天使達の悪巧み 第九章 ぼくのかえるばしょ
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莉緒は駅のホームに立っていた。
その小さな手を握ってくれているのは母親だ。
自分より遥かに背の高い母親を見上げて莉緒は言う。
「お母さん、帰ってきてくれたんだね」
母親は少し微笑んで、莉緒に言い聞かせるように口にした。
「莉緒はもうお兄ちゃんでしょ」
「えっ?」
その時、大きな音を立てて電車がホームに滑り込む。
両開きのドアが開くと既に乗車していたのは、まだ幼い和葉だ。
「一人で来れたの?偉かったわね、和葉」
母緒は和葉の頭を撫でると「じゃあね、莉緒」と一言だけ言って、電車に乗り込む。
「お母さん!」
引き離された手を伸ばし、莉緒は叫ぶ。
だがもう母親は振り返らなかった。
電車が去ったホームで、莉緒は大きな声を上げて泣き続けた。
「・・・莉緒ちゃん」
「・・・莉緒・・・どうしたの?」
「う、うぅん・・・」
長い間眠っていたようだ。頭がぼんやりする。目の前には和葉と優子の顔がうっすらと見える。
「あ、あれ?・・・ここは・・・」
考えるよりも先に下腹部の違和感に気がつく。性器を押しつぶすような圧迫感、そして皮膚に纏わり付くようなじゅくじゅくとした気持ちの悪い感触。莉緒は段々と自分の置かれた状況を思い出してきた。
「どうしたの、涙で枕がぬれちゃってるわよ。怖い夢でも見たの?」
和葉がガーゼのハンカチで目尻を拭ってくれる。
「それとも、お腹すいちゃったかな? もしかしてオムツ濡れてる?」
優子が莉緒の股間に手を伸ばした。
「やだっ!」
思わず莉緒は優子の手をはねのけた。
「そんなに嫌がるってことは、やっぱりしーしーしちゃったのね。ほら、いい赤ん坊になるって約束したでしょ。それともそのまま濡れたオムツあててるの?」
「まぁまぁ、そんなに怒らないであげようよ」
少しだけきつい口調になった和葉を諭すように優子が言った。
「莉緒ちゃん、『おぎゃぁおぎゃぁ』って泣いてオムツが濡れていることを知らせてくれたんだもん。とってもいい赤ちゃんじゃない」
「言われてみればそれもそうね。莉緒ちゃん、えらいでちゅよぉ。まるで本当の赤ちゃんみたいでちゅねぇ」
うってかわって和葉が莉緒の頭を撫でる。しかし莉緒としては只恥ずかしいだけだ。
「でも、お姉ちゃんの手を払いのけるのは感心しないわね。ほら、オムツ交換の時は、手はここね」
優子が莉緒の両手を頭部の横に無理矢理持ってこさせる。
「すぐに済むからぎゅっと握ってるのよ」
二人の少女に見守られ、莉緒は為す術も無かった。オムツカバーの前当てを開く音が小さな部屋に響きわたる。
「ほーら、やっぱりオムツ濡れてるじゃない」
ぞうさん柄の布オムツがたっぷりと水分を吸収しているのを見て優子が笑う。
「莉緒ちゃんったら、本当に赤ちゃんになっちゃったのね。眠っている間にこんなにオムツ濡らしちゃうなんて」
「そ、そんな・・・僕はもう・・・おとな・・・」
少しばかりの抵抗を口にした莉緒だったが、その表情がこわばる。
「あれ、どうしたの?」
そ、それって・・・下腹部から取り去られる布オムツを見て莉緒は気づいたのだった。
「あらら、莉緒ちゃんったらおりこうさんなのね。そうよ、眠る前にしていたオムツと違うよねぇ」
「・・・」
「」
「なら、どういうことか、わかるよね。ほら、あそこ見える?」
優子が部屋の天井の片隅を指さす。そこには眠る前には存在しなかった、ピンク色をしたパラソルハンガーが掛かっている。その全てのアームにはひよこ柄の布オムツが垂れ下がっていた。
「今日はあまり天気が良くないから室内干しにしたの。赤ちゃんのいる家庭って洗濯が大変って本当よね」
和葉が困った風な顔で言った。それは全くの嘘で外は快晴だった。和葉はただ、莉緒を辱める為だけにたっぷりの布オムツを室内干しにしたのだ。
「だって、莉緒ったら眠ってる間に二度もオムツを濡らすんだもん。赤ちゃんはおしっこの回数が多いから仕方無いけど、もう少し大きくなったらトイレトレーニングしようね」
「う、うそ・・・」
莉緒にとって俄かには信じられなかった。我慢しきれなかった昼間のお漏らしならともかく、オネショをしてしまうなんて。しかも二回も。自分の体が本当に幼児のようになってしまったのだろうか。
