天使達の悪巧み 第二章 悪い子にはオシオキを
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「ほら早く上がってよ」
和葉は大袈裟に手招きをして真琴を迎え入れた。真琴はまるで男の子のようにひょいと片足を上げて靴を脱ぎ取ると、小さく「おじゃまします」と呟いて玄関に上がる。
「……ぅわぁっ」
莉緒の口から感嘆と溜息の入り交じった声が漏れる。同じ高さに立った真琴の身長は、文字通り見上げるようなという形容がぴったりだったからだ。
「んふふ……莉緒ちゃん、きちんとご飯食べてる?」
莉緒の驚きに気がついたのか莉緒の頭をぽんぽんと叩きながら真琴が笑った。中学生の女の子が高校生の男に子にする行為としては失礼千万なのだが、もちろん今の莉緒には表だって抗議出来る筈も無い。
「こいつ小食だから」
調子に乗った風に和葉が言った。兄なのに「こいつ」呼ばわりされた莉緒は益々怒りに胸をむかむかとさせた。
「お前、どういうつもりだよ」
階段を上りながら莉緒は少しばかりの抗議を耳打ちする。
「だってその方がらしいでしょ。お兄ちゃんの正体がばれないように気を遣ってあげてるんだからね」
自分で頼んだ事にも関わらず和葉は居丈高にそう言い放った。しかしそんな風に言われると莉緒が何も言い返せないのも事実だ。
「おっ、綺麗な部屋じゃん」
二階の階段を上がってすぐの扉、和葉の部屋に足を踏み入れた真琴は少年の様な声で感想を零す。
「へぇっ、和葉もちゃんと女の子だったんだな」
机の上に並べられた小さなぬいぐるみを手に持って真琴は笑う。
「ばーか、真琴に言われたくなんかないわよ」
「ちがいねぇ」
殊更男っぽくそう言うと、真琴は乱暴にぬいぐるみを元の場所に放り投げた。
「あたしはこういうのさっぱり分からないからな」
「で、その男勝りの真琴さんが手土産とはどういった風の吹き回しなの?」
皮肉るように和葉が言う。
「おいおい。あたしだって初めての訪問なんだから気くらい遣うよ」
「うそばっかり。大方お母さんにでも言われたんじゃない?」
「あんたエスパー?」
そう言って豪快に笑うと真琴は遠慮もせずに一番いい場所にあぐらをかいて座った。
「母さんがな、小さな子がいるんならお菓子くらい買って行きなさい、ってお小遣いくれたんだ」
真琴はちらりと莉緒を振り返る。「小さな子」呼ばわりされているのが自分だと気がつき、莉緒は思わず不満げに眉を顰めた。
「えっと……莉緒ちゃんだっけ。ケーキ喰うだろ?」
小さな机の上でケーキの箱を開けながらぶっきらぼうに言う真琴に対し、莉緒は首を小さく縦に振るしか無かった。
「ちょ、ちょっと!そのまま食べる気?」
「だって、スプーンだってついてるじゃん」
箱の中から出したケーキを、直接机の上に置こうとした真琴を和葉が制した。
「そんな事したら机が汚れるし、第一不衛生でしょ。今お皿用意するからちょっと待ってて」
「へいへい」
真琴は苦笑いしながら莉緒に向かって言った。
「なあ、お前の姉ちゃんいつもこんなのか?神経質で嫌になるよな」
「えっ?……あっ……うん……」
莉緒は同意する様に頷く。どちらかと言えば神経質なのは莉緒の方なのだが、今は素直に頷いておく方が得策だと思われた。
「莉緒、何勝手な事言ってるのよ。ほら、お皿取ってきなさいよ。お姉ちゃんにはお友だちが来てるんだから、言われなくてもわかるでしょ!?」
どうやら半ば本気で腹を立てた様子の和葉が莉緒にそう命令口調で言った。
「お……わたしが!?」
莉緒も思わず大きな声で言い返す。
「もう小学五年生でしょ。そんな事も出来ないの?」
「ご、五年!……せい……?」
