今日から小学4年生
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「私、ひとつだけやっておきたい事があるの。」
妹の望みは「将棋の一番うまい人と真剣勝負がしたい。」だった。
父と母、そして僕は頭を悩ました。妹は将棋の天才である。
その実力は10歳の現時点でプロ七段である父を上回る。
しかし10歳、小学4年生女子という立場では棋士の世界に入れよう筈もなかった。
最終的に父と母が出した結論はとんでもないものだった。
「あなたたち兄妹が入れ替わるしか手はないわ。」
確かに高校生男子である僕の立場なら、十分に棋士として独り立ちする事が出来る。
しかし、10歳の女の子と16歳の男の子が入れ替わるなんて絶対に無理だと主張する僕をよそに、両親達は着々と計画を進めていった。
我が家は知り合いのいない隣県に引っ越しを行い、いよいよ新生活が始まる。
この時にはもう、僕は覚悟を決めていた。
それぐらいやってあげる事ができなければ兄としての面子が立たない。
そう、余命3年の妹の為に捧げる、僕の小学4年生女児としての生活が始まるのだ。
「おはよう、真柚。い、いや・・・・おはよう、お・・にいちゃん」
朝の挨拶だけで顔が真っ赤になる。10年以上妹として暮らしていた女の子が突然「お兄ちゃん」になったのだから当然だけど。
「おはよう、真柚」
真柚の方はあまり困ってない様だけど僕は恥ずかしくてたまらない。
パパやママも今日からは完全に僕は妹扱いだ。朝食の食器も可愛い絵柄の奴だし、量だって少なめだ。歯磨きのブラシまでピンク色のに子供用歯磨き粉を付けて磨いた。絶対に世間にばれない様にだっていうけどここまですることあるのだろうか。
なにより恥ずかしいのはやっぱり服装だ。昨日寝る前に着さされたウサギのキャラクターパジャマ。下着まで女の子用を穿かされて朝まで眠れなかった。どれもこれもお下がりだ。妹のお下がりを着さされる兄なんて聞いた事無い。
実際のところ真柚の方がぼくより背が高い。160センチ近い真柚と155センチしかない僕。体格だけを見れば今の立場の方が自然かもしれない。パパもママも背が高いのに僕だけ置いてけぼりだ。
朝食を食べ終わると学校へ。僕はまだ小学生だからママが送ってくれるけど、真柚は高校生だからひとりぼっちでいかないと行けない。大丈夫かな?でも、スーツの制服を着た真柚は本当にお兄ちゃんに見える。
カラフルなトレーナーと裾にフリルのパンツでママと手をつないで学校へ。今日は男の子っぽい服ですんだけど、ママは明日からはもっと可愛い服を着なさいって。男の子だとばれない様にだというけど・・・スカートなんてとても穿けない
担任は優しそうな若い女の先生で助かった。自己紹介の時は恥ずかしくて死にそうだった。クラスのみんなには「背が高いね」って言われたけど、僕より高い子も何人かいた。とりあえず男の子だってばれそうにはなかったけど、やっぱりこの年で小学校に通うのは恥ずかしい。私立校だから勉強も思ったより難しく、応用問題なんかは油断してると間違えちゃいそう。
帰りは早速友達になった由希ちゃんと奈々ちゃんと一緒に下校。二人とも近くにすんでるみたい。女の子として小学校4年生として普通に過ごせたのはいいんだけど・・・なんかちょっと悔しい。
帰って一人で漫画本でも読もうと思ったけど、僕の部屋は少女漫画ばかり。
つまらないのでリビングでサッカーを見てたら、「女の子らしくないわよ。」って怒られて女の子向けアニメを見さされた。でも、意外と面白かった。大丈夫かな僕。
夕方には真柚が帰ってきた。心配してたけど「楽しかった」って。全然大丈夫だったみたい。真柚は頭がいいからすぐに授業にもついていけると思うけど・・・・格好いい制服うらやましいな。
夕方になると、ママと今日あった事をお話ししながら晩ご飯のお手伝い。「お友達ができたんだよ」って言ったら、今度連れてきてごらんなさいって。でも、なんだか恥ずかしいな。