「でも安心してね。私のお古のオムツはいっぱいあるからね。それから、足りなかったら和葉ママが仕立ててくれるからね。莉緒ちゃんは赤ちゃんにしてはおしっこの量が多いけど気にしなくていいのよ」
「うん、赤ちゃんはいっぱいおっぱいを飲んでおしっこするのが仕事みたいなもんだからね。ちょっと大きな赤ちゃんだけど、気にしないでオムツ汚していいのよ」
二人とも、優しい振りをしながら莉緒の羞恥心をずきずきと突いてくる。
「はい、あたらちいオムチュでちゅよぉ」
優子が莉緒の股間をおむつ替え用のウェットティッシュで拭き取り、新しい布オムツを敷き込む。
「新しいおむちゅ、気持ちいいでちゅねぇ。莉緒ちゃんはおむちゅ大好きだもんねぇ」
「い、いや!もう起きるからそんなの必要ないよ!」
必死に抗う莉緒だったが、二人は構いもしない。
「寝る前にお漏らししちゃったのもう忘れたの?」
「まぁまぁ、小さい子ってすぐにお姉ちゃん扱いしてほしがるもんだから。ほら、できあがり」
あっという間に、優子は莉緒の下腹部をオムツカバーで包んでしまった。
「今度はうさぎちゃんのカバーよ。女の子らしくてとっても可愛いね」
そうは言われても、莉緒には自分の下半身を見る勇気など無かった。
「じゃあ、朝ご飯にしよっか」
新しいロンパースに着替えさせられ、真琴に抱きかかえられてリビングに連れて来られた莉緒は、いつの間にか用意されていたベビーチェアに座らされた。落下防止用のベルトを締められればもう椅子から下りる事もできない。今の莉緒にとってそれはまるで拘束具だった。
「はい、真琴パパ、優子」
和葉がすっかり母親気取りで、二人の前にトーストと目玉焼きといった簡単な朝食を並べる。しかし莉緒の前にあるのは一本の哺乳瓶と、プラスティック製の小さな皿に盛られた離乳食だった。
「はい、涎掛けしようねぇ」
優子がお姉さん口調で莉緒の背中から涎掛けを首に掛ける。
「オムツと一緒のうさぎさんだよ。良かったねぇ」
縁にフリルがたっぷりと飾られた涎掛けをされると、莉緒は益々幼女にしか見えなくなる。和葉と真琴はそれを微笑ましく見ていた。
「はい、ミルクでちゅよぉ」
優子が哺乳瓶の乳首を莉緒の口に押し当てる。だが素直に飲めるほどまだ莉緒の羞恥心は枯渇していなかった。
「あれ?お腹空いてる筈なのに・・・飲まないとお姉ちゃんになれまちぇんよぉ」
優子は莉緒の口に乳首を押し込む。莉緒が必死に抵抗しているうちに、その先からミルクが零れ出す。
「莉緒ちゃんは、まだ哺乳瓶早かったかな?」
ミルクが莉緒の唇を伝い、涎掛けを汚していく。
「ふ、普通のコップで飲める・・・」
そう言おうとした莉緒だったが、莉緒の言葉が彼の心に突き刺さる。
「やっぱりママのおっぱいがいい?」
この場合のママというのは和葉の事では無かった。莉緒の本当の母親である。
「まだ莉緒ちゃんはママが恋しいのかな?」
「そ、そんなこと・・・」
その言葉は莉緒の少しだけ残っているプライドに響いた。実際は妹である和葉に母親が恋しいの?などと言われるのは兄として耐えがたかった。
その時莉緒の頭に先ほどの夢の光景が浮かぶ。
「お、お母さんを僕から奪い取ったくせに・・・」
それは本当に小さなつぶやきで、他の三人には聞き取れなかった。だが莉緒自身がその自分の口から出た言葉に愕然とした。
(そうか・・・僕は・・・和葉に・・・しっと・・・)
「の、飲める・・・自分で・・・」
顔を真っ赤にした莉緒は、両手で哺乳瓶を掴むと自ら乳首を口に含んだ。
「わぁ、えらいね莉緒ちゃん」
「すごい、すごいぃ!」
「ほら、まんまも食べようね」
優子が離乳食を載せたスプーンを莉緒の口に運ぶ。もう自分でなんでも出来るもんとばかりに、莉緒は素直にそれを口に含んで咀嚼した。
「莉緒ちゃんすっかり、お姉ちゃんだね」
「だ、だって・・・ぼく・・・私は赤ちゃんじゃ・・・赤ちゃんじゃないもん!」
「うん、うん。分かってるわよ。莉緒はもう赤ちゃんじゃないよね。お姉ちゃんだもんね」
こんな状態で、居心地がいい筈が無いのに妙に心地よい。自分が失ってしまった幼い頃の母親と一緒だったお家。羞恥心と安堵感の狭間で莉緒は段々と大人の自分を失っていった。
「今日はいい天気だね」
気がつけばいつのまにか薄い味付けの離乳食で莉緒がお腹を膨らませた頃、真琴がそう呟いた。その言葉に莉緒はなぜだか違和感を感じる。
「ほんと、家にいるのが勿体ないくらいね」
和葉は同調するように言うと、立ち上がって庭を眺めた。