和葉の中で自分がいつのまにか小学五年生という設定にされていた事に莉緒は驚愕した。恐らく六年生にしてもらえなかったのは和葉の意地悪であろう。しかしながらやはり莉緒は言い返せる様な立場では無かった。
「あ、あとで覚えて……」
『ろよ』の文字を喉の奥に飲み込んで莉緒は部屋から出て行った。
「そうそう。飲み物も忘れないでよ、あたしミルクティー!」
背中からかけられた言葉に莉緒は再び殺意を覚えた。
「まったく、皿くらい自分で出せっていうんだよ。あのデカ女が帰ったら小一時間ばかり説教してやるからな」
台所でぶつぶつと独り言を言いながら、それでも和葉は慣れた手つきで紅茶を用意する。生意気な事に和葉はティーパックでは納得しない。ペットボトルに入れてある軟水を沸かし、その間にポットカップを暖める。和葉のお気に入りのダージリンに専用のミルクを用意し、莉緒は太股に絡みつくスカートを気にしながら階段を再び昇った。
「はい」 和葉の部屋に戻った莉緒はわざとぶっきらぼうにそう言うと、音を立てて紅茶と皿を載せたトレーをテーブルの上に置いた。だが真琴の方はそれに気付く様子も無い。
「おっ、悪かったな。いつもお手伝いしてんのか、いい子だな」
相変わらず、当たり前だが莉緒を子供扱いする真琴に対し、和葉が憎まれ口を叩く。
「ううん、全然よ。いっつもママに少しくらいお手伝いしなさいって叱られてるんだから」
そればっかりは本当だったので莉緒も口を噤むしかない。口を真一文字にして彼はテーブルの横に腰掛けた。
「んんっ!?」
途端真琴がおかしな声を漏らしたので莉緒は驚いた。
「ど、どうかした……」
「莉緒ちゃん、パンツ見えてるよ」
「ああっ!!」
莉緒は慌ててあぐらをかいていた足を揃え直す。いつもの癖で男の子のような座り方をしてしまっていたのだ。
「こ、これはっ……」
内股をきつく閉じ、必死に言い訳を考えようとする莉緒に対し真琴は豪快に笑いかけた。
「大丈夫、気にしなくていいよ。私だってこれが普通だもん」
真琴はてらいも無くその場で足を組んでみせる。
「それにしても大人しそうな振りして、わりとお転婆なんだな」
「い、いや……その……」
「でも可愛いパンツ穿いてるじゃん。いいもの見させてもらったぜ」
幸い男の子だということは気がつかれなかったようだが、年下の女の子に小さな女の子用のショーツを穿いている姿をまざまざと見られ、莉緒は顔を真っ赤にするしかなかった。
「そいじゃ、食べようぜ。ほら、莉緒ちゃんから選びなよ」
小さな女の子がパンツ見られたくらい気にするなとでも言いたげに、真琴が莉緒の前にケーキの箱を突き出した。
「え、えっと……」
実のところ莉緒もケーキは嫌いではない。というか目がない類である。彼は自分の立場を気にしながらも箱の中を覗き込んだ。
「こ、これ……もらっても……いい?」
大好物のイチゴショートをその中に発見し、莉緒は恐る恐る指さす。真琴は嬉しそうに「莉緒ちゃんイチゴ好きか」などと言いながらそれを皿に取り分けてくれた。
「あ、ありがとう……」
なんだか一瞬、心の底がキュンとなった気がして莉緒に素直にそんな言葉を素直に吐かせた。いつも和葉だって彼の食事を作って世話を焼いてくれるのだが、それとは異なるなにか懐かしい感覚が一瞬だけ彼を支配したのだ。
「じゃああたしはモンブラン」
黙ってその様子を見ていた和葉が二人に割って入る。
「はいはい、私は残りものでいいよ。でもこうしてると何か親子みたいだな」
最後に残ったチーズケーキを手に取りながら真琴は笑う。
「どういう事よ?」
「だってさ、背の高さとか雰囲気とかさ、和葉がママで莉緒ちゃんが娘っぽいじゃん」
「あっ、なるほどね。で、あんたがパパってわけね」
「そうそう、ほらほっぺたにクリームついてるぞ」
真琴はおかしそうに莉緒の頬に手を伸ばした。