真柚は学校で将棋部に入ったけど、全然みんな相手にならないって。今週から研修会ってとこに通うみたい。まずプロにならなきゃいけないんだって。
夕食後はママと一緒にお風呂へ。何年ぶりかな。もの凄くはずかしかった。お風呂上がりに髪の毛の手入れの仕方と女の子らしい髪型のセットを教えてもらう。まだ4年生だからいいって言ったけど、由希ちゃんと奈々ちゃんもお洒落だったから、僕だけ浮かない様にしないと真柚に迷惑をかけちゃう。
夜は10時にはベッドへつかされた。全然眠れないと思ったけど疲れてたのかぐっすり。これじゃあ本当に小学4年生みたい。
次の日は嫌だって言ったのに、ママが勝手に着ていく服を決めて、水色のワンピースを着さされた。スカートを穿くのは生まれて始めて。緊張して玄関を出ると奈々ちゃんが待っててくれた。「可愛いワンピース」ねって褒められたけど、奈々ちゃんのほうがとっても大人っぽい格好・・・。別にいいんだけど・・・。
帰りはママに言われた通り由希ちゃんと奈々ちゃんをお家へ誘った。僕の部屋で他愛の無いおしゃべりしたけど、全然ついていけない。女の子向けのの漫画やアニメの事、お洒落のこと、アイドル歌手のこととかもっと勉強しなきゃ。でも、昨日見たアニメの話だけは盛り上がった。毎週忘れない様に見なくちゃ。
今日は初めての体育の授業。3年生までは男女一緒だけど、4年生からは女子は更衣室で着替えるんだって。着替えの時は男の子だってばれない様に凄く緊張した。胸は見られない様にしたけど、由希ちゃんに「真柚ちゃんって背が高いのに胸ないんだね。」って言われちゃった。奈々ちゃんなんかもうブラもしてるし・・・僕もいずれしなくちゃいけないのかな・・・恥ずかしい・・・。
今日の体育は跳び箱。体操着はブルマじゃなくって良かったけど、エンジ色のパンツはちょっと照れくさい。久しぶりだし4段しか跳べなかったけど、みんな軽々と6段とか跳んでるからちょっと恥ずかしくなった。
帰りは由希ちゃんの家に誘われた。由希ちゃんのママの出してくれた紅茶とケーキを食べてたら、由希ちゃんの6年生のお姉さんが帰ってきた。「初めまして相谷真柚」ですって挨拶したら、小さいのに偉いねって頭なでなれた。本当は僕の方が4つも年上なんだけど・・・。それから由希ちゃんのお姉ちゃんにお勉強を教えてもらった。応用問題の考え方なんかはすごく参考になった。
どうも由希ちゃんのお姉ちゃんに気に入られちゃったみたいで帰り際に、キャンディーの形をした髪留めをもらった。お気に入りだったんだけど、もう子供っぽすぎて付けられないからって。明日は、これ付けていかないと由希ちゃんに失礼だよね。でも可愛すぎるよこれ、付け方もわからないし。
家に帰ってママに話したら、さっそく付け方を教えてくれた。髪を左右に大きく分け、先の方を髪留めでくくると、ますます幼い髪型になっちゃった。「これなら低学年でも通用するわね」ってママ酷い。
翌朝、髪留めを付けて出ると、由希ちゃんがお姉ちゃんと一緒に待っててくれた。「付けてくれたんだ可愛いよ。」ってお姉ちゃんに褒められたら顔が真っ赤になっちゃった。今日はママが合わせてくれたキャンディー柄のスカートだし、本当に低学年みたいで恥ずかしい。
真柚と入れ替わってから今日で一ヶ月。真柚は研修会での桁外れの実力が認められて奨励会ってところに入れてもらえたみたい。ここで頑張ればプロ棋士になれるんだって。
僕の方は相変わらず慣れない小学校生活に戸惑ってばかり。先週から奈々ちゃんに誘われて仕方なくバトン部に入ったけど、これもなかなかうまくいかなくてバトンを落としてばかり。みんなみたいにうまく回せる様にならないとかえって目立っちゃうよ。
今日は日曜日だったから、由希ちゃんと奈々ちゃんと由希ちゃんのお姉さんと一緒に近くのファッションビルにお買い物に。小学生だけだと学区外へ出たらいけないんだけど、中学生のお姉さんが付いてきてくれたからOKかな。本当は僕がいるからいいんだけど・・・