「これなら洗濯物、外に干せたわね。天気予報じゃ曇りって言ってたからベビールームにしといたのに」
それが莉緒が汚した布オムツに対しての言葉なのは明白だった。
「外で干したほうがカラリと乾いて肌にもいいのにね。莉緒ちゃんもそう思うでしょ?」
優子が母親のように同意を求める。しかし莉緒が素直に頷ける訳も無い。
「んふふ。そのうち違いが分かるようになるわよ。だって、まだ当分莉緒はオムツが手放せそうもないもんね」
からかうように言った和葉の言葉に莉緒は頬を赤らめた。
(ぼく・・・当分このままなのかな・・・いやだ・・・こんな赤ん坊みたいな生活をずっと続けるなんて・・・やっぱりきちんと嫌だって言わないと)
「も、もういい加減に・・・」
莉緒がそう言おうと思った矢先、真琴が思いついたように立ち上がった。
「よし、じゃあ少し出かけようか。莉緒もたまには日光に当ててやらないとな」
「え?」
莉緒にはしばらく真琴の言った言葉が理解出来なかった。
「わーい。じゃあ私、着替えてくるね」
はしゃぎながら優子が部屋に向かう。お腹いっぱいのぼんやりした頭で莉緒は精一杯考えて言った。
「じゃ、じゃあもうこのママゴトは終わりなんだね」
莉緒の希望的観測。まさかこの格好のまま外に行くなんてことは無いだろう。ようやく自分はこの悪夢から解放されるのだ。そんな思いが詰まった一言だった。
「なに言ってるの。一人であんよもできない赤ん坊のくせに」
「・・・えっ・・・・・・・」
莉緒にも本当は分かっていた。真琴が言うからにはそういうことなんだと。天気が良いと言い出した時点でもう分かっていたのだ。しかしあまりにも恐ろしい想像が現実になることを拒否した莉緒の頭はそんな筈が無いと結論づけるしか無かったのだ。
「ま、まさか!嘘だよね!」
「嘘の筈ないでしょ。莉緒はまだ自分が誰だか分かっていないの?」
「だ、だって、こんな格好で外に出るなんて!絶対おかしいよ!変に思われるよ!」
「大丈夫大丈夫。それに、そのままの格好でなんて言って無いでしょ」
和葉の言葉に莉緒は少し安堵した。だがそれはほんの束の間だった。
「そんなだらしない格好でお外に連れていけないわよ。さっ、お出かけ用のおべべに着替えましょうね」
莉緒が顔を青くした瞬間、真琴がベビーチェアから彼を抱き上げた。
「ママが可愛らしいお洋服を用意しておいてくれたんだぞ。きっと莉緒も気に入るよ」
「や、やだやだやだ!」
足をじたばたとして暴れる莉緒だったが、それは虚しく空を切り裂くだけだった。
「まぁ、可愛い。まるでお人形さんみたい!」
自らもお出かけ用のワンピースに着替えた優子が手を胸の前で握りながら感嘆の声を上げた。
莉緒が着替えさせられたのは、少し赤みがかったクリーム色のベビーワンピースだった。。丸い大きな襟にはフリルがたっぷりあしらわれ、セットになった涎掛けには可愛らしいうさぎのイラストが描かれている。スカート丈はありえない程短く、オムツカバーが丸出しだ。
「ね、ねぇ・・・これ、ズボンかなにかを穿くんじゃないの・・・これじゃあ丸見えだよぉ・・・」
莉緒が泣きそうな声で訴える。
「心配しなくていいわよ。オムツカバーは外してあげるから」
「ほんと!?」
莉緒は和葉の顔を縋り付くように見上げた。
(さすがにオムツのままで外出は酷すぎると思ったんだ・・・)
もちろんベビーワンピースでの外出も、死にたいくらいの恥ずかしさに違いないがオムツをあてているのと、あてていないとでは天と地ほどの差がある。この様子なら少し外に出て帰ってくるだけかもしれない。既に幼稚園女児制服での外出経験もある莉緒にとって、それはかろうじて我慢できるかもしれない状況だった。
「うん、お外でお漏らししたら大変でしょ。替えの布おむつもかさばるし」
「うん、うん、そうだよね」
いつもなら、お漏らしなんてしないよと言い張る莉緒だったが、この時とばかりに彼は同調した。
「じゃあ優子、莉緒のオムツを外してくれる」
自分で出来るよと言いたかった莉緒だったが、折角の和葉の機嫌を損ねては元も子もない。あまり我が儘を言うと、やっぱりオムツのまま連れ出すとも言いかねない。
「はーい。じゃあ、莉緒ちゃんゴロンとしようか」
莉緒は言われるままリビングに敷かれたオムツ交換シートに横たわる。自分がすっかり大人の機嫌を気にする幼児のようになっている事に彼は気がついていなかった。
「んふふ、ちょっとだけ漏れてるね」
(えっ!?)