「変な事……言わない……で……」
そう否定しながらも莉緒はそんな空気を感じずにはいられなかった。するとそれぞれの手元にあるケーキの種類でさえもその立場に相応しいもののように思えてきた。
「こ、紅茶お代わりあるよ」
次第に自分の立場が気恥ずかしくなり、ケーキの味さえも分からなくなった莉緒は、それを誤魔化すようにティーポットに手を伸ばした。だが慌てたのがいけなかった。「悪いな」とカップを差しだした真琴の手にぶつかり、莉緒はポットを取り落としてしまったのだ。
「あちっ!」
テーブルの上でワンバウンドしたポットは、悪いことに真琴の方に中身をぶちまけた。小さな悲鳴のあと、真琴の穿いているパンツが紅茶色に染まっていく。
「ご、ごめんなさいっ!」
「ちょっと莉緒!何してるのよっ!」
あっけにとられてしまった莉緒を置き去りに、和葉はすぐに濡れタオルを用意し真琴の体を拭いてやる。幸い火傷は無かったようだったが、真琴のパンツには染みが残ってしまったようだった。
「ごめんなさいね、ほんとこの馬鹿が……」
「いいよいいよ、どうせすぐに汚してしまうんだから」
気にしている様子も無く真琴は莉緒の方をみやる。
「それより莉緒ちゃん、ケガは無かったか。女の子なんだから気をつけないといけないぞ」
「うん……大丈夫……」
所在なげにそう呟いた莉緒だったが、思いがけず和葉が厳しい言葉を投げかけた。
「ほんっと馬鹿なんだから。とにかく早く真琴に謝まりなさいよ、お姉ちゃんごめんなさいってさ」
さすがにその言葉に莉緒は腹を立てた。零してしまったのは事故の類だし、大体こんなおかしな事になった遠因を作ったのは和葉のせいなのである。少しは言い返してやろうと莉緒はムキになってしまった。
「な、なんだよ。お茶ぐらい自分で淹れないからだろ!」
言ってしまってから莉緒は慌てて口を押さえた。
「ふーん、随分生意気な口が聞けるようになったじゃない」
和葉の方はもうすっかり姉気分のようだった。真琴の手前、それに関しては文句の言えない莉緒に対し、彼女はたたみかける。
「私いつも言ってるよね。莉緒は女の子なんだから、男の子みたいな言葉遣いや行動をしちゃダメだって。それなのに黙って見てたらなによ、あぐらをかいて座るわ、男の子みたいにがさつに紅茶を零しちゃうわ。あげくの果てに乱暴な言葉で私に噛み付くなんて」
「なにをっ……」
どうやらこのままでは分が悪いようだった。兄としての経験として彼は下の弟妹が受ける理不尽さを知っていたのだ。
「そうだな。少しは反省した方がいいぞ」
思いがけない声を掛けたのは、さっきまで黙って聞いていた真琴だった。彼女はさっきとは打って変わった不機嫌そうな目で莉緒を見下ろしていた。
「そ、そんな……」
恐らく自分の味方か、間を取りなしてくれると思っていた莉緒は彼女の変貌に驚いた。このままでは自分だけが悪者になってしまう。
「莉緒ちゃんだってもう五年生なんだろ。そしたら相手の気持ちってものも考えないといけないな。そうしないと学校でお友達にも嫌われちゃうぞ」
「そうそう。この子あんまり友達いないみたいでさ。家にもあんまり連れてきた事ないのよ」
莉緒は唇を噛みしめる。高校生という立場こそ違え、それが事実だったからだ。
「それにさ、お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞かないといけないぞ。私も歳の離れた兄ちゃんからは色々と教わったからな」
「まああんたの場合は、その男っぽいところもね」
「茶々をいれるなよ。あれっ?」
その時真琴が莉緒の穿いているスカートに手を伸ばした。
「ひゃっ!」
一瞬スカートを捲り上げられるのではないかと恐怖した莉緒に、彼女はゆっくりと言い聞かせるように告げる。
