしたじゃない。その時はまだ真琴も姪御さんと同じ学校、それも同じクラスだなんて気づいてなかったみたいだけど」
「そんな話したか?」
莉緒は、その問いかけに和葉が少しだけ目をそらした気がした。
「したよ。だって真琴ったら記憶力抜群なんだから、お兄ちゃんなんかとは比べものにならないくらい」
「どうせ俺は忘れっぽいよ」
その自覚は十分にあったので莉緒は拗ねたように言い返した。
「で、結論を言うと、今日お兄ちゃんは授業参観が行われる、公立星ヶ丘小学校の五年三組にいないと困っちゃうの」
「なんで、そうなるんだよ!」
「だってそうしないと真琴に疑われるよ。一旦そうなったらもう大変、あの子途中で諦めるってこと知らないから、きっとお兄ちゃんが高校生の男の子だって絶対に知られちゃうよ。そうなったらこの間の出来事も」
「ちょ、ちょっと待てよっ!」
莉緒は大声で莉緒の演説めいた主張を封じた。
「百歩譲ってそれが事実だとしよう。だけど俺に一体どうしろって言うんだ。この間は女子小学生の振りだなんて無茶が奇跡的に通用したかもしれないけど、小学校に高校生男子が潜り込みだなんて犯罪行為が出来る筈もないだろうが」
「大丈夫、手は打ってあるから」
和葉は一転して落ち着いた声で言った。
「手は打ってあるって・・・・・・いくらなんでもそんな馬鹿な事俺一人で・・・・・・」
「大丈夫よ私もついていってあげるから」
「はっ?」
「聞いた通りよ。今日は私が小学五年生風祭莉緒ちゃんの、保護者として授業参観に出席するから」
莉緒の持っていたスポーツバッグが、床の上に大きな音を立てて落下した。
「やっぱりパンツは白がいいかな。小学校に行くのにアニメパンツだなんてお友達に笑われちゃうかもしれないもんね」
「おい」
「上も白のキャミがいいよね。制服のブラウスから透けて見えると困っちゃうから」
「おい」
「そうそう。ちゃんと名前も書いておかないと。持ち物にクラスと名前を書いておくのは小学生の基本よね」
「おいって言ってるだろ!」
いそいそと真っ白のパンツを裏返し、裏側に付いていたタグに『星ヶ丘小 5−3 風祭りお』と書き始めた和葉の肩を莉緒は強くつかんだ。
「何一人で盛り上がってるんだよ。俺は小学校になんか行かないからな。第一下着はともかく制服はどうするんだよ。いくら俺が小さくたって小学校の制服なんて入んないぞ」
「またまたご謙遜を」
和葉はニヤリと笑みを浮かべ、莉緒は苦々しげな表情になる。小学校の時から全く成長していない莉緒なら、その時の制服がそのまま着れるだろう事を二人とも知っていたからだ。
「だ、駄目だ。だって当たり前だけど俺の着ていたのは男子制服なんだからな」
しばらくの沈黙の後、堪りきれず莉緒はそう言ってしまった。和葉は余裕の笑みのまま言い返す。
「任せときなさいって言ったでしょ。お兄ちゃんの為だったら私なんだって出来るんだから」
和葉は歌うように呟きながら自室に戻ると、すぐにハンガーに掛けられた一着の衣類を手に現れた。
「ちょっ・・・ちょっと待て・・・お前どこでそんなもん・・・・・・」
「大丈夫よ、盗んでなんていないから。ほら、ここに名前書いてあるでしょ」
それは莉緒も見覚えのある、公立星ヶ丘小学校の女児制服だった。
和葉がその衣類の裾を捲り上げると、そこには書かれていたのは『長山佐枝』という聞き慣れた名前だった。
「まじかよ」
莉緒はあきれ果てたように呟いた。