朝オムツを交換されてからまだ一時間と立っていない。しかもお漏らしした感覚が無いのに漏らしていると言われたことに莉緒は驚いた。
「ほら、濡れてるでしょ」
優子が見せつけた布おむつは、びっしょりと言う訳では無かったが、確かに一部分が円形状に湿っていた。
「やっぱり莉緒ちゃんはまだオムツが必要なんだね」
優子の言葉に莉緒は顔を赤らめるが、少しの間でもオムツを外してもらえると思うことで彼はその言葉責めに耐えようとした。だが、
「じゃあ新しいオムツあてるからね〜」
「ええっ!オムツはしなくていいって言ったじゃない!」
莉緒は思わず叫んだ。
「誰もそんな事言って無いわよ。布オムツは不便だって言っただけでしょ」
「そ、そんな・・・」
和葉が手に持っているものに莉緒は呆然とした。それは乳幼児用のテープ式紙オムツだった。
「これならお外でお漏らししてもすぐに交換できるでしょ。汚れたオムツは捨てることもできるしね」
「し、しないよ!ぼくもうお漏らしなんてしないよ!」
言わないで済ませておきたかったセリフを莉緒はようやく口にしたが、もうそれは遅かった。
「何言ってるの。ついさっきお漏らししてた赤ちゃんが」
そう言われれば莉緒には返す言葉も無い。
「じゃああんよ上げようね。ビッグサイズだから莉緒ちゃんにも大丈夫だと思うよ」
優子は紙オムツを広げると莉緒のお尻の下に敷き込んだ。
「普通大きなサイズって穿かせるタイプばかりなんだけど、これはテープタイプなんだよ。ほら、乳幼児用だからデザインも可愛いでしょ」
横を向いてしまった莉緒に見えるように、優子は紙オムツのパッケージを置いた。そこには元気に笑う一歳くらいの赤ん坊と、パステルカラーの可愛らしい柄の紙オムツがデザインされていた」
「はい、股当てしまちゅねぇ。おちんちんも小さいからすっぽり包めまちゅよぉ」
横羽をされてお腹の上でテープを留められると、もうすっかり莉緒は赤ん坊に戻ってしまった。白いぽんぽんのついたベビーソックスを穿かされると彼は再び真琴に抱きかかえられた。
「じ、自分で歩けるってば!」
これ以上赤ん坊扱いされては堪らない。莉緒は抵抗するが真琴の力には敵う筈も無い。
「こら、あまりむずがるんじゃない」
莉緒を抱いたまま真琴は玄関へ向かう。
「ほら、太陽が気持ちいいだろ」
ドアを開けると、暖かな日光が莉緒に降り注いだ。だがそれは彼にとって自分を辱める恥辱のスポットライトのようにしか思えなかった。
「お、下ろして・・・自分で・・・」
このままでは目立ち過ぎる。せめて真琴の陰に隠れたい。莉緒はせめてもの声を振り絞った。真琴はにっこりと笑って応える。
「大丈夫だよ、言わなくても下ろしてやるから」
そう言うと真琴は莉緒の脇の下に両手を回すと、足から下ろすように手を下げていく。
「あっ、靴下のまま・・・」
莉緒は思わず場違いな言葉を口にすると同時に違和感に気がついた。いつまでも足の裏が地面に付かないのだ。
(えっ!?)
そのうち先にお尻に柔らかい感触があたる。やがて彼は椅子のように座らされている事に気がついた。
「こ、これって・・・」
股の間にはビニールの紐。腰の周りにもプラスティック製の手すりのようなものがついている。前にはみ出した足を置く台も見えるが、莉緒の足は少しばかり長すぎて前に突き出すしかない。
「ちょっとサイズが小さいけど我慢してね」
和葉は莉緒の頭の上にリーフを被せると、涎掛けとお揃いのうさぎのアップリケのついた幼児靴を履かせてやる。そして呆然とする莉緒の顔を見つめながら腰の部分のベルトをしっかりと締めた。
「特製だからね。もう自分では外せないよ」
そう耳打ちすると、和葉は真琴に向き直った。
「さぁ、莉緒ちゃんの公園デビューだからね。真琴パパ、しっかりとベビーカーを押してよね」
「行こう!行こう!」
優子の子供らしい陽気な声が合図かの様に家族は歩き出した。
「や、やめて!お願い!こんな格好で嫌だよぉ!」
気がつけば短すぎるスカートはベビーカーの椅子で捲れてしまい、おまけにサイズの関係で足を閉じる事もできないので、下半身は紙オムツが丸見えである。こんな格好で人気の多いであろう公園に行くなんてとんでも無かった。
「莉緒が泣いてるわね。少し暑いのかしら。それともまんまが足りなかった?」
和葉は聞こえ無い振りをしてそう呟くと、莉緒の口におしゃぶりを押し込んだ。
「これでもしゃぶっててね」
莉緒が思わず吐き出そうとすると彼女はもう一度耳打ちする。
「これ以上泣き叫んだら余計に目立つわよ。おしゃぶりを吐き出したりしたら、みんなの前でオムツ交換するからね」
そんな事をされては堪らない。男だとばれるかもしれないし、最悪の場合事件になるかもしれないのだ。
慌てておしゃぶりを咥え直す莉緒を見て、和葉は優しく髪を撫でてやった。
(も、もうちょっとゆっくり押してよぉ・・・)
舗装された道路とはいえ、サスペンションのついていないプラスチック製のタイヤでは完全に振動を消すことは出来ない。本来ならベビーカーに乗るような体格で無い莉緒が乗っているから尚更だ。