「あーあ、やっぱり自分も汚してんじゃん。ほら」
見れば和葉のお古のスカートの裾が、少しだけ染みになってしまっていた。
「あらあら、着替えた方がいいわね」
「こんなくらい大丈夫だよ」
思わぬ提案をしてきた和葉に対し莉緒は言い返す。確かにそれはほんの一センチ、着替えるまでも無いくらいの染みだった。
「だめよ、後に残ったらどうするのよ。洗濯するのは私なのよ」
「そ、そうかな……」
ひょっとして和葉はこれにこじつけて自分を部屋に帰らせるつもりなのだろうか。そう思い至った莉緒は慌てて言い直す。
「うん。そうだね、私着替えたいな。こんな洋服じゃ風邪引いちゃうかも」
真琴がそう言った彼を苦笑いしながら見返す。だがさすがに言い過ぎたかなと思った莉緒に対し、和葉が再び思いもよらない言葉を発した。
「そう。じゃあすぐに着替えなさいよ、ここでね」
「えっ?」
見上げた和葉はニヤリとした表情を浮かべていた。
「い、いや……自分の部屋で着替えるよ……恥ずかしいもん」
女の子としては自然な答えだろう。慌ててそう言った莉緒に対し、和葉は演技がかったセリフを口にした。
「何言ってるのよ。あんたの部屋カギが壊れて今朝から入れないんじゃない」
「はぁっ?そんなこと……」
「へぇっ。じゃあ私がみてやろうか。大工仕事とか得意なんだぜ」
「い、いやっ!無理っ!無理だからっ!えっと……すっごく固く閉まってってもう素人じゃ手が出せないくらいなの!」
莉緒は狼狽し、一転して和葉の言葉を肯定した。何しろ彼の部屋はもちろん女の子っぽくあるはずもなく、室内を見られれば不信を抱かれるのは間違い無いのだ。
「ねっ、私の言うこと聞いておいた方が良かったでしょ」
和葉は小さな声で囁きかける、自分から種を撒いておいてなんという言いぐさだろうか。
「でも困ったわね。もう私のお古もないし、今の私の服じゃ大きすぎるし……」
「ふーん、その洋服って和葉のお古だったんだ。お前も昔は可愛い服着てたんだな」
クローゼットを開いた和葉に対し、冷やかすように真琴が言う。
「ちょ、ちょっと……だったらいいよ。このままの服で」
「ダメよ、さっき自分で風を引いちゃうって言ったでしょ」
「そ、それは……」
まさかここから逃げ出したい一心で言ったとも言えず、莉緒はしょぼんと俯く。しかし替えの洋服は無いならそれは好都合だ。
「もういいよ、わたしこれで我慢するから」
それは本心だった。だが和葉の方は何故かそれを受け入れようとはしない。莉緒の正体が知られて困るのは彼女も同様の筈なのにと莉緒は訝しがった。
「それにしても、和葉がそんな可愛らしい服で小学校通ってたなんて信じられないよな。その頃のお姉ちゃんは優しかったか莉緒ちゃん?」
「そうだ、それよそれ!」
真琴の言葉に何か思いついたように和葉が手を叩いた。
「ええっと、たしかこのあたりに……」
学習机の椅子をクローゼットの前に持ってくると、和葉はそう言いながら上に積んである大きな箱に手を伸ばす。
「おいおい、あたしに言ってくれればいいのに」
様子を見ていた和葉が椅子に乗ることもなく軽々と箱を受け取った。
「そうそう、残しておいて良かったわ」
床に下ろされた綺麗な箱には、『CHILD DRESS』と筆記体で書かれてあった。
「やだやだ!絶対やだっ!」
箱から取り出された衣装を見て莉緒は悲鳴に近い拒絶の声を上げた。
「どうしてよ、折角莉緒の体格に合う衣装を見つけたのに」
「まあまあ、この年頃の子供って背伸びするもんだろ。こんな可愛い衣装じゃ仕方ないかもな」
「でも仕方無いでしょ。お姉ちゃんがフラワーガールをしたときに着たドレスのどこが嫌なの?」
莉緒の拒否の理由が本当に分からない筈が無いのだが、和葉は不思議そうにそのひらひらした衣装を莉緒の体にあてがった。