「そっ。隣の佐枝ちゃんにもらってきちゃった。佐枝ちゃん最近急に身長が伸びちゃったから制服を買い換えたって、この間聞いたんだよね。このタイミングってまさに奇跡だと思わない?」
長山佐枝というのは風祭家の隣に住む、長山家の三女の名前だ。当然ながら今年10歳になる彼女は 小学校に通う小学四年生である。
「あの子元々大きかったから、このお古の制服がお兄ちゃんにはぴったりだと思うんだよね」
莉緒の頭に嫌な思い出が蘇る。それは去年の年末、長山家との合同クリスマスパーティーの席で二人で背比べをさせられた想い出だった。
「そんな小学生のお古なんて着れるかよっ!」
「あれっ?そんな事ないんじゃない。だって去年の時点でお兄ちゃん、佐枝ちゃんに身長抜かれてたじゃん」
「そ、そう言う意味じゃねぇよっ!」
そう言った莉緒だったが、和葉がわざと『着れない』の意味を勘違いしているのは明白だった。
「大体男と女の体つきって全然違うんだ。男の俺の方が肩幅とか筋肉とかだな・・・・・・」
「そう?そんな事ないんじゃない?」
和葉は必死に抵抗の声を上げる莉緒の胸元に制服のブラウスをあてがってみせた。
「ほら全然大丈夫だよ。肩幅なん余ってる感じ」
残酷な事実を告げた和葉だったが、先日和葉のお古が余裕で着れた時点でその事実に莉緒は薄々と気が付いていた。
「で、でも・・・・・・」
なおも口ごもる莉緒に和葉はここぞとばかりに一喝する。
「もういい加減に覚悟決めなよ、男の子でしょ」
「ぅっ・・・・・・」
「私がどうしてこんな事までしてると思ってるのよ、それもこれも全部お兄ちゃんの為でしょ。女の子の振りをしてただなんて真琴に知れたら、お兄ちゃんが恥ずかしい目に遭うと思って折角私が一肌脱いでるのに」
原因を作ったのは自分だと言うことを思い出させないような強い口調で和葉は続ける。
「そんなに嫌なら別にいいのよ。私だって親友に嘘をついてるだなんて辛いんだから、ごめん全部嘘だったの。莉緒は妹じゃなくってお兄ちゃんだったの。高校生の男の子だったの。って告白しちゃうわよ」
「わーっ!ちょっとまてぇっ!」
莉緒は慌てて和葉の演説を止めた。自分がちゃちな罠に引っかかったとも知らずに。
「じゃあ、着てくれるのね。もう一度女の子の振りできるよね」
言い聞かせるようにそう言った和葉に対し、莉緒はまるで本物の小学生のようにコクリと首を縦に振った。
「さ、さ、じゃあ早く着替えて」
「そんなに焦らすなよ。女の服なんて慣れてないんだから」
和葉から身を隠すように莉緒はその場で着替え始めた。先日お尻を見られたからか、前回のような恥ずかしさは薄れてしまっている。
和葉が名前を書いてくれたパンツはこの間のものよりサイズが大きく、莉緒の腰部をすっぽりと包み込みお臍まで隠してしまうほどだった。
「うんうん、いいわね。小学生ってそんなパンツだもんね」
辱めるような和葉の言葉に顔を赤めながら莉緒は胸元にリボンとフリルのついたキャミを身につけ、その上から少し使い込んだ雰囲気のるブラウスを羽織る。
「大丈夫?自分で着れる?」
左ボタンに悪戦苦闘している莉緒に和葉は優しく声を掛ける。和葉の目に、莉緒はもう一人で着替えも満足に出来ない小さな妹に映っているに違いなかった。
「大丈夫だよ、こんなもの」
莉緒はなんとかボタンを留め終わり、鏡の前で皺を整える。大きな丸襟にゆったりとしたデザインの女児ブラウスは莉緒の体にちっとも窮屈ではなく、むしろその姿はすぐ成長するからと一サイズ上の制服を着せられている小学生そのものだった。
「はい、スカート」