ベビーカーが不安定に揺れる度に、莉緒はお尻から脳天に突き抜けるような奇妙な感触と胸が潰れるような恥ずかしさを覚える。
「以外と難しいね、これ」
「段々と慣れるわよ。だって、莉緒が一人でよちよちできるまで、これからずっとこうしないといけないんだもん」
莉緒の気持ちも知らないで、出産したばかりの夫婦のような会話が背中から聞こえる。
力が有り余っている真琴の押し方は乱暴で、莉緒の体重など気にもしないように軽々とベビーカーは公園へ向かっていく。
(どうしよう・・・このままじゃ本当に公園に連れていかれちゃう・・・)
今まで小学生女児のような姿や幼稚園の制服で外を歩かされたことはあったが、今の状況はそれとは次元が異なる。一人では何も出来ない赤ん坊の姿で、一人では歩く事もできない証拠のベビーカーに乗せられているのだ。それに誰が見ても、莉緒は乳幼児には見えない。お願いだから誰も公園にいない事を祈りつつ、莉緒はそのまま押されているしかなかった。
「きゃーっ!」「わぁぁっ!」
だが公園に近づくにつれ、子供特有の甲高い声が莉緒の耳に届き始めた。考えてみれば、休日の真っ昼間の公園に誰もいないことなどありえないのだ。
「ね、ねぇっ・・・」
もう一度だけ再考を懇願しようとした莉緒だったが、背中側に立っている二人には自分の不安げな表情さえ届かない。
今までどんな恥ずかしい時だって、傍には和葉や優子がいた。いや、いてくれた。莉緒は誰の顔も見えないこの状況が急に怖くなった。ひょっとしたら後ろに立っているのは見ず知らない他人なのではないだろうか。極度の不安に包まれながら、莉緒を乗せたベビーカーは公園の入り口に差し迫っていた。
「さぁ公園についたわよ。とっても広いところでしょ」
優子が庇を上げて、覗き込むようにして莉緒に語りかける。完全に赤ん坊に対する態度だが、知っている顔が覗いただけで今の莉緒は少し安らいだ心地になる。
だが、そんな気分も一瞬だった。
「ほら、先に来てるお姉ちゃん達がいるね」
優子の指さす先には砂場で遊ぶ二人の女の子。恐る恐る公園を見渡すと、他にも沢山の子供達と、その保護者が思い思いに遊んだり話し込んだりしていた。
あまり見た事の無い若い夫婦(に見えたのだろう)に入り口近くで談笑していた母親達が会釈する。真琴と和葉は自然に同じように挨拶を返した。
「まぁ、お若いご夫婦ね。ご近所に越してこられたの?」
そのうちのお節介そうな婦人が傍に寄ってきて、ベビーカーを覗き込む。
「あら、可愛い赤ちゃん・・・だこと・・・」
婦人は莉緒の姿を見て、戸惑いを隠せないようだった。
「ず、随分大きな赤ちゃんね。おいくつなの?」
それでも婦人は気を取り直し、和葉に話しかける。和葉は落ち着いて返事した。
「十八になるんです」
「えっ!?」
婦人の顔は少し強ばった。それを聞いた莉緒もただ事では無い。焦った彼は目をひん剥いいて首を横に振った。
「冗談です。今年四つになるんですけど、この通りオムツが外れなくて・・・」
「まぁ、そうなの。大変ねぇ」
婦人は人の良さそうな表情で心配そうに同調する。
「それで、幼稚園のお姉ちゃんみたいな格好だと、オムツをからかわれたりするんで、休日はこうやって、まだ赤ちゃんの振りをさせてるんです」
「あらあら。可哀想に・・・もう幼稚園のお姉ちゃんなのに、赤ちゃんみたいにオムツして、ベビーカーに乗せられてるなんて・・・恥ずかしいだろうねぇ」
婦人はしゃがみこんで莉緒を目を合わす。同情から来る行動なのだろうが、本当は18歳の莉緒にとってはたまったものではない。彼はただ下を向いて顔を真っ赤にするしか無かった。
「あなたたち、母親の先輩として言わせてもらうけど。子供はあんまり甘やかしちゃ駄目よ。時には恥ずかしい思いをした方がオムツ外れのきっかけになることもあるんだからね。うちの子供も小学二年生の時までオネショしてたから、ある日怒って濡れた布団を外から見える場所に干すようにしたの。そしたら、友達に見られるからって、すぐに治っちゃったわ」
それは単に時期が偶然合っただけだろうと思いながらも、和葉は人なつっこく笑顔を返した。
「ご忠告ありがとうございます。この子も恥ずかしいとは思ってるみたいなんですが・・・」
「あぁっ!赤ちゃんだぁ!」
その時、砂場で遊んでいた二人の少女が莉緒達に気がついて駆け寄ってきた。二人ともお揃いの制服を着ているのを見ると、近所の小学生のようだ。
「お姉ちゃん。この子、お姉ちゃんの赤ちゃんなの?」
リボンをつけた女の子が和葉を見上げて舌足らずな声で尋ねた。
「えぇ、そうよ。『りお』って言うのよ」
「ふぅん・・・随分大きい赤ちゃんだね。あたし達より大きいみたい・・」
もう一人の頭に赤いボンボンの髪留めを付けた女の子が少し不思議そうに言う。
「そうね。今年、幼稚園に入ったから、赤ちゃんっていうには少し大きいのかな? ひよこ幼稚園の年少さんなんだけど、ふたりとも知ってる?」
「うん、あたし達、ひよこ幼稚園に通ってたよ。今年から清愛小学校の一年生なの!」
清愛小学校と言えば、近所にある有名な私立小学校だ。教育レベルも高いから、二人はこんなにしっかりとしているのだろう。