「ほらこんなに似合ってるわよ」
それだけで莉緒の頬は真っ赤に染まる。それは高校生の男の子が着るにはあまりにも恥ずかしい衣装、淡いピンク色をしたエプロンドレスだったからだ。
「ねっ、今だけでいいから。後で業者さんがきてカギを開けてくれるまででいいから、我が儘言わないでこれを着ておいて」
和葉は今度は手を合わせて莉緒にお願いする振りをした。そんな風にされればまるで莉緒が本当に我が儘を言っているように見えてしまう。
「そうだな。莉緒ちゃん、あまりお姉ちゃんに迷惑かけちゃだめだぞ」
案の定真琴までもが和葉の肩を持つ。しかし莉緒にとって簡単に頷ける筈も無かった。
「いや。私絶対に着ない」
あえてふくれっ面をし、聞き分けの無い少女の振りをして莉緒はそう言って見せた。そこまですれば二人も諦めてくれるだろうと思ったのだ。
「いい加減にしなさいよ」
だがそんな期待はすぐに幻想と化した、何を思ったのか和葉が鬼のような形相で莉緒のトレーナーに手を掛けたのだ。
「ほら、自分で着れないならお姉ちゃんが脱がしてあげる!」
「ま、待てっ、おい、和葉っ!」
驚愕した莉緒は不意にそんな素に帰った口調で彼女を現実に引き戻そうとした。だがその言葉は真琴の耳の方に響いてしまった。
「こらー、莉緒ちゃん。さっきも言ったでしょ、お姉ちゃんの言うことを聞きなさいって!」
それは今日初めて見せた真琴の怒りの顔だった。女の子としては低すぎる声で一喝された莉緒はそれだけで震え上がってしまった。
「ご、ごめんなさい……」
真琴の顔も見れずに莉緒は俯く。そんな彼の頭の中に、何故か少しだけ懐かしい思い出が蘇る。
(もうしない……もうこんなことしないから……)
「わかったみたいだな。じゃあ大人しく着替えられるか?」
遙か高みから聞こえるその声に莉緒は黙って首を縦に振るしか無かった。
「あ、あまり見ないでよっ……」
「いいじゃん。莉緒ちゃんったら、綺麗な肌してるね」
とうとう莉緒はそんな風にして、二人の前で子供用ドレスに着替える羽目になってしまった。さすがに背中を向いてとはいうものの、女児用の下着を着ている姿を年下の少女に見られるのは考えられない屈辱だった。
「んっ……」
トレーナーとスカートを脱ぎ、その恥ずかしいドレスに手を掛ける。ふわふわしてやたら広がったスカート、スカートと一体となったフリルのついた真っ白いエプロン。初めて着るワンピースに莉緒は四苦八苦した。
「ほら、お姉ちゃんが手伝ってあげる」
見かねた和葉が背中のホックを留めるのを手伝ってくれる。
「お前どういうつもりだよ」という小声の質問に彼女は何も応えてくれなかった。
「はい、可愛いお人形さんの出来上がりね」
背中のファスナーを上げられ、箱に一緒に入っていたリボン付きのヘアバンドを髪に着けられると、和葉の言うとおり莉緒は到底高校生の男の子には見えない小さな少女に変身してしまった。
「思った通り。やっぱ似合うじゃない」
笑いをかみ殺すようにして和葉が言うが、当の莉緒としてはたまったものではなかった。普段着のスカートならまだしも、まるで童話に出てくるお姫様のようなドレスを高校生の男子が着せられているのである。
「そんな事ない!じっと見るなよ!」
二人の少女達にまじまじとその姿を観察され、莉緒は思わずそんな風に乱暴に叫んでしまった。
「こーら、莉緒ちゃん」
なんとも困った風な声で真琴が莉緒に近付く。
「な、なにっ……」
自分より遙かに背の高い真琴に威圧されながらも、莉緒は負けじとばかりに彼女をにらみ返す。殊更女の子っぽい格好にされたせいで、逆に莉緒の男としてのプライドが沸き上がってきたようだった。
「せっかくお姉ちゃんが珍しく優しくしてくれたのに、どうしてそんなに素直になれないんだ」