和葉から紺色の襞スカートを受け取って莉緒は絶望に近い恥辱を感じる。そういえば小学生の制服ってこんなのだったっけという懐かしい思いさえ感じさせてくれないのは、スカートのウェスト部分から伸びた二本の吊り紐だった。
「これ、しない訳には・・・・・・いかないよな・・・・・・」
仕方無く莉緒はスカートに足を通す。この間一度スカートを穿いたから緊張感こそ少しだけ薄れているが、裏部分に書かれている『星ヶ丘小学校』の文字が前回の私服とは比べものにならないくらい莉緒を恥辱に塗れさせる。
「ベルトがないとずり落ちちゃうくらいね。吊りスカートで丁度良かったじゃない」
ぶかぶか状態のウェストを見て和葉が楽しそうに言う。確かに手を離してしまうと、今にもスカートは落ちてしまうかと思うくらい莉緒の腰は華奢だった。
「うるさいよ、黙ってろ」
莉緒はそう言いながら吊り紐を肩に掛ける。思ったよりそれは窮屈で、両肩に紐を掛けてしまうとスカートは莉緒の腰より随分と高い部分に持ち上がってしまった。当然ながら裾の位置も莉緒が予想していた以上に高くなってしまい、莉緒は膝丈ほどになった自身のスカート姿を見て戸惑いを隠せなかった。
「なんだよこれ、今時の女子高生じゃあるまいし」
「そんなに短くないわよ。それにそのくらいの方が女子小学生らしいじゃない」
「でも、こんなのおかしい・・・」
「そんなことないよ。高学年ならともかく、低学年の子供ってよく動くじゃない。佐枝ちゃんもお転婆だったから、お母さんが足の邪魔にならないように少し短くしたんじゃないかしら」
暗に佐枝が低学年の時のお古を着せられていると言われているようで、莉緒はそれ以上何も言い返せなくなってしまった。
「あと、これね」
和葉は隠し持っていたように、背中から黄色い帽子と名札を取り出した。
「よういしゅうとうだな」
毒づくように莉緒は言ったが、もちろん和葉には通じない。
「当たり前じゃない。お兄ちゃんが男の子だってばれないように万全を尽くさないとね」
よくよく考えてみれば、昨日今日でここまでの準備が出来るはずも無いのだが、その時の莉緒はそれに気づく事もできないくらい余裕を失っていた。
「そして最後に女子小学生の定番でーす!」
もはや完全に和葉は楽しんでる事を隠そうともしなかった。
「はいはい、後ろ向いて。お姉ちゃんが背負わせてあげようね」
心底疲れ切った様子の莉緒が言われるままに背中を向けると、そのか細い腕に和葉は赤く塗られたランドセルの革紐を通していく。
「完璧じゃない!」
小学校の女子制服に白いハイソックス、胸の名札に黄色い通学棒、背中に赤いランドセルといった完全に小学生女子の姿にされた莉緒を見て和葉は感嘆の声を上げた。
「お、おい・・・・・・俺の方は・・・違和感ありありなんだけど」
鏡を見ながら莉緒はひらひらとするスカートを抑える。
「大丈夫だって、どこから見ても小学生の女の子だよ」
「全然うれしくねぇ!・・・・・・大体着替えたのはいいけど、これからどうすんだよ。もう登校時間だって過ぎちゃってるだろ。それに・・・・・・」
莉緒がようやく数々の疑問に思い当たったその時、いつかのように玄関のベルが鳴った。
「あっ、真琴が着たみたい。あの娘、計ったようにナイスタイミングじゃない。さぁ行くわよ」
「ちょ、ちょっ!心の準備が!」
「何言ってるの。この間恥ずかしい姿いっぱい見られたくせに」
「それとこれとは・・・・・・」