「じゃあ、二人とも莉緒の先輩だね。ほら、莉緒ちゃん、お姉ちゃんたちにご挨拶できるかな?」
和葉は莉緒の口からおしゃぶりを取ってやると、耳打ちする。
(言えないと、お家に帰してあげないわよ)
耳まで真っ赤に染めた莉緒は仕方無く、和葉に言われた言葉を復唱する。
「お、お姉ちゃん・・・あ、あたしは、ひよこよ、ようちえんのねんしょうぐみの、かざまつりりおっていいます・・・。ま、まだおもらしがなおらなくて、おむつしてるけど、がんばっておねえちゃんたちみたいな、りっぱなしょうがくせいになりたいな・・・」
「うわぁ可愛いっ!」
言い終わるより前に、リボンの女の子が莉緒に抱きついた。お姉さん扱いされたのがよほど嬉しかったのだろう。
「うんうん。大丈夫よ。年少さんなのに、そんなにしっかりお話できるなら、清愛小学校だって入れるかもしれないよ」
「そうなったら、りおちゃんあたし達の下級生だね。なんだか楽しみ!」
ボンボンの女の子が屈託無く言うが、莉緒にとっては恥辱の極みでしか無かった。
「でもそれにはやっぱりオムツ外れないといけないね。りおちゃんだって、ランドセルにオムツって嫌でしょ?」
赤いランドセルを背負い、目の前の少女と同じ小学校の制服を着て、スカートの下にはオムツをしている自分を想像して、莉緒はなんとも言えない恥辱心を感じる。
「幼稚園の間にオムツ卒業できるといいね。今は大丈夫なの?」
すっかり莉緒を妹扱いし始めた少女達は、その場にしゃがみ込むと、莉緒の紙オムツを穿いた股間を覗き込む。
「どれどれ・・・」
和葉も二人と視線を同じくするように莉緒の股ぐりに視線を漂わせた。
「水玉にリボンの柄が可愛いね」
莉緒のあてられているオムツは当然ながら大人用では無く、子供用。それも和葉がわざわざ選んだ乳幼児用に近いデザインの可愛いオムツだ。
「いつもママにはかせてもらってるの?」
莉緒は不自然に思われないように仕方無く小さくこくりと頷く。
「可愛いオムツが好きなのは分かるけど・・・トイレにも行かなくていいもんね」
まだ自分達のオムツ離れの記憶もあるのだろうか、大人には思いつかないような文脈で少女達は莉緒に先輩風を吹かせる。
「でもいつまでもオムツじゃ赤ちゃんみたいだよ。それって恥ずかしいよね」
「オムツじゃなくってパンツも可愛いんだよ。プリガールのとかもあるし」
女児向けアニメのプリントされたショーツのことだろうか。まだまだ聞いていたい気持ちもしたが、和葉は思わず苦笑しながら会話に割り込んだ。
「ほら、ここ見て」
二人の少女に説明するように、和葉は莉緒の股間に指を這わす。
「ここに黄色い線が入っているの分かる?」
「うん!」
少女達にオムツに包まれた股間を凝視される莉緒はたまったものではない。必死に抵抗しようとするが、しっかりとベルトで固定された体はびくりともしない。
「これね、おしっこお知らせラインっていうの」
「おしっこ・・・おしらせ?」
リボンの子が首をかしげる。
「そう。お漏らしするとね、ここが水色に変わっちゃうの。だからオムツの中に手を入れたりしなくても、すぐに莉緒ちゃんがオムツ汚したって分かるのよ」
「すごぉぃっ!」
ボンボンの子が感心して大声を上げる。公園中の視線が莉緒に集まり、彼はもう消えてしまいたくなってしまった。
「じゃあ、今は大丈夫なんだね。莉緒ちゃん、一緒にあそぼ!」
思いがけない誘いに、莉緒は和葉に助けを求め、泣きそうな顔で妹を見上げた。だが和葉がそんな莉緒を助けてくれる筈も無かった。
「わぁ、ありがとう。甘えんぼだから、悪い事したら厳しく叱ってやってね」
和葉が少女達と話している間に、真琴はベビーカーのベルトの留め具を外してやる。
「さぁ、莉緒。お姉ちゃん達に遊んでもらっておいで」
軽々と腰に手を回して莉緒を抱き上げると、彼はベビーワンピースとオムツ姿で真っ昼間の公園の真ん中に立たされてしまった。
「こっちだよ。砂場でお城つくろうよ!」
ボンボンの女の子が莉緒の手を引く。自分よりも背の低い『お姉さん』に導かれ、莉緒は辿々しい歩みでついていくしか無かった。
「本当にこれで良かったのかい?」
砂場で遊ぶ三人を見ながら、木陰のベンチに座った和葉と真琴はいつになく真剣な表情で話し合っていた。
「これで最良かは分からないけど、出来るだけの事はしたんだもん。後悔は無いわ」
「少し僕らも楽しみ過ぎちゃったかな。でも、お兄さん本当に可愛いんだもんな」
「あはは!・・・うん、私もこれほど馴染むとは思ってなかった」
「おっ、優子が帰ってきたよ。駅で無事に会えたんだね」
「ホント、ちっとも変わってないんだから」
優子達は二人に手を振りながら暖かい笑みを浮かべて、二人の元にやってきた。
「わぁすごぉい! りおちゃん、じょうずだね」
「じゃあこんどは、お水かけようか。そうすると砂が固まるんだよ」
リボンの女の子がジョウロに水を汲みに行く。砂場遊びが上手いと言われても嬉しくもなんともない莉緒は、助けを求めるように和葉達を探した。
(あ、あれ・・・?)