「だって……」
莉緒は口を噤む。だって自分は男だからだなんて言える筈も無かった。
「だって、じゃないでしょ」
さっきまで笑っていた筈の和葉がその様子を見て畳み掛けるように追随した。
「大体あんた、さっきの事きちんと真琴に謝ってもいないでしょ。おまけに着せてあげたお洋服はイヤだって言うし、我が儘もいい加減にしなさい」
「なんだよっ!これは大体和葉がっ……」
一瞬言いかけて莉緒は躊躇した。いっそのこと全てバラしてしまおうか。しかしじっとこちらを見つめる真琴の姿を見れば、そんな恥ずかしい事実はとても口に出来なかった。
「ほら、こっち来なさい。お姉ちゃんを呼び捨てにするような子はオシオキよっ!」
「わっ!」
その一瞬の隙をついて、和葉は莉緒を傍にあったベッドに押し倒した。
「な、なにをっ!」
「じっとしてなさい!」
和葉はすぐに倒れ込んだ莉緒の体を上半身を抱え起こすと、今度は自分がベッドの脇に座る。
「やめっ!やめろぉっ!」
何をされるのか分からず莉緒は暴れるが、慣れていないヒラヒラして洋服のせいもあって中々思うように抵抗が出来ない。
「ほらっ。大人しくしろってば!」
そのうち真琴までもが彼の体を押さえつけ始めた。そうなるともはや莉緒の力ごときでは立ち上がることも出来ない。あっというまに彼は腰掛けた和葉の太股の上に俯せに寝かされてしまった。
「は、はなせぇっ!」
莉緒は足をばたつかせて逃げようとするが、和葉の手で背中を押さえつけられどうしようも無い。次の瞬間、彼は自分が何をされるのかを理解した。
「悪い子供にはやっぱりこれよね」
そう言って和葉が莉緒のスカートを捲り、無理矢理履かされたお子様ショーツをずり下げたのだ。
「うわぁぁぁっ!」
真っ白なお尻を丸出しにされ、莉緒が悲鳴を上げた。
「やめろぉっ!元にもどせぇっ!!」
当然ながら更に激しく抵抗する莉緒に対し、和葉は彼の頭上から小さな声で語りかける。
(いいの?このまま私が手を離したらチンチン見えちゃうよ)
莉緒の動きがぴたりと止まった。確かにこのままでベッドから転げ落ちようものなら、捲れあがったスカートの下のペニスが真琴の目に入ってしまうかもしれない。
「でも……」
そんな事態だけは避けなければならない。しかし莉緒の動きが止まったその一瞬に、和葉は容赦無く「オシオキ」を開始した。
「パーンッ!」
狭い部屋に莉緒の尻が大きな音を立てる。
「ったーっ!!」
同時に莉緒の口から悲鳴が零れた。
「ほら、自分で数を数えなさい。そうね、10回くらいで許してあげようかしら」
「ぃひーっ!!」
そう言いながら和葉は更に莉緒の臀部に右手の手の平を叩きつける。
「ほらほら、数えないといつまで立っても終わらないわよ」
「いたいいっ!!」
三発目を打たれ、その痛みに莉緒は思わず和葉の膝の上から逃げようとした。だがチラリと真琴の姿が目に入る。
「私もよく小さい頃、母さんにぶたれたな。やっぱり小さい子にはこうやって体で教えないとな」
「いぎぃぃぃっ!!」
不安定な姿勢で逃げればペニスが見えてしまうかもしれない。それにこんな姿を見られては、なおさら男の子だと…和葉の兄だと知られる訳にはいかない。莉緒はそのまま和葉に尻を打たれ続けるしか無かった。
「強情ね。いつまで素直になれないのっ!」
「いぎゃぁぁぁっ!!こっ!…このっ……調子に……いたぁぁっ!!」
だが実の妹だとは思えないほど無慈悲に、和葉は休むことなく莉緒のお尻を叩き続ける。次第に彼の臀部は赤く染まっていった。
「……い、いっか……い……」
「えっ?聞こえないわよ」
「……いっかいっ!っていってんだろ!」
莉緒はとうとう大きな声で和葉の命令に従ってしまった。