お姉さんはいうに及ばず、由希ちゃんも奈々ちゃんもすごく大人っぽいお洒落な服を着てきたから圧倒されちゃった。僕の方は、お出かけだって言ったらママにピンク色の可愛いワンピース着せられて、肩から掛けるピンクの鞄も持たされちゃって、まるで由希ちゃんや奈々ちゃんからみても妹みたいな格好・・・。お姉ちゃんに案内されていろんなお洋服を見たけど、今時の子供服ってすごく高いんだ。
僕らだけで買える値段じゃなかったから、マクドナルドでお話だけして帰ってきた。
帰ってきたら、ママから「塾に行かない?」って聞かれた。昼間、仲良くなった由希ちゃんのお母さんに勧められたみたい。前回のテストが60点しかとれなかったのもあるのかな・・・。僕は高校生なんだから、本気を出したらもっととれるけどね。でも、塾か・・・学校から帰っても小学生に混じって一緒にお勉強なんて恥ずかしいな。せめて由希ちゃんといっしょならいいんだけど・・・
結局次の算数のテストでも65点しか取れなくて、無理矢理塾に通わされることになっちゃった。今日はママに付き添われて近くの「N能研」って塾で入塾テスト。由希ちゃんと同じ特進クラスに入りたいから、この一週間本気で勉強してきた。けど・・・難しい・・・これ本当に小学4年生用の問題なの?脚結果は一週間後にもらえるらしいけど・・・憂鬱。
バトンの方もちっとも巧くならない。あとから入ってきた3年生の方がうまいよって、5年生に怒られちゃった。悔しいけど仕方ないのかな・・・。クラブの終わりに先生から、3ヶ月後のお祭りのパレードにバトン部が出ることに決まった。それまでにきちんと回せる様にならなくちゃ・・・でも、パレードか・・・やっぱり衣装なんてあるのかな・・・ちょっぴり不安。
一週間後、テストの結果が来た。特進クラスはおろか普通クラスも入れなくて、特別補修クラスしか無理だって・・・ママは恥ずかしいってかんかんに怒ってた。今度こそ本気で勉強しなきゃ。僕は高校生なんだもん。できる筈だよね。
今日から一週間に三日塾に通わないといけない。塾には有名な指定の鞄があって、大きく「N」って書かれたその鞄を背負って塾に通う。「塾通いの小学生です」って看板背負ってるみたいでイヤだな。
今日で入れ替わって。丁度3ヶ月・・・お兄ちゃんは順調に「奨励会」で実力を見せてるみたい。
入れ替わって今日で3ヶ月。一生懸命勉強してるけど、それ以上に授業が進んできてなかなかついていけないや。おかしいな、こんな筈ないのに・・・。特に算数の応用問題が全然わかんない。きっと慣れの問題だよね。解き方のコツさえつかめればきっといい点取れるよ。だって僕は高校生なんだもん。
髪の毛も大分伸びちゃったから、ママに美容院に連れていってもらった。美容院なんて初めてだから緊張jしたけど、ママが子供用のヘアカタログを見て、こんな風にしてやって下さいって。あっという間に女の子っぽい髪型にされちゃった。鏡を見てちょっとびっくり。
髪型がすごく可愛らしい感じになったから、ボーイッシュな服は似合わないわね。って、その後ママとデパートへ。試着させられる服はパステルカラーのワンピースやフリルのブラウスとか子供っぽい服ばかりで恥ずかしくてたまらなかった。
おまけに次の日は一週間後のパレードで着る衣装を渡されて超赤面。だって、その真っ赤なワンピースの衣装って、丈が膝のはるか上ぐらいしかないんだ。中には見られてもいいパンツを穿くから大丈夫よって先生に言われたけど・・・・うわーん。パレードなんかでたくないよ〜。
今日はパレードの日。朝から憂鬱。「お腹痛いって」ママに嘘ついたらすぐにばれちゃって、お尻叩かれちゃった。もう4年生なのに恥ずかしい。
会場に着いて、奈々ちゃんと一緒に衣装にお着替え。えっ、お外で着替えるの?更衣室代わりのテントは狭いから高学年しか入っちゃダメだって・・・こんなところで着替えたらみんなに見られちゃうよ。「小4の癖に一丁前に恥ずかしがらない」って6年生に言われたけど・・・。
テントの陰に隠れてやっと衣装に着替えた。変な男の人が見ていて怖かったよ−。パンツの上からスコートっていうのも穿かされた。お尻にフリルがついたパンツは見られてもいいんだって。変なの。