しかし公園のどこにも皆の姿は見当たらない。
「どうしたのりおちゃん。ほら、お水かけるね」
ジョロジョロという音が耳の傍で響く。途端に莉緒の頭の中に猛烈な不安が広がっていく。
(ど、どこに行っちゃったの!? 僕を置いて和葉までいなくなるの!?)
「あれ? もうお水無いのに、どこから音してるのかなぁ?」
少女が空になったジョウロを振りながら不思議そうに言う。その時、ボンボンの少女が音の正体に気がついた。
「あっ! りおちゃんお漏らししてる!」
「ホントだ! おもらしおしらせらいんがあおくなってるぅ!」
「たいへん! おねえさんたちに知らせないと!」
子供心に責任のようなものを感じたのか、二人は動揺して大声を上げた。
「うっ・・・うっ・・・・うぇぇぇん!!」
その声がきっかけになり、莉緒の精神は限界に達した。
こんなに小さな女の子の前でオムツを汚してしまった。
赤ちゃん扱いされ、赤ちゃんの姿で、幼稚園児として砂場遊びしてる途中に・・・。
一体、和葉達はどこに行ったのだろう・・・。
「うぇぇんん!! ママぁ! おかぁさんっ!! どこへ行ったんだよぅ!!
僕を置いて、僕を一人にしてどこに行っちゃったんだよ!
オムツが濡れて気持ち悪いよぉ!
早く帰ってきて、オムツかえてよぉっ!」
両目からは止めどなく涙が零れる。拭っても拭っても止まらない水滴は何年分も溜まり続けたものだった。
今現在の羞恥心と過去に我慢してきた感情が一気に彼の中で爆発したのだ。
「ね、ねぇ・・・だいじょうぶ?」
「すぐに、かえってくるよ。ちょっとまってようね」
二人のお姉さんが慰めてくれるが、今の莉緒には聞こえ無い。回りの大人達も莉緒のあまりの勢いに様子を見ているだけだ。
「いやだぁっ! 一人にしないでよぉっ! 僕はまだオムツのとれない赤ちゃんなのにぃっ!!」
どれくらいの時間、泣いていただろうか。流石に涙も涸れ果て、莉緒は疲れ果てて砂場に座り込んでいた。オムツはもうこれ以上おしっこを吸い取れないくらいに膨れており、たぷたぷになった吸収剤が股間に纏わり付いてこの上なく気持ち悪い。
もう僕は駄目だ。みんなに捨てられたんだ。莉緒が俯いてそう嘆いた時、なんだか懐かしい手がさしのべられた。
「お待たせ。もう大丈夫よ」
莉緒は顔を上げてその手をつかんだが、いつのまにか空に広がった夕焼けの逆光ではっきりと顔が見えない。
「まぁ、お洋服が泥だらけじゃない。それにオムツも濡れてるみたいだし」
(だ、誰?・・・)
和葉の声では無かったが、聞き覚えのなるその懐かしい声に誘われ、莉緒は立ち上がった。
「そこでオムツ替えてあげるね。さぁ、もう何も心配することは無いのよ」
手を引かれ、莉緒は砂場から出て、公園の真ん中にある休憩所に連れて行かれる。
「オムツ交換シート敷くからね。その上にゴロンしようね」
言われるままに、莉緒は敷き込まれたオムツ交換シートに仰向けに横たわる。夕焼けの空。背中に伝わる固いけど柔らかいおかしな感触。自然に手は頭の横でぎゅっと握り、オムツで膨れた股間は、がに股にして交換しやすい姿勢になっていた。
「十七年ぶりくらいかしらね。懐かしいわ。あの頃はこんな立派な紙オムツなんてなかったけど」
ベリベリという音がして紙オムツのテープが剥がされる。
「あらあら、おしっこでぐっしょり。気持ち悪かったでしょ」
前当てが開かれると、夕方の少し冷えた風が濡れた股間に気持ちいい。それも本当に懐かしい感覚だった。
「和葉、お尻拭きとってくれる?」
「うん」
「はーい、きれいきれいにしましょうね」
お尻拭きで莉緒の股間が綺麗にされていく。軽々と足を持ち上げてお尻を拭かれ、股から小さなペニス、陰嚢の裏まで丹念に汚れがぬぐい取られる。微かな消毒液の臭いとスースーとする肌の感触が莉緒には心地よい。
「じゃあ新しいオムツあてるね。もう少しだから我慢するんでちゅよ」
もう一度両足が持ち上げられ、新しい紙オムツの優しい感触が莉緒のお尻に伝わる。
「女の子用オムツだから、おちんちんは下に向けておきましょうね」
赤ん坊と変わりないサイズのペニスがお尻の方に剥けられ、前当てが閉じられる。得も言われぬ不思議な安心感が莉緒の心を包み込む。
「はい、テープとめまちゅよ」
お腹の上でテープが留められる。完全にオムツに包まれた下半身はなんと安らぐことだろう。どうして、これが恥ずかしいだなんて思っていたのだろう。僕は・・・僕は・・・
「どう、きつくない?」
そう聞かれて莉緒は頭を縦に振る。彼を覗き込んだその顔を見て彼はようやく、オムツをあててくれた人を思い出した。
「母さん・・・」
「ただいま、莉緒」