「まあまあ口が悪いこと。でも少しは素直になれたかしら。じゃあもう一度一回目からね!」
「い、いひゃぁっ!!……い、いっかぁいっ!」
このままでは一生ここから解放されない。そう思ってそう口にした莉緒だったが、声を出してから、あまりの情けなさに目に涙が浮かんでくるのを感じた。なにしろ妹からお尻叩きのオシオキを受けているのだ。しかもその友人の目の前で、小さな女の子のような姿で。
「はい、いい子よ。あと9回ね。」
「っったぁぁいっ!!……に、にかいぃっ……」
「声が小さい!」
「にかい…にかいですぅっ!!」
知らない間に彼は敬語で応えてしまった。それは彼の体が痛みに屈服した証拠だった。
(ぷっ……にかいですっ、だって)
和葉は思わず笑いを抑えきれないように呟く。
「こ、このっ……あ!ひひゃぁぁっ!!」
だが更に加虐心を刺激されたかのように和葉は平手を振り下ろす。思わず莉緒は助けを求めるように真琴の方を見たが、彼女は腕を組んで楽しそうにその様子を見ているばかりだった。
「きゅ、きゅうかいですぅっ!!」
もう尻は焼けそうに熱かった。打たれる度に、ひょっとして尻の皮が剥けているんではないかと思うほどの激痛が莉緒の全身に走った。
「じゃあ、最後ねっ!」
「ひ、ひいぃぃぃっ!!いたいよぉっ!!……じゅ…じゅっかい……で…す……」
「はい、よく我慢できました。これに懲りたらこれからはいい子でいるのよ」
「わかった。わかったから……」
莉緒の瞳から流れ出ている涙は、恥ずかしさや悔しさのものではなく、既に痛みによるものへと変わっていた。精根尽き果てた彼は和葉の膝の上で疲れ切ったように体をぐったりとさせるばかりだった。
「ほら、いつまで甘えてるの。自分で立てるでしょ」
三分も過ぎた頃そう言われ、莉緒はようやく我に返った。和葉の膝の上に乗せられ、火照った尻を撫でられているうちに、なんだかまるで眠ってしまったかのような感覚を彼は感じていた。
「パンツはかせてあげるね」
莉緒は真琴に見られないような角度で莉緒のパンツをたくし上げる。柔らかい女児用のショーツは真っ赤になった臀部にも痛みを感じさせはしなかった。
「じゃあ言えるわね。真琴お姉ちゃんに、ごめんなさいって」
促され、立ち上がった莉緒はスカートの裾を直しながら真琴の方に向き直って真っ赤になった。
「あ、あの……」
笑みを浮かべて座っている真琴に莉緒は頭を下げた。
「真琴……さん……紅茶零してごめんなさい……」
「私はいいよ。それよりお姉ちゃんにも謝っときなよ」
「え?……」
「だって、和葉がこんなに妹の事を可愛がってるなんて知らなかったもんな。こんなに面倒見て、気に掛けてくれるお姉さんなんてあんまりいないぞ」
本当の事も知らないで勝手な事をと思いながらも、表面上莉緒は真琴の言うとおりにするしかたなかった。
「お、お姉ちゃん……ごめんなさい……」
莉緒の言葉に和葉は少し満足そうに頷き、そしてこう言った。
「謝るのはいいよ。代わりにお礼を言ってもらおうかな」
「えっ?」
「だって、さっきのお尻叩きが莉緒の為だって分かってほしいからさ。莉緒がいい子になれるようにお尻を叩いたんだよ。私だって莉緒が泣きわめくのを見て辛かったんだから」
和葉が口からでまかせを言っているのは明白だったが、莉緒としてはここで口論をするわけにはいかなかった。彼は仕方無く屈辱の言葉を口にする。
「か、和葉お姉ちゃん……私が、いい子になれるように、お…おし……お尻叩きの……オシオキをしてくれて……あ、あり……がとう……私……これからは…いい…いい子に……なるね」
俯きながら顔を真っ赤にしてそう言った莉緒には、彼のすぐ前と後ろで口に手を当てて笑いを抑えている二人の年下の少女の姿など、目に入っている筈も無かった。