わー、そろそろ出番だ。中学生の吹奏楽部のお姉さんと一緒に整列する。僕はバトンがうまく回せないので低学年の列に並ばされちゃった。後ろの方でよかったけど、僕だけ大きいから目立っちゃう。
音楽に合わせてバトンをまわしながら大きな通りの真ん中を歩いてる。こんな短いスカート姿を一杯の人に見られちゃってる。写真撮ってる人も一杯だし・・・あれテレビ局のカメラかな・・・もうだめ・・・・僕、本当は高校生の男の子の筈なのにこんなの酷いよ・・・・。
入れ替わって一年・・・僕は5年生になった。お兄ちゃんははとうとうプロ棋士になって、将棋界では結構有名人みたい。将棋雑誌に載っている僕の名前・・・なんだか僕が無くなっちゃうみたい・・・
僕の方は、学年末のテストで酷い成績だったので、ママと一緒に呼び出された。私立校だから凄く厳しいんだ。
驚いたママは塾の先生と相談して、僕は4年生クラスに残ることになっちゃた。周りは知らない子ばかり・・・話しかけてきた同じ学校の由梨ちゃんって子と仲良くなったけど、本当は5年生だって言えなかった。だから、学校も違うところって嘘ついちゃった。私って悪い子かな・・・でも恥ずかしかったんだもん。
塾の帰り、由梨ちゃんと一緒に帰宅。塾の前でお姉ちゃんと待ち合わせてるんだって。お姉ちゃんじゃ5年生の特進クラスみたい。凄いんだ由梨ちゃんのお姉ちゃん。
あれ?でも、やってきたのは・・・由希ちゃん!?そういや、由希ちゃん3人姉妹って言ってた・・・どうしよう・・・。由梨ちゃんが由希ちゃんに紹介してくれた。由希ちゃんも私のこと分かってるみたいだけど、「はじめまして」って言ってくれた。さすが高学年のお姉ちゃん・・・私の気持ち分かってくれたみたい・・・。でも、これから由梨ちゃんの前では由希お姉ちゃんって呼ばないといけない。学校では同級生なのに恥ずかしいよ。でも由希ちゃんは特進クラスの5年生・・・私は4年生だから仕方ないよね・・・。
由希ちゃんが学校でも私の事を妹扱いする様になっちゃった。きっかけは2学期の健康診断から。
夏休みの間にすっかり背が伸びた由希ちゃんの身長はとうとう僕を追い越しちゃったんだ。奈々ちゃんももうすぐ僕に追いつきそうな感じで、大人びた雰囲気もあるから三人でいると私だけ下級生みたい。
日曜日は由梨ちゃんも含めて4人で遊園地へ。由梨ちゃんがいるから私は4年生扱い。「由希お姉ちゃん」「奈々おねえちゃん」って可愛いがられるんだ・・・。おまけに、お出かけだって行ったらママにとっておきのお出かけ着を着せられちゃった。背中に大きなリボンのあるピンク色のワンピースに・・・これじゃあ低学年の子みたいだよ。
本当は子供だけで行っちゃいけないんだけど、お姉ちゃん達が一緒だから大丈夫かな。ジェットコースターに乗ろうってみんんが言うから一緒に乗っちゃった。本当は大の苦手なんだけど、また子供扱いされるのは恥ずかしいから・・・。でも、このジェットコースター凄く怖そう・・・。だめ・・・もう無理・・・
ジェットコースターから降りられずに泣いていた僕を奈々ちゃんが慰めてくれた。由希ちゃんが売店で新しいショーツを買ってきてくれてトイレで着替えた。もう、なんだかわからなくなって涙が止まらなかった。
濡れたショーツを持って帰ったら、ママに「本当に小学生になっちゃたわね。」って・・・。うん、そう、そうだよね。私は小学生なんだもん。ちょっぴり恥ずかしいけど失敗しちゃう事もあるわよね。
今日から6年生。最上級生だからみんなの見本にならないといけないんだけど・・・こんな可愛いブラウスとスカートじゃとても6年生にみえないよ。ママに言って新しいお洋服買ってもらわなくちゃ。
すっかり女子小学生の生活にも慣れた・・・って書きたいけど、まだまだ恥ずかしいことばかり・・・今年は修学旅行もあるし・・・ちゃんと女の子としてみんなと過ごせるか心配。
お兄ちゃんは順調に段位を上げて、その世界ではすっかり有名人になっちゃった。僕の名前が将棋雑誌で踊っているのを見せてもらったけど・・・お兄ちゃんに何かあったら・・・どうなるのかな。僕が消えちゃいそうな気がする。でも真柚の夢まであと少し・・・頑張ってお兄ちゃん。ただ体調悪そうだけど大丈夫かな・・・。それだけが心配。
学校の成績は相変わらずイマイチだけど、通わされているピアノ教室は結構面白い。始めたばかりだから、1年生の子達と基礎練習ばかりだけど楽器って凄く楽しい。先月隣に引っ越してきた先生の家が教室なんだけど、先生も綺麗で優しいし、ママともお友達になったみたい、
それで・・・それでね・・・そこの先生の子供の中一の男の子がね・・・・・凄くカッコイインダ。
明日はバレンタイン。買っちゃった・・・手作りチョコレートセット。私、いや僕どうしちゃったのかな。僕男の子なのになんだかドキドキする。
ママに見付からないように台所へ。「ゆせん」ってなんだろう?チョコレートを溶かんだね。あっ、なんだか焦げちゃった・・・。あんまりおいしそうにできなかったけど気持ちがこもってるからいいよね。ハート型のチョコをラッピングして「真柚」って名前を書く。そう、私は真柚なんだもん。男の子にチョコあげてもおかしくないよね。でも、お兄ちゃん受け取ってくれるかなぁ・・・。
ママの作ってくれたレッスン用の鞄にチョコを忍ばせてお隣の教室に。出かけにママが「頑張るのよ」ってクスクスと笑ってた。台所めちゃめちゃにしたからばれているのかな?
ドキドキしながらインターフォンを押す。いつもの様に優しい先生。緊張して指が動かない私に「どうかしたの?」って聞いてくれるけど訳なんか言えないよ。今日はお兄ちゃんいるのかな?
そしたら休憩時間に先生が「翔太お茶入れてくれる?」ってお兄ちゃんを呼んだんだ。普段はそんな事絶対にないのにおかしいの・・・。お兄ちゃんが「なんだよ」って言いながら階段を降りてくる。もう自分の心臓の音が聞こえそうだった。まともにお兄ちゃんの顔も見れない。とてもチョコなんて渡せないよ・・・と思ったら先生が私の背中を叩いてくれた。みればレッスンバッグからラッピングがはみ出して見えている。先生気付いてたんだ。やっぱり女同士だもんね。ありがとう先生。
せっかく先生が気をつかってくれたんだ。私は思いきってお兄ちゃんにチョコを差し出した。言葉なんて出なかった。お兄ちゃんの表情も分からなかったけど、制服を着たままのお兄ちゃんは下半身だけでも格好よくて・・・チョコを受け取ってくれたんだ。そして私がお礼を言おうと思ったその時玄関の呼び鈴が鳴った。せっかくの雰囲気を壊す来客だけど、先生が出ていって部屋にお兄ちゃんと二人きり。恐る恐る顔を上げてみる。やっぱり素敵・・・何か言わなくっちゃ。でも「あ・・・あの・・・」しか声が出ない。そこへ先生が慌てて戻ってきた。
「真柚ちゃん、すぐに帰りなさい。お兄ちゃんが倒れたって!」
僕は可愛いスカート姿で年下の男の子にチョコレートを渡している自分にようやく気が付いた。
真柚と入れ替わって三年。僕は久しぶりに僕であることを思い出していた。恥ずかしいから着替えたかったけど時間は無かった。ママの運転で真柚の病院へ。足にまとわりつくスカートがまだるっこしくて恥ずかしい。真柚は眠った様にベッドで横になっていた。
「危険な状態です。」
お医者さんの話によると、思春期を迎えて活発に分泌される真柚のホルモンが病気に悪影響を与えているみたい。お医者さんは沈痛な面持ちで言った。
「方法は2つあります。1つは真柚ちゃんの体から女性ホルモンを分泌する器官を切除する事。」
ママが驚いて口に手を当てた。
「しかしそれは真柚ちゃんの年齢と体格を考えれば実質的には無理です。」
ママがこころなしかほっとした表情を見せる。
「そして、もう一つは。」
お医者さんは何故か僕の顔を見て言った。
「男性ホルモンを分泌する器官を移植して、ホルモンバランスを取る事です。可能性としてはその方法しか残っていません。」
ママはびっくりしてたけど最初僕は何のことか全く分からなかった。お医者さんはそんな僕に口ごもりながらも説明してくれた。
「将来に関わる問題なのでゆっくり考えて下さい。と言いたいですが時間がありません。」
ママとお医者さんが僕を見つめた。
「うん、真柚の為なら僕どうなってもいいよ。」
「ごめんね。」
ママは僕を抱きしめた。
ママは泣いていたけど僕は本当に真柚の為ならなんでもしてあげたい気持ちで一杯だった。
「ママ、何かあっても男の子の僕の事を忘れないでね。」
手術室の前で僕は言った。ママは何度も頷いた。
僕はママを心配させないように殊更明るく言った。
「じゃあ行ってくるね。」
僕の片方の睾丸を真柚に移植する手術はすぐに始まった。
一年後・・・
「お兄ちゃん、『棋王』おめでとう。」
とうとう7大タイトルの一つを獲得した『お兄ちゃん』に私は花束を渡した。
「ありがとう、真柚」
お兄ちゃんが私の髪を撫でてくれると、沢山のマスコミの人達のカメラのフラッシュが焚かれた。テレビカメラも何台か来ている。私、今全国のテレビに写っているんだ・・・。スカート姿も慣れちゃったけど、やっぱりなんだか恥ずかしいな。
「真柚、行こうか。」
そう言って私の手を握ってくれたお兄ちゃんの手は、最近少しごつごつとして男の子らしくなってきた。私は最近高くなった声で「うん」って元気よく返事した。
家に帰るとお兄ちゃんのお祝いパーティーの用意が出来ていた。
「真柚、あなたさっきテレビに写ってて、アナウンサーの人が『可愛い妹さんですね』って言ってたわよ。」
ママが嬉しそうに言う。
「やっぱりママの選んだドレスで良かったでしょ?」
「うん、ちょっぴり可愛すぎるかなって思ったけど褒められたんならまっ、いいかな?」
私はリビングの中央で回って見せた。薄いピンクのドレスがお姫様みたいに大きく広がる。パパは目を細めながら私を見ている。その時着信音が鳴った。
「あっ、メール!」
私はわくわくしながら肩から提げた鞄の中の携帯を取り出す。やっぱり翔太クンからだった。
『お兄ちゃんの事おめでとう。テレビ見たよ。とっても可愛かった。ところで明日ヒマ?買い物に行かない?』
やった!デートのお誘いだ。
「ねぇ、ママ!明日お出掛けしてきていい?」
私は意気揚々とママに聞いた。
「いいわよ。でもまだ小学生なんだから遠くに行っちゃだめよ。」
「はーい!」
私は嘘をついた。本当は子供だけで街に行っちゃ行けないんだけど翔太クンと一緒だからいいよね。ところがママったら
「翔太クンのママにお礼を言わなくちゃね。いつも面倒見て頂いてって・・・」
あらら、ばればれみたい。私はちょっと頬を染めた。パパが一転してちょっと不機嫌そうになっているのが面白かった。
「さっ、お祝いのケーキよ。」
『『棋王』おめでとう』ってチョコレートで書かれたケーキが出てきて、私とお兄ちゃんは歓声を上げた。
結局、あの手術はうまくいかなかった。私から片方だけ摘出した睾丸はお兄ちゃんには合わず、仕方無くもう一個の方も摘出して、ようやくお兄ちゃんは命をとりとめた。
意識が回復してから私は話を聞いて女の子になる決断をした。今、お兄ちゃんには私が16年間ぶら下げていたものが付いている。代わりに私は人工的に女の子のものを造ってもらって、女性ホルモンの投与もしてもらっている。
「おめでとう!」
パパとママ、そして私は心からお兄ちゃんを祝福した。けど・・・
「ごめんな・・・・」
何故か俯いて泣いているお兄ちゃん。
「もぉ!それはもう言わないって言っただろ・・・真柚。」
私は少しだけお兄ちゃんに戻って、真柚を抱きしめてあげた。
「うん・・・・」
しばらくした後泣き止んだお兄ちゃん。
「あれっ?お前ちょっと胸膨らんできた?ははぁ、翔太クンにいいことしてもらってるんじゃないの?」
「ばかっ!!なに言うのよ!!」
「な!なんだとぉ!!」
真っ赤になって否定する私。怒り狂うパパ。それを見て楽しそうに笑っているママ。
うん。これで良かったんだよね。
「もおっ!私が好きなのはお兄ちゃんだけだよぉ!おめでとうねお兄ちゃん!」
私はそう言ってお兄ちゃんの頬にチューしてあげた。
−おしまい−