嫌がる莉緒の手を引いて和葉は階段を駆け下りる。そしてまたいつかのように、そこには莉緒を見下ろすように大きな真琴が笑みを浮かべて立っていた。
「おっ、莉緒ちゃん。制服姿もかわいいねぇっ!」
まるで男の子のように和葉は莉緒の姿を見て大きな声でそう言った。その声に莉緒に対する猜疑心は少しも感じられない。
「悪いわね、わざわざ家に寄ってもらって」
「気にすんなよ、丁度通り道だもんな。それに流石の俺だって、この歳で授業参観の父兄の役だなんて恥ずかしいんだぜ」
以前より何故か和葉の口調は更に男の子めいていた。
「そうね、二人で行くほうが心強いもんね。それよりこの子ったら、我が儘言って大変だったんだから」
和葉は莉緒をじろりと睨む。
「そう言えばもう一時間目始まる時間だもんな。どうした、お腹でも痛いのか?」
「違うの。今日になって莉緒ったら、自分だけママが来ないのは嫌だって無理を言うのよ」
「なっ!」
「それで今日は学校行かないなんて言い出すから、説得するのに今までかかっちゃったの」
「そっ・・・そんなことっ・・・・・・言って・・・・・・」
遅刻している理由を勝手に作られ莉緒は反論しようとした。だがその言葉は必死に言いつくろう子供の言い訳にしか聞こえなかった。
「お姉ちゃんを困らせちゃだめだぞ」
真琴の言葉に莉緒は項垂れる。
「だって・・・・・・」
「折角和葉はママの代わりに出席してくれるっていうのに、そんな我が儘な事言っちゃママも悲しむんじゃないかな。私だって今日はアネキの代わりなんだけど、優子の奴逆に喜んでたんだぜ。あっ、優子っていうのは私の姪って、莉緒ちゃん同じクラスだから知ってるに決まってるか」
「あっ!はっ!はいっ!」
莉緒は体裁を取るのに慌ててそう答えた。
「莉緒ちゃんって、優子に比べてちょっとまだ幼い感じだな。もう五年生なんだから、いつまでもママに甘えてちゃ笑われちゃうぞ。さっ、元気出して登校できるよな」
知らぬ間に甘えた末娘の烙印を押されてしまった莉緒だったが、もう今更言い訳が出来る筈も無く、彼はただ惰性のままに黙って頷くしかなかった。
「うんいい子だよ。じゃあ遅れないように行こうか」
「そうね」
和葉は簡単に返事をしたが、莉緒の心臓はもう爆発しそうだった。なにしろ男子高校生の彼が女児小学生の姿でこれから往来に出ないといけないのだ。
「はい、お気に入りの靴よ」
一方の和葉は落ち着き払ったまま、靴箱から自然な仕草で莉緒にスニーカーを取り出す。それを見た莉緒はまた少しだけ憂鬱な表情になった。
「どしたの、早く履きなさいよ」
それはどうみても小学生低学年くらいの子供が喜びそうな、可愛い装飾の施された水色のスニーカーだった。ポップな色使いに星形のアクセサリー。マジックテープで甲の部分を留める靴を履くのなんてもう一生無いと莉緒は思っていた。
「うん・・・」
どこから用意したんだと苦々しく思いながら、莉緒は震える手でそのスニーカーに足を通す。まるで誂えたようにそのサイズはぴったりだった。
「よし。じゃあ三人で仲良く登校だ!」
真琴がドアを開けると、初夏の爽やかな風と心地よい日差しが莉緒に降り注ぐ。
「まっ、待ってよぉっ!」
恥ずかしい女児制服姿で初めて外に出た莉緒の胸を、ぎゅっと何かが締め付けた。
「急がないと遅刻しちゃうよ!」
そんな莉緒の思いを知っているのか感じてもいないのか、和葉がその小さな手を握って小走りに走り出す。
「わぁっ!」
その時丁度莉緒を辱めるかのように吹き抜けた一陣の風が、彼の制服のスカートを翻らせた。
続きます