どうしてここにいるのか、自分のこの状況がおかしくないのかなど、もう莉緒にはどうでも良かった。
「母さん! 母さん! 僕寂しかったんだ! ずっと! ずっと!」
「そうだね。可哀想だったね。もう安心していいんだよ。莉緒はずっと私の赤ちゃんだからね」
「うん、うん・・・僕は赤ちゃんなんだ。だからオムツをしてても恥ずかしくないんだ。オムツにおもらししたら、母さんか和葉・・・お姉ちゃんが交換してくれる・・・」
「そうだよ。もう莉緒はなぁんにも悩まなくていいの。これからお母さんと和葉お姉ちゃん、優子ちゃんに真琴パパ、幼稚園の保母さんや小学校の先生、沢山の人達が莉緒ちゃんのお世話をしてくれるからね」
莉緒の目から、もう枯れ果てたと思っていた涙が止めどなく溢れた。
「・・・ようやくぼくはここにかえってこれたんだ」
「和葉にも苦労かけたね。大変だったでしょ?」
「そりゃそうよ。お兄ちゃんが、あんな状態になって一体どうしようかと」
「でも、満更でも無かったんでしょ。あんた、昔から姉になりたいって言ってたもんね」
「えへへ、まぁそりゃあ少し楽しんでたのも否定しないけどさ」
母親が単身赴任してから莉緒は少しおかしくなった。突如気を失ったり、幼児退行のような言動をしたり、夜尿を繰り返したのだ。
問題は彼がそれを何一つ覚えていない事だった。普段は元通りの莉緒であり、自分のおかしな言動を全く記憶していないのだ。初めは懇切丁寧に説明をしていた和葉だったが、記憶の無い彼はそれを信じようとしなかった。やがて業を煮やした和葉は彼が朦朧状態の時に半ば強引に病院に連れて行ったのだ。
医師の診断は精神不安定な状態による断続的な軽いトランス状態。そしてそれは幼い頃からの母性愛の欠乏によるものであるだろうということだった。
もちろん彼の母親が殊更ネグレストだった訳では無い。ただ、仕事熱心であまり家にいない母親、彼のお兄ちゃんでいようという強い気持ちと、自分よりしっかりとした妹。幼い頃の父親との別れや、進学前の不安定な時期での母親の単身赴任。色々な事が重なり、彼のその状態を生んだのだ。
何度か医師と相談した末、和葉は逆行動療法という治療法に至る。莉緒を少しずつ年齢退行させて幼児に戻し、失った隙間を埋めてやるというのだ。
すこしばかり?の和葉や真琴、そして優子の協力と暴走もあったが、計画は順調に進み今日に至ったのだ。
「問題は、順調に進みすぎたことなんだけどね」
「どこかで、自分を取り戻して寛解する予定だったんだよね」
「そうそう。でも、段々とわたし達も本当の妹・・・娘みたいに思えるようになってきちゃって・・・」
「仕方ないわ。だって、こんなに可愛いんですもの」
胸元でおっぱいを吸ったまま眠ってしまった莉緒を見ながら、彼の母親は少し後悔の混じった表情で微笑んだ。
「早期退職でお金も心配無いし、もう莉緒を離さないわ。もう一度この子を育て直すの。和葉もお姉ちゃん、時にはもう一人のママとして、育てるのを手伝ってくれるわね」
「もちろんよ。真琴や優子ちゃんのご家族の協力も取り付けてあるし、お兄ちゃんはもう一度生まれ変わって女の子として成長していくんだから」
沢山の、本当に沢山の人々の愛に包まれながら、莉緒は幸せな二度目の人生を歩み出した。
お家では何も出来ない赤ん坊として、平日は幼稚園に通いながら、やがては私立小学校に通うお勉強や躾けも始まるのだろう。
二人のママと高校生のパパに付き添われる小学校の入学式。ランドセルは定番の赤か、莉緒にはピンクが似合うだろうか。可愛すぎて他の子に虐められなければいいけど。
小学校は制服だけど可愛らしいデザインだから着せるのが楽しみ。平日にはどんな女児服を着せようかしら。その頃には少し18歳男子だった自分を思い出して、恥ずかしがるかもしれないけど、それがまた楽しみね。
習い事は女の子の定番のピアノがいいかしら。発表会にはとびきり可愛いドレスを着せてあげよう。 水着は小さなペニスだけど、目立たないようにスカート付きの可愛いのがいいかな。どうせ六年生になってもオネショしてるだろうから、修学良好にもオムツを持っていかせなきゃ。
中学に入ったら大人っぽくなった同級生についていけるかしら?運動部とかに入れて、一回り以上年下の先輩にうんとシゴかれるのも楽しそうね。
高校は女子校がいいかな。制服の可愛いところを選ばせて、花嫁修業させなきゃ。
二度目の人生でも大学は無理だろうから、その後はお嫁さんになるのかしら。
きっとまだオムツが取れてないから、純白のウェディングドレスに純白のオムツカバー姿で沢山の人に祝福されてお嫁に行くんだろうね